第十五話 皇帝メロンは死の香り
ふわりと風に乗って甘い香りが漂っていた。砂が舞う炎天下の荒野には場違いな命の香りである、と同時に獲物を招き寄せる死の香りでもある。バイクから一度降りて匂いの発生源を眺め為に望遠鏡を覗く。少し先には見上げる程の巨大な岩山が聳え立っていた。岩山からは何本もの太い蔓が噴き出す様に生えており、その光景は正直に言って異質である。
「こんだけ離れてても匂いがするのか。」
「聞いた話だと、皇帝メロンには家族みたいな役割があるんだって。植物本体の皇帝。匂いを出す女帝。栄養を蓄える皇子。その中でも特に栄養を蓄えた皇女があるみたい。僕達が採るのは皇子だね。」
「なんだ調べてくれてたのか?ありがとな。」
「・・・うん。」
エルが事前に情報を集めてくれていたらしい。頭を撫でくり回してやると満足そうに鼻を鳴らす。
「いやぁ〜、早いねぇ〜。どこに売ってたんだいそれ?」
「これか?自分で作った。血は繋がってねぇけど兄弟みたいな奴らとの合作だ。」
「良いねぇ、愛だねぇ。そんじょそこらの物よりもかなり出来が良いよそれ。」
「変なサングラスかけた男が褒めてたって兄弟達に伝えておくぜ。」
遅れてやって来たのはモーデウス一行だ。どこかから荷台のある車を借りたらしいのだが、年季が入っており速度はあまり出ない様子だった。同時に村から出発したが結構な差になっていた。
「甘い匂いがするね!テンション上がってきた!」
「上がってきた!」
「もう、暴れないでよメイブルったら。こら、グレースも真似したら駄目よ。メイブルみたいに脳みそが筋肉になっちゃうわ。」
「わー、ラムレーったら酷いんだー。少しは運動しないと大変な事になるよ?知ってるグレース?ラムレーが真夜中にこっそり体重け
「わぁ〜!それは駄目!駄目ったら駄目!」
車の中は賑やかなものだった。モーデウスは慣れっこな態度で煙草に火を付ける。
「あの岩山に行くだけでも一苦労しそうだ。あれが全部可愛い女の子だったらなぁ。」
「そりゃあそうだ。苦労しなくても獲物が集まってくるんだから。」
モーデウスのボヤキはともかく、岩山までの道のりは少し厄介そうだった。岩山の周りは拓けていてポツポツと岩が点在している。障害物が殆ど無い代わりに隠れる場所も無い。望遠鏡で見渡せばそこかしこに捕食者達が見て取れる。鋭い尻尾の先だけを砂上に出して獲物を待ち伏せるデスメタルワーム。上空を旋回しているカネクイワシ。匂いに釣られて徘徊している肉食の生物も多数いる。それらを突破して岩山へと向かわねばならないのだ。
「何か良い案はあるかなベリルちゃん?」
「はっ、分かりきってる事を聞くんだな?」
「・・・はぁ、だよねぇ?」
「俺達が先に行って引っ掻き回してくるからうま〜く行ってくれよ?あの丁度良さそうな穴に集合な。」
「よぉ〜し、安全運転でいってみようか!少々揺れるぜぇお嬢さん達!」
ゴーグルを掛けてスロットルを握り込めばモーターが唸りを上げる。騒音と砂煙をあげて走る存在を捕食者達は見逃しはしない。
「とりあえずあいつらが進める様に注意を引くぞ。エル、振り落とされんなよ!」
「うん、大丈夫。ベリル、上から来てるよ!」
「ぬぉっ!?危ねぇ〜!周りの警戒は頼んだ!」
不意に空が暗くなった。エルの声に反射的にハンドルを切る。その直後、ほんの一瞬前にいた場所を金属質で粗暴な爪が襲う。そう、空が暗くなったのでは無い。カネクイワシが頭上から襲い掛かってきていたのだ。バイクなぞ片脚で鷲掴みにする巨体だ。本当にギリギリの回避だった。しかし油断は出来ない。全ての方向に脅威がひしめいているのだから。砂中から飛び出したデスメタルワームの鋭い尾を避けると、その瞬間を待っていたカネクイワシがデスメタルワームを攫っていく。隠れ潜んでいた有象無象の生き物達が至る所で狩りを始める。正に喰うか喰われるか。何かを襲う瞬間は、他の何者かにとっての絶好の隙になり得るのだ。
