第十四話 話は聞かせて貰ったぁ!
「心臓が止まるかと思ったわい!まったく!」
「へへへっ、倒してこいって言ったのは爺さんだからな?」
そろそろ日が昇ろうかといった早朝。訪れたのは砂クジラと話せる老人の家だった。手土産に持参したのは赤舌の首である。ノックしてから玄関前で首を抱えて待っていたら、出てきた老人はそれを見て文字通りに腰を抜かしてしまった。流石に赤舌の全身は持って来れなかった。首を落として、使えそうな爪や皮をいくらか剥ぎ取って異空間収納に入れておいたのだった。
「ほれ、茶だ。」
「ありがとな。はぁ〜温まるわ。」
「まだ日も昇っていないというのに。」
「爺さんなら起きてる時間だっただろ?うちの爺ちゃんも早く寝て早く起きるのが日常だったし。」
老人の家の中は質素なものだった。人間が一人、最低限の物で暮らしている。娯楽といっても数冊の本があるくらいだ。テーブルについて出されたお茶を飲むと、夜の寒さの中で赤舌の解体をしたりバイクで走って冷えた体に熱が灯る。
「・・・しかし本当に倒してきてしまうとはな。約束通り話くらいはしてやる。」
「なら単刀直入に聞くぜ?爺さんは本当に砂クジラと話が出来るのか?」
「話は・・・出来ん。じゃが何となく気持ちは分かる。儂は小さい頃からここで育った。やがて船乗りになり流砂を渡る様になったある日、船の近くに大きな砂クジラが浮上してきた。ヌシと呼ばれておる個体だ。偶然と目が合った儂らはしばらく見つめ合っていた。大きくて、優しくて、ちっぽけな儂の心を見透かす様な目じゃった。それからというもの、儂の船には不思議と砂クジラ達が群れる様になった。ヌシの奴もワザと砂を掛けてきたりしてな。何となく心が通じ合うまで時間はかからなかった。」
「砂クジラってのは気性が荒い訳じゃないんだな。」
「当たり前じゃ。あれ程大きな心を持った生き物には未だ会った事が無いわい。じゃがある日、砂クジラを見たいという客を連れて行ったら・・・」
「観光客か?砂クジラが寄ってくるなら見せやすいもんな。」
「愚かな男じゃった・・・いや、愚かなのは儂の方じゃな。男の狙いはヌシを殺して自身の力を証明する事じゃった。咄嗟に止めさせようとしたが男の放った魔学武器の一撃を受けてヌシは片目を失った。それから儂は全てを捨てて隠れて生きてきたんじゃよ。それからは船にも乗らず、ただ遠くから流砂を眺める日々よ。あぁ・・・じゃが今なら・・・」
「・・・・・・」
老人の過去を聞き、言葉というものが出てこなかった。親しい友人を騙して傷付けた様なものだ。彼が世捨て人になった決意を聞くに、強く絶望し自身を許せなかったのだろう。
「そう・・・か。ならこれ以上は関わらない方がいいな。」
「待て若いの。次はお前さんの番じゃ。儂は話したぞ。」
「大した話じゃねぇぞ?ここから南にナタジャ村ってあるだろ?そこら辺に爺ちゃんと二人で住んでたんだ。でも西から来た見知らぬ奴らに、俺が留守にしてる間に家を焼かれて爺ちゃんを連れ去られたみたいなんだ。爺ちゃんが死んでるか生きてるかは分からない。だから確かめに行かないとな。で、真っ直ぐ西には行けないらしいから北のここまで来た訳だ。・・・これでいいか?」
「あぁ・・・そうじゃな。」
「なら俺達は帰る。邪魔して悪かったな。行くぞエル。」
この老人に再びヌシと向き合えというのは酷な話だ。ここは諦めて別の方法を探そう。そう考えて席を立とうとした時だった。
「待つんじゃ。・・・・・・儂がヌシに会ってみよう。」
「無理すんなって。俺達だって嫌がる爺さんを連れ出す気はねぇからよ。それに爺さんの話を聞いた後だと尚更に無理強いは出来ねぇだろ。」
「・・・もう一度、顔を合わせるのが怖かった。ヌシが暴れ始めた話を聞いた時、あやつは儂に怒っているのではないかと考えると夜も眠れんかった。またどこかの阿呆が傷付けたのかと心配した。勝手なお願いだと分かっておる。儂が再びヌシの奴と会えるように手伝ってくれんか?儂は自分の人生にケジメをつけたいんじゃ。頼む、老い先短い男の小さな願いじゃ。赤舌が消えた今なら隠してい船を整備出来る。儂は今一度、奴に謝りたい。頼む。」
そこに捻くれた老人はいなかった。きっと待っていたのだろう。誰かが、何かが自分の背中を押してくれる事を。老人はテーブルから身を乗り出してこちらの手を握っている。シワシワでゴツゴツとした良い手だ。そして握る手は偽りの無い強い感情で無意識に震えていた。
