第十六話 かに!カニ!!蟹!!!
巨大な岩山の中には複雑に入り組んだ洞窟が待ち構えていた。明かりを付けなくても視認出来る程度には明るい。岩山を突き破る程に成長した皇帝メロンの蔓が押し拡げた隙間から太陽光が入ってくるからだ。
「蟹、蟹、蟹。まだまだ湧いて出てくるぞ。エル、こっちで合ってるだよな?」
もう何匹目かも覚えていない。大型犬程の灰色の蟹の脳天をバットで叩き潰す。蟹は泡を吐きながらくすんだ青色の体液を撒き散らして絶命した。
「合ってるよ。匂いが強くなってきてるでしょ?」
「そう言われれば?甘い匂いが強く?・・・駄目だ全然わかんねぇ!蟹共の生臭い匂いが強すぎる!」
匂いに慣れてしまったのか。甘い匂いは薄っすらと感じる程度になっており、それよりも死んだ蟹の撒き散らす何とも生臭い匂いの方が強く感じられる。
「も〜、最悪!蟹とはもう戦わない!」
「ちょっとメイブル近づかないでくれない?匂いが・・・うっ!」
「仕方ないじゃん!素手で戦ってるんだから!体液がかかっちゃうの!ラムレーも戦っていいんだよ?」
「私とグレースはこの地域では殆ど無力なのを知ってるくせに。グレース、メイブルったら酷いわ。」
「駄目だよメイブル。仲良くする様にって御主人様が言ってたでしょ?それに今日は御主人様が戦ってるし、いつもより楽でしょ?」
「そうそうお嬢さん達。今日の僕は一段と輝いてるだろう?」
「御主人様、ズボンのチャック全開で言われても格好良くないよ?」
「嘘!?グレース、本当に!?あっ、やだ!恥ずかしい!」
グレースに指摘されてモーデウスはいそいそと股間部分のチャックを閉める。パンツの柄はサングラスと同じハート柄であった。どうやらラムレーとグレースは何らかの理由があって戦闘に参加出来ないらしかった。しかし、だからと言って足手まといという訳でもない。蟹達の襲撃を余裕で避ける事が出来ているからだ。そして特筆すべきはモーデウスとメイブルだろう。モーデウスの射撃の腕前はかなりのものだ。混戦状態でも味方に弾丸を当てること無く、的確に蟹の関節部や急所に当てているからだ。弾丸が曲がって飛んでいる気がしないでもないが・・・気の所為だろう。メイブルは自分と同じ様に接近戦を得意としていた。拳足を使って蟹達を砕き、貫き、弾き飛ばしている。その体には薄っすらと半透明な揺らぎを纏っている様に見えた。
「多分もう着くよ。そこを右に曲がって。」
「右だな。・・・お?広い所に出たな。」
エルの指示に従って横穴に入ってしばらく進むと洞窟を抜けたのか広い空間に出た。恐らくは岩山の中央部分、円形で岩山の天辺まで吹き抜けになっている広い空間。岩山の裂け目から光が差し込み通路以上に明るく全容が見渡せた。
「あれ見て!植物の怪物みたいだよ!」
メイブルが指す先。そこには異質な存在があった。岩山の中腹辺りの高さだろうか。壁面にあったのは巨大な緑色の植物のコブだった。そのコブを中心に大量の蔓が伸びており空間全体を覆っている。足元は砂地になっており、そこにも蔓が自由にくねって広がる。
「ねぇ御主人様!巨人みたいだよ?」
「はははっ、本当にそう見えるね。あれが植物で良かったよ。あんなのに襲われたら一瞬でぺちゃんこだ。」
「動く植物なら会ったことあるぞ?蔓がこのくらい太くてよ、それが凄い勢いで向かってくんだよ。それがやべぇのなんのって。」
「ベリルちゃん・・・よく生きてたね。」
「一回死んだ様なもんだったけどな。」