「・・・なんだこの揺れは?」
「逃げた方がいいよ。」
「わかってッ!?なんだありゃ〜!?」
地響きの様な揺れを感じた。ふと気が付けば、先程まで辺りで動き回っていた生き物が殆ど姿を消してしまっていた。気味の悪い静寂を破ったのは砂の下から現れた巨大なトカゲだった。そのでっぷりとした巨体はまだ下半身が地下に埋まっていても見上げる程だった。その大きな口は、たった一口で小さな家屋を噛み砕いてしまえると言っても過言ではない。
「デケェ〜なおい!」
「ねぇベリル、どうしてあの大トカゲは大きく口を開いたの?」
「そりゃあんだけデカけりゃ顎のストレッチもしたくなるだろ?」
「じゃあどうしてこっちを向いて・・・動き始めたの?」
「そりゃあ・・・味見でもしたくなったんだろうよ!」
大きく口を開け、下顎は地面を捲りあげながら大トカゲは前進を始めた。分厚い甲殻に覆われた野太い前足は力強く大地を踏み締め迫って来る。追われる側からしたら溜まったものではない。山一つが襲い掛かってくるようなものなのだから。
「エル!あいつらはどうなった!?」
「たった今穴の所に入って行ったよ。」
「なら俺達も向かうぞ!あの岩山の中ならトカゲも入って来れないだろ!」
大トカゲが巻き上げる砂は一瞬で天候を砂嵐に変えてしまった。視界が悪い。そこら辺に点在している岩にぶつかりでもしたら終わりだ。エルと仲良く大トカゲのウンコになるしかない。そんなのはごめんだ。緊張でハンドルを握る手に力が入る。
「少し左に寄って!そう、そのまま。・・・次は右!」
「見えるのか!?」
「うん。任せて。」
「信じてるぜ?」
エルにはこの砂嵐でも周囲を感知出来ているらしかった。そういえばエルは機械生命体だった。そんな事も可能なのかと驚きつつも、バイクの速度を更に上げていく。
「突っ込むぞ!」
「諦めたみたいだよ?」
「へ?のわぁぁぁぁっ!!?」
皇帝メロンがある岩山まであと少しだった。背後から猛烈な突風が襲った。凄まじい風の勢いにバイクの制御を失って投げ出され、そのまま吹き飛ばされていく。向かっていく先は目標地点である岩山に空いた洞窟の入口だ。
「ぐっ!」
「ぐぶほぁぁぁっ!!?」
苦悶に満ちた汚い声が聞こえる。地面に転がった筈だったが自分自身に痛みは殆ど感じなかった。何が起こったのかと体を起こしてみれば・・・
「おっ、悪いな。」
「ベッ・・・ベリルちゃんに怪我が無くて良かった・・・よ。」
体の下にはモーデウスが横たわっていた。彼にぶつかったおかげで痛みは殆ど無かった訳だ。モーデウスは全てをやり切った様な清々しい顔で四肢を投げ出し目を閉じてい
「はいは〜い、起きてくださいねぇ〜御主人様。」
「ごふっ!メイブルお腹は止めて。分かった!起きるから!」
「はい、あなたのお連れさん。」
「おっ、おう。」
エルを抱えたメイブルがやって来て、倒れているモーデウスの腹を軽く踏みつけた。メイブルは投げ出されたエルを受け止めてくれたらしい。
「大きなトカゲが諦めて口を閉じた風圧で飛ばされたみたいだね。」
「あれが口を閉じただけ?はぁ、なんつーバケモノだよ。帰りは出てこないで欲しいところだな。そういやバイクはどうなった?」
「あっち。」
「あそこか。どれどれ・・・・・・大丈夫そうだな。とりあえずあの倉庫みたいなのに入れておいてくれ。」
「分かった。」