「ベリル?」
「分かってる、大丈夫だエル。爺さん、あんたの気持ちは分かった。これも何かの縁だ。付き合ってやるよ。何から始めればいいんだ?」
「あぁ・・・ありがとう。今から必要な物を紙に書くから少し待ってくれ。」
砂クジラが本来の大人しい気性に戻ってくれれば、もし九尾同盟とやらが来ても航路の安全の為にと排除される事は無くなるだろう。それに老人の話を聞いた後では尚更、砂クジラには傷ついて欲しくない。やがて老人は一枚の紙を渡してきた。
「揃えるには時間がかかるじゃろう。こっちに書いてあるのは船を整備する材料じゃ。目玉が飛び出る値段にはならん筈じゃ。すまんが今は金が無い。船を出せるようになったら必ず返すから立て替えてくれるか?」
「まぁなんとかなるだろ。なる・・・よな?」
「いくつか楽に稼げそうな依頼をリストアップしておくよ。」
「さすがエルだな。」
「それでなんじゃが、問題はこっちじゃ。」
老人が紙を指す。そこにはこの辺りの地図らしき絵と目印。そして集めるべき物が一つだけ書いてあった。
「やぁやぁ、ベリルちゃんの方から声をかけてくれるなんて嬉しいよ。こっちの子は妹かな?」
「エルだよ。」
「エルちゃんね。お兄さんはモーデウス。よろしくね。」
船乗り達の隠れ酒場の片隅で鼻の下を伸ばしている男がいた。ハート型でピンク色のサングラスを掛けた軽薄そうな男の名前はモーデウス。酒を煽って上機嫌だ。
「また会ったね。私はメイブル!メイって呼んでよ!」
「うちの御主人様がご迷惑をおかけします。私はラムレーです。」
「私はグレース。よろしくね。」
今回はモーデウスの仲間であろう三人娘も一緒だ。黒髪のショートカットがメイブル。長い白髪に巻角が生えているのがラムレー。見た目が十代前半くらいの金髪の少女がグレースという名前らしい。グレースとエルは見た目の年齢が近い。
「改めて自己紹介させてもらう。俺はベリル。こっちがエルだ。」
老人の家を後にしてから数日が経っていた。依頼されていた物品は未だに集まっていない。今回は依頼された物品の中でも特に厄介な物を入手する計画を進める為に、腕の立つ人材を探していた訳だ。
「ここ数日、俺達は腕っぷしの強い連中を探してた。で、あんた達が強いって聞いた。」
「聞いた聞いた!大通りの酒場でガラの悪い奴らをコテンパンにノックアウトしたんでしょ!?見たかったなぁ!」
「あれはあっちから喧嘩売ってきたんだ。俺はただ強い奴はいるか聞いただけだぞ?」
メイブルが少し興奮気味に言った。彼女が言っている事は事実だ。向こうが殴ってきたから黙って貰った。それだけだ。
「それで?そんな僕達を探していた理由はなんだい?ベリルちゃん。」
「モーデウス、あんたに聞いた砂クジラと話せる爺さんに会ったんだ。それで話を纏めるとだな・・・
簡単に説明をした。老人は砂クジラと話せる訳では無い事や、それでも今一度砂クジラに会いに行きたい事。船を整備する為に色々と集めなければならない事と、仮に老人を砂クジラに会わせる事が出来たとしても徒労に終わる可能性がある事。
「成る程ね。ベリルちゃんがお爺ちゃんの心を開いた訳だ。いやぁ、愛だねぇ。」
「愛・・・かぁ?それ?」
「ベリルさん、気にしないで下さい。御主人様のそれは口癖なんです。」
呆れたようにラムレーは言った。
「そうなのか。あ〜、それでだ。爺さんが立てた作戦は砂上船でヌシに近付いて、大好物の皇帝メロンを食わせて怒りを和らげてやるって話だそうだ。」
「メロン!食べたい!前は食べれなかった!」
メロンという単語に反応したのはグレースだった。小さな手をピンと挙手する姿は可愛らしい。
「メロンと言えばこの辺りの特産品だったよね?どこかの誰かさんのせいで食べそびれたけど・・・ね?御・主・人・様?」
「あっ・・・あははっ、そ〜だったねメイブル。グレースにラムレーも・・・あの時は本当にごめんなさい!」
食べ物の恨みというのは恐ろしい。モーデウスを責める様な目線で見つめる三人娘。モーデウスは素早く席を立つと、腰を折って綺麗な90°で頭を下げた。恐らく何度もこうして謝罪をしてきたのだろう。動きに無駄がなく、ピタリと静止する様は美しさすら感じる程だった。
「はぁ、まったくズルい人。もういいですよ御主人様。」