グレースが指差す先を見てモーデウスが驚く。コブから垂れ下がった大量の蔓が、まるでこちらを見下ろす巨人に見えたからだ。植物の蔓と聞けば嫌な記憶が蘇ってくる。そう、あの馬鹿でかいスティングプラントだ。棘や鈎付きの蔓を圧縮して打ち出してくる凶悪な攻撃は今でも恐ろしさがぶり返す。
「ねぇ、これが皇帝メロン?」
メイブルが少し離れた場所で何かを指差していた。皆で近付いてみると蔓の中にたいそう立派な果実が実っているではないか。成人男性が両手で抱える程の大玉で表面には白い網目模様がある。
「何個か採らないとな。この位の大きさで助かったぜ。んじゃ頼むぜエル。」
「は〜い。切り離してと。」
「先ずは一個だな。なんだ、意外と楽しょ・・・ッ!?」
エルが手刀で蔓から皇帝メロンを切り離して異空間収納に送った直後である。全員が脅威を悟り一斉に飛び退いた。次の瞬間、今さっきいた場所へ大きな何かが降ってきた。舞い上がった砂煙が落ち着くと、そこに立っていたのは先程から蹴散らしていた蟹とは比較にならない大きさの巨蟹であった。杭の様に尖った脚先。盾と剣、両方を体現する分厚くも鋭い両手の爪。丸みを帯びた流線型で有りながらも所々に凶悪な棘を生やした城壁の様な灰色の甲殻。全身が凶器の生きた要塞である。
「そう簡単にはいかねぇよなぁ。」
自然と口の端が持ち上がる。警戒と興奮が入り混じった気持ちだ。戦闘は避けられないだろう。
「どうするんだい?ベリルちゃん。」
「俺達で時間を稼ぐ。その間にエルから収穫してて貰おう。お〜い!エル!皇帝メロンを集めてくれ!」
少し離れた場所にいたエルに大声で指示を出す。どうにか伝わればという気持ちを込めた身振り手振り付きだ。エルは片手を上げて、その後でよく分からないくねくねとした動きで返してきた。こちらの意図が伝わったと信じたい。
「はははっ、ベリルちゃん達は面白いなぁ。それじゃあこっちもやるとしますか。」
モーデウスが銃を真上に構え、一発だけ発砲した。銃声が響き渡りツンとした火薬の匂いが鼻を突く。それを合図にメイブルが飛び出した。
「これでどうだ!・・・ッ、痛〜〜ッ!」
メイブルが突撃して拳を突き出す。しかし巨蟹もただ突っ立っているだけでは無い。意外にも俊敏な動きでメイブルの拳を右の爪で防いだのだった。非常に鈍く重い音が聞こえた。メイブルの一撃は強烈な筈だ。しかし音を上げたのはメイブルの方だった。追撃を貰う前に飛び退いて爪に打ちつけた右手を擦っている。
「ありゃ〜、メイブル大丈夫かな?僕だったら完全に骨が折れてる音だったけど。」
「あれは痛そうだな。次は俺が行く。モーデウス、あんたの銃の腕前を信用してるからな?」
「言ってくれるね。なら任せろってしか言えないなぁ!」
メイブルの攻撃によって巨蟹が興奮気味になっていた。ならばラムレーとグレースが標的になるのは避けなければならない。あの二人は多少動けるみたいだが、メイブル程機敏には動けないと見た。バットを握り直して駆け出す。背後からはモーデウスが牽制する様に銃を撃っている。だが巨蟹の頑丈な甲殻に弾かれてしまっていた。彼の銃の腕前を見たのは短い間ではあったが信用していいだろう。弾丸が通る様な弱点となる部位を見せてやれば寸分違わず撃ち抜いてくれる筈だ。ならば自分の仕事は巨蟹の注意を惹く事だ。
「喰らえ!ホームラン!がっ、硬ってぇ〜!」
爪が駄目ならば脚はどうだと、側面に回り込んで棍棒基バットを振り抜いた。だが巨蟹の野太い脚はびくともしない。ぶっ叩いたこちらの手が痺れる程だ。しかしながら自分が一番驚いている。因子とやらは未だに正体不明であるのだが、それに依ってもたらされた身体能力の強化は劇的な変化を与えている。