外観も目立つ損傷も見当たらなかった。一度始動してみたが問題なく動いてくれたので、エルに収納して貰う。
「なっ!?・・・なんでそれが?あ〜、いや、何が起きたんだい?」
バイクが淡い光と共に消え去ったのを見てモーデウスが驚きの声を上げた。三人娘達も声こそ上げなかったが目を丸くして驚いている。
「あ〜〜、なんて説明したらいいんだか。信じられないかも知れないけど、こいつは機械生命体ってやつらしくてな?こう・・・どうやってるのかは分からないんだがバイクくらいまでなら不思議空間に物を入れる事が出来る・・・みたいな?」
学が有ろうが無かろうが、エルという存在を説明する事は難しいだろう。どういった原理で不思議な現象を起こしているのかが全く理解出来ないからだ。とても便利だという結果だけが残る。
「まさかこんな所で・・・・・・あぁ、その、不思議なものを見れるなんてな〜。あははっ、だから旅は止められないんだよな〜。ね、皆?」
「あっ・・・あぁそうそう!私達もそういう機能があったらなって!」
「っ!?やだメイブルったら。いっぱい物が仕舞える収納箱の話でしょう?私も服が沢山あって・・・あ〜、そう!羨ましいわぁ。」
「私達荷物が多くって大変なの!」
「でもベリルちゃん、それはあまり人前ではやらない方がいいかもね。だってほら、驚いちゃうし。悪い奴らにエルちゃんが誘拐されちゃうかもしれないしね?」
「言われてみればそうか。なら気を付けるとするか。」
「ベリルがそう言うなら。でも誘拐は心配しなくてもいいよ。僕をどうにかするのはきっと不可能だから。」
確かに毎度毎度、周囲の人間達に騒がれるのは厄介だ。これからは不用意に人前で収納して貰うのは止めておいた方が良さそうだ。それにガレット団みたいな奴らに狙われるのは至極面倒くさい。奴らの生死は確認してはいないのだが、またひょっこり現れても驚く事では無いからだ。エルは人間の肉体よりも頑丈な上に力も強い。襲われても軽くあしらえるのだろうが用心に越したことはない。
「おっ、どうやら出迎えてくれたみたいだぜ?エル、あのイカした棍棒を出してくれ。」
「これの事?」
「お〜、これこれ。硬い殻はぶっ叩いた方が効くだろ。」
洞窟の奥から複数の気配を感じる。ガサガサと岩肌を掻く甲殻類の足音だ。エルに預けていたイカした金属の棍棒を出してくれるように頼む。以前にハサミを爆発させる大きな炸裂ロブスターと戦った時、刃物や生半可な鈍器では全く歯が立たなかった。だが今なら頑丈な金属の棍棒と向上した腕力で甲殻類の殻を破壊出来る筈だ。
「へぇ〜、ベースボールバット。珍しい物を持っているんだね。」
「べえーすぼーる?これの名前か?」
「この位の球を投げて、そのバットで打ち返すスポーツさ。ホームラン!ってね。」
「ホームラン・・・なんか気に入った。ホームランって言いながら殴ればいいんだな?しゃあ!かかってこい雑魚蟹共!」
「・・・ちょっと違うけどまぁ・・・いっか。スコーピオン、ヴァイパー、狩りの時間だ。」
ベースボールなんて言葉は初めて聞いた。投げられた握り拳程の球をこの棍棒で打ち返す。少し楽しそうだ。ただそれよりもホームランという言葉が気に入った。敵の土手っ腹に思い切り振り込んでホームランと言いながら吹っ飛ばしてやろうではないか。
モーデウスは腰から二丁の銃を取り出した。村で見た事があるのは両手で抱える様な大型な物だったが、モーデウスが構えたのはギリギリ片手で持てる位の小型の銃であった。光沢を放つ銃には緻密な細工が施してあり高価な品だと一目で分かる。エルも三人娘達も迎撃態勢を整えている。さぉ、楽しい楽しい皇帝メロン探しの始まりである。