「いやぁ〜、本当にごめんね。」
やはりこのやり取りは日常的な光景らしい。三人娘達は互いにアイコンタクトで意思疎通すると、諦めたようにラムレーが声をかけた。モーデウスは許されると雰囲気をきっぱりと切り替えて席に戻ったのだった。
「ベリルちゃんとエルちゃんもごめんね。話を戻そうか。皇帝メロンだったよね。今は時期じゃ無かった筈だけど。」
「あぁ、爺さんもそう言ってた。実は皇帝メロンってのは年中生えてるんだそうだ。問題はメロンがある場所にはデカい蟹が住み着いてるって事で。なんでもきょう・・・きょう・・・
「共生関係だよベリル。」
「おぉそれだ!ナイスだエル。蟹が外敵から守ったり食べこぼしで栄養を与えて、メロンは甘い匂いで獲物を引き寄せるそうだ。」
小難しい言葉を覚えていたエルの頭をワシワシと撫でてやると、どこか満足そうな顔をしていた。初めてエルを見た時は気味が悪かった。幼い頃の自分にどこか似ている知らないナニカだったのだから。しかし今は少し愛着が湧いてきた気がする。
「つまりだ、僕達に協力して皇帝メロンを採ってくるのを手伝って欲しい。で合ってるかな?」
「その通りだ。あんた達の腕を見込んでな。たださっきも言ったけど、危険だしメロンを食って砂クジラが大人しくなる確証もない。断られたら他を当たるさ。」
「チッチッチッ、見くびって貰っちゃあ困るなぁベリルちゃん。僕は愛の旅人、困っている女の子を放っておかないのさ。」
「モーデウス・・・あんたって奴は。そのサングラスはどうかと思うけど気概は悪くねぇな。あんた達は良いのか?危ない仕事になるんだぞ?」
自然な流れでモーデウスはこちらの右手を引き寄せると、手の甲に軽い口づけをしてそう言った。言動も行動もおかしな奴だが、人懐っこく不思議と気を許してしまう気にさせる男だ。
「御主人様がこうなのはいつもの事だしね。私はいいよ。戦うのは得意だし、なにより皇帝メロンと蟹にもありつけそうだしね。」
「私も御主人様が良いのなら。あまり力にはなれないかもしれませんけれど。」
「私も手伝うよ!御主人様はクソ雑魚だから助けてあげないといけないの!」
「ひゅ〜、グレースは正直だなぁ〜。ま、皆やる気だから任せてよ。期待は裏切らないよ。」
反対する者も出ずに、モーデウス一行の協力が決まった。
「ありがとう。助かるぜ。なら明日の朝に村の入口辺りに集合でい
「ちょ〜っと待った!話は聞かせて貰ったぁ!サム爺さんがやる気になったんだってなぁ!?」
言葉を遮ったのはさっきまでカウンター席で酔い潰れていた赤ら顔の船乗りだった。
「サム爺・・・?」
「砂クジラと話せる爺さんだよ。あの人は俺達船乗りの、いや、この村の大恩人なんだ。あんな所に移り住んでからも俺達はずっと気にかけてきてたんだ。あんな事があったからずっと塞ぎ込んでたけどな。でもあんた達が話してたのはサム爺さんの事だろ?だったら俺達船乗りも手伝わなきゃ駄目だろ?なぁ!お前ら!」
一人の船乗りが酒場内に呼びかける。すると酔い潰れていた船乗り達がワラワラと起き上がり雄叫びを上げ始める。今の話を他の者に伝えに酒場を出ていく者。新たに注がれたジョッキで乾杯する者。昔話に花が咲く者。様々であった。
「俺達に手伝える事なら何でも言ってくれ!なにをすればいい!」
にわかに活気づいた酒場。酒と熱気に煽られた者達が早く仕事を寄越せとばかりに集まってくる。船にも乗れず陸で酒に溺れる生活にほとほと嫌気が差していたのだろう。
「じゃあ・・・爺さんから調達して欲しい物がいくつかあるって聞いてんだが・・・どうにかなるか?」
「どれどれ・・・全部船の材料だな。よし、こっちは俺達がなんとかする。任せてくれ。タムト!お前の船は殆どぶっ壊れてるだろ!使える部分を使うぞ!」
「おぅよ!サム爺さんの船の一部になるならこれ以上の供養はねぇや!持ってけ!」
「俺の船も駄目になってるが封魔石は使えるぞ!普通のよりデカいヤツだ!」
「よっしゃあ!あんた達の用事が済むまでには船を仕上げておくぜ!こいつは俺達からの奢りだ。乾杯といこうぜ!」
迫る船乗り達に、老人から渡された調達リストを見せる。まるで祭りでも始まるかの様な勢いだ。何にせよ、老人に依頼されていた品はなんとかなりそうだ。悩み事が一つ消え、スッキリした気分で渡されたジョッキを傾けたのだった。