「よっ!ほっ!ちっ、デカい図体の癖に動きは早いじゃねぇか!」
巨蟹の周りを動き回りながら複数回バットで殴る。しかし返ってくるのは硬い打撃音ばかりだ。ブンブンと纏わりつく羽虫に苛ついたのか、巨蟹は爪を振り回しながら丸太の様に太く尖った脚で踏み潰してくる。爪は動きが大きいので見切りやすいが脚の方は厄介だ。なにせ何本もある脚が引っ切り無しに襲い掛かってくる。更に足下は砂地な上に皇帝メロンの蔓が足を絡め取ろうと広がる。あまり時間をかけているとあっさりと殺されてしまいそうだ。
「どこか弱点を探さないとか。弱点・・・弱点・・・あるのか?」
ぴょこんと突き出した目は弱点と言えるだろう。しかし小さくて狙うのが難しい。それに狙えるならモーデウスが既に撃ち抜いていてもおかしくない。
「ベリル!一人にしてごめんね。ラムレーとグレースを離してきた。」
距離を取って様子見をしているとメイブルがやって来た。彼女の言う通り、ラムレーとグレースはこの広い空間に入って来た時の洞窟近くに避難していた。この距離であれば巨蟹がわざわざ狙いに行く事も無いだろう。
「何かいい案はないか?どこもかしこも硬くてお手上げだ。」
「ひっくり返したらどうかな?」
「腹を狙うのか。でもあの巨体を?俺には無理だな。」
「私ならいける。・・・多分ね。」
「ならやってみようぜ。正面から注意を惹けばいいか?」
「うん、お願い。」
メイブルには何か策があるらしかった。あの巨体をどうやってひっくり返すのかは分からないが、自分の仕事は囮になるだけでいい。巨蟹の目の前に移動してバットを突きつける。
「かかってこい。焼いて食ってやる。」
挑発の意味は全く理解していないだろう。しかし敵であるとは認知されていた。摘み、薙ぎ払い、叩き潰す。大きな両爪での攻撃は中々に苛烈なものであった。仕留められない巨蟹の注意は段々と自分へ集中していく。
「あっ・・・離せこの野郎!ぐぬぬぬぬッ!」
器用なことに、巨蟹はバットを両爪の先端で掴んだのだった。振り払おうと満身の力を込めたがびくともしない。
「油断大敵!喰らえッ!レイジング・ブルッ!!」
足下への注意が疎かになった巨蟹の腹の下。そこに滑り込んだのはメイブルだった。肉体から滲み出る揺らぎは瞬間的に増大した。限界まで身を捻り、しなやかな筋肉で打ち上げる様な打撃を放ったのだった。増大した揺らぎは拳に集まり、その拳が巨蟹に触れる瞬間に獣の様な姿になって炸裂した。その威力は想像を超えていた。なんと巨蟹の体が宙に浮いたのだから。いや、浮いたなんて言葉には収まらない。文字通り、宙に吹っ飛ばしたのだ。自分の体は巨蟹に握られたバットと共に打ち上げられた。その途中で更にバットと共に放り投げられて更に上空へ飛ばされる。
「うぉぉぉぉぉっ!?」
確実に落下死する高さだ。そう、因子を得る以前であれば。今なら何とかなると思える位には体が強くなっている。下に見える落下していく巨蟹を見る。メイブルが与えた凄まじい衝撃によってひっくり返って背中から真っ逆さまだ。腹の殻にはひび割れが刻まれ彼女の放った拳の威力を物語っていた。やがて長いようで短い空の旅は終わり、巨蟹は地面へと激突した。岩山全体が揺れる様な衝撃だ。
「やるなぁメイブル。本当に頼りになるよ。さて、大丈夫かなベリルちゃん」
着地の衝撃に備えようとした時だった。モーデウスが巨蟹の腹を足場に跳んで空中の自分を捕まえた。そして両腕に抱えて華麗に着地してみせた。
「ありがとうとは言っとく。でもあのままでも大丈夫だったぞ?」
「はははっ、体が勝手に動いただけさ。」
「そうかよ。それより弱点を見つけたかもしれねぇ。見てみろ、付け根だ。」
「成る程ね。関節部には分厚い殻が無い訳だ。」
「あいつが倒れている今がチャンスだ。俺とメイブルが先に叩く。そこからは任せた。メイブル!爪の付け根に叩き込むぞ!」
「りょ〜かい。ベリルちゃんの為にも失敗は出来ないね。」
「任せて!」
腹を見せて倒れている巨蟹。だがこれしきで死ぬ訳が無い。ならば回復してしまう前に叩くに限る。近寄って来ていたメイブルに短く指示を出す。
「メイブル!さっきのもう一回イケるか?」
「もちろん!キツいのぶち込んであげるよ!」
「っしゃあ!思いっきりいくぜ!」
メイブルが揺らぎを纏う。この戦いが終わったら揺らぎの使い方を教えて貰おう。なんというか、そう、派手でカッコいいではないか。おまけに強くなれるならば言う事無しだ。メイブルと二人で巨蟹の腹に跳び乗った。
「ホームランだッ!!」
「いっけぇッ!!」
左右の爪の根元に分かれて、互いに全力を関節部にぶつけた。硬い、しかし確かな手応えを感じた。その衝撃に反応したのか、巨蟹が手足を滅茶苦茶に振り回して暴れ始めた。巻き込まれては堪らないので即座に離脱を図る。やや暫くじたばたと暴れていた巨蟹はなんとか起き上がることに成功した。口からはくすんだ青色の体液が泡となって溢れており、更にはメイブルが殴った左の腕は持ち上げる事すら出来ずにほぼ取れかけている。自分が殴った右側は・・・威力が足りなかったのかまだ動いている。あの額がカッと熱くなる状態でならもっと力を込められた筈だ。自発的になれた事は未だに無いのだが。
「ちぇ〜、やっぱり力が足りなかったか。後であのモヤモヤしたやつ教えてくれよ。」
「いいよ!ベリルならすぐに使えるんじゃないかな?いやでも凄いよ。単純な腕力だけでもあれだけダメージを与えられるんだから。」
「そうか?仕留められないなら意味が無いけどな。さぁ〜てと、後は頼んだぜモーデウス。」
「やっちゃえ御主人様!」
巨蟹は迷っていたのだろう。縄張りを荒らす侵入者が強く、自身の生命を脅かす可能性すら生まれた。まだ動く右爪を高々と掲げ、何度も何度も爪を打ち鳴らし始めた。
「スコーピオン、ヴァイパー、決めるよ。」
巨蟹の目の前にモーデウスが躍り出て一直線に駆け寄って行く。巨蟹は持ち上げた右爪を振り下ろす。だがそんな攻撃を喰らうモーデウスでは無かった。ひらりと避けながらも速度が落ちることは無い。焦ったのか、巨蟹は体を捻るようにして動かなくなった左爪を強引に振り回す。しかしモーデウスはその奇襲すらも跳躍して躱してしまうと、巨蟹の顔の真下に飛び込んだ。次の瞬間、銃弾の嵐が吹き荒れた。砕かれた両爪の根元に襲いくる鉛玉の嵐だ。
「おぉ〜、やるじゃんモーデウス。」
「当たり前でしょ?御主人様なんだから。」
フンスとメイブルが胸を張る。脚下に潜り込んだ敵を排除しようと、巨蟹は何本もの杭脚で踏み潰す。しかしモーデウスはそれらを華麗に避けながら銃弾を放ち続けるのだ。まるで踊っている様に見える程に。巨蟹の左爪が遂に根元から砕け落ちる。それでも尚、モーデウスの舞踏は終わらない。体液を撒き散らしながら狂乱する巨蟹は次第に勢いを失っていく。
「よっと、これで・・・終わりだよ。」
巨蟹の右爪による振り上げを足場に利用してモーデウスは自分とメイブルの近くに跳んできた。片方の銃を半身になって構えると・・・引き金を引いた。一発の弾丸は有り得ない軌道で飛んでいく。意思を持っているかの如く、巨蟹の体という障害物を避ける様にグニャリと曲がって右爪の根元へと着弾した。その一撃によってボロボロになった関節部は重い爪を支える事が出来なくなり、メキメキと軋みながら右爪も根元から砕け落ちたのだった。
「やったぜ!なぁおい!銃も中々良いもんだな。」
「流石は御主人様!」
「あだだだだっ!分かったから!背中バシバシ叩かないで!」
メイブルと二人でモーデウスの背中を叩きながら勝利を祝う。巨蟹は自身の最大の武器であり防具だった両爪を失って完全に戦意を喪失したらしい。体液混じりの泡を吐きながらフラフラと離れて行った。
「終わったの?」
「おわっ!?なんだエルか。そうだな、何とか終わった・・・か。そっちの方はどうだった?」
「うん、沢山採れたよ。」
「そうか。お疲れさん。」
「んっ。」
「・・・?どうし・・・あぁ、こうだな?」
「えへへ。」
いつの間にか隣にエルが立っていた。蟹に夢中で忘れていたのだが、そういえばずっと皇帝メロンを収穫して貰っていた。褒めろと言わんばかりにエルは頭を差し出してくる。その意図に気付いて撫でてやると満足そうに小さく笑った。いつの間にかそういった癖がついたらしい。
「ねぇエルちゃん?あの落ちてる爪って回収出来たりする?」
「多分出来るよ。回収すればいいんだね?」
「あの爪で何するんだ?頑丈そうだし武器にでもするのか?」
「あ〜、武器ね。確かにそれもいいかもね。でもさ、それよりもちゃんとよく見てよ。あのサイズの爪だよ?食べたら絶対に美味しいんだから!」
「そうか。そういえば蟹だったな。馬鹿みたいな大きさだったから食うって発想が湧かなかったな。」
メイブルがエルに尋ねた。確かに、言われてみればあれは紛うことなき蟹である。人の頭を摘んで潰せる程の大きさを誇る爪にはさぞかしギッシリと身が詰まっているのだろう。何人分・・・いや、何十人前になるのだろうか。そうしてエルが転がっている二本の爪を回収し終わった時だった。
「早く戻って下さい!!」
出入り口の洞窟に身を潜めていたラムレーが声を上げた。何事かと思って皆が一斉にラムレーの方を見ようとした。その時、彼女が警告した物が降ってきたのだった。
「あいつだけじゃ無かったのか。」
今さっき退けた巨蟹より一回りか二回り程、体格の小さな蟹達が何匹も現れた。高い壁の隙間から出てきて降ってくる個体や、どこぞの隙間から這い出てくる個体。いつの間にか、皇帝メロンの蔓が繁った広い空間は、どこを見渡しても大小様々な蟹が蠢く奴らの巣へと姿を変えていた。
「逃げるよ皆!ラムレーの所まで行けば大きな蟹は入って来れない!早く!」
いち早く動いたのはモーデウスだった。その言葉にハッとして一目散に駆け出す。その急な動きに反応したのか、周囲にいた蟹達が一斉に追いかけて来た。
「くっそ!こんだけいるなんて聞いてねぇぞ!」
「さっきの爪を打ち鳴らす行為が仲間を呼ぶ合図だったみたいだね。」
「お前はいつも冷静で羨ましいぜエル!」
迫りくる蟹達を乗り越えくぐり抜けて跳び越して。そんな緊迫した状況でもエルは冷静に分析していた。まったく頼もしい限りである。直ぐにラムレーのいる洞窟の入口までは到達出来た。しかし追っ手の蟹達の勢いは凄まじい。どうするべきかと思案しようとした時だった。
「いきなりでごめんよ!ラムレー、やっちゃって!」
突然、モーデウスが自分とエルを両腕で抱きかかえて引き寄せた。モーデウスの言葉が終わるよりも前にラムレーが動き始める。精神を集中すると彼女の体にバチリと電流が奔った。その勢いは増していき体から周囲へと電気の筋を放ち始めた。長い髪も重力を無視してぶわりと拡がる。
「交雷鎖!」
ラムレーが右手を突き出す。次の瞬間、その右手から電流は光の束となって歪に曲がりくねりながら飛び出していった。そして目前に迫っていた蟹の波に当たると激しい光と音を出しながら蟹達の体を通じて一瞬で四方八方へと拡散したのだった。
「何が起きたんだ?あんなの見た事ねぇぞ。」
「魔法さ。こっちの人なら初めて見るのも当然だよ。なんたって・・・いや、今はそれどころじゃなかった。二人共走れるよね?蟹が痺れてる間に逃げよう。ラムレー、ほら背中に。」
「はぃ・・・御主人様。」
電撃に当たった蟹達は体を硬直させながら倒れていった。広場にいた殆どの蟹達に命中した様子だ。モーデウスは自分とエルを放すと、酷く消耗した様子のラムレーを背中に背負ったのだった。ラムレーの白くて長かった美しい髪はくしゃくしゃに縮れている。モーデウスは魔法と言っていたが、これがその代償なのだろうか。
「ふぅ、何とか着いたな。エル、バイク出してくれ。・・・よし、走れそうだ。」
エルに先導されながら何とか岩山へと最初に入って来た場所まで戻ってくることが出来た。ラムレーが電撃で痺れさせたのは一部だったのだろう。あらゆる隙間から蟹達が追ってきていた。エルからバイクを出してもらって軽く点検をする。
「ベリルちゃん、このまま出るのかな?」
「そりゃあ蟹の餌になりたくないしな。」
「そうなんだけどさ。また同じ作戦でいく気?」
「ん?なんの話だ?」
「ベリル、あの大きなトカゲだよ。今は同時にここを脱出するしかない。大トカゲがどっちを狙うかはアイツの気分次第になるって話だね。」
いざ出発の準備が整った時だ。モーデウスが心配そうに何かを聞いてきた。その心配はエルの解説で理解出来た。確かに、最初みたいにこちらが場を引っ掻き回して混乱させる手は使えない。それどころか、バイクの速度でさえ大トカゲの猛進に追い付かれると感じた程だ。
「危ねぇ事には変わりは無ぇけどよ。蟹を囮にすんのはどうだ?」
「確かに出来そうではあるけど。あるけども!はぁ〜、ここまで来たなら最後まで乗ってやろうじゃないか!合図は任せる!」
「お〜し・・・・・・行くぜ!」
大きく息を吸って深呼吸。後ろの方からは蟹達がドタドタと近寄って来ている音が大きくなっていた。緊張の瞬間、合図と共にアクセルを握り込む。岩山から飛び出せば未だ太陽は高い位置にあった。背後からは一体どこに隠れていたのかと不思議に思う程の蟹達が岩山の様々隙間から溢れ出していた。あの巨蟹の身体能力の高さから予想はしていたが、蟹達が砂原を駆ける速度は中々に速い。
「ベリル!正面から大トカゲが来てるよ!」
「さぁ〜て、うるさい蠅か。食い放題の蟹か。お前はどっちを取るのか?」
エルが言った直後、前方の砂が盛り上がり忌々しい大トカゲが姿を現した。大トカゲは正面から呑み込んでやろうとまた口を大きく開き、下顎で地面ごと捲り上げながら突進を始める。隣を走るモーデウスに手で合図を送る。その意図を汲み取ったモーデウスはハンドルを切って曲がり始める。自分もハンドルを切る。彼とは反対方向、つまりは左右に別れたのだ。正直に言えば賭けである。
「・・・勝ったな。」
その賭けは・・・こちらの勝ちだった。大トカゲは左右に散った自分達よりも後方から押し寄せる蟹の大群へと真っ直ぐに突き進んで行った。大トカゲが現れたのならば周囲にいる雑多な捕食者達は逃げてしまっている筈だ。幸い大トカゲが巻き起こす砂嵐も弱い。ならばこの難関のお使いからは帰るだけだ。早くこの場所から離れたい。そんな気持ちがアクセルを握り込み速度を上げるのだった。




