第十三話 標的はニヤケ面
「そっち行ったぞ!」
「うん、任せて。むぅ、失敗。」
「いや、それで良い。そこだ!」
荒れ地を疾走するのは背中に鉱物を背負ったイシマモリという人間の体長と同じ位にもなる大型のトカゲだ。自らが摂取した成分が背中から鉱物という形で結晶化するという生態を持っている。この鉱物は希少性が高く、個体数も多くは無いらしく高値で取引されている。
大通りの酒場では九尾同盟という組織が窓口を設置していた。そこで簡単な登録をする事で彼らが斡旋する依頼を受けられる様になった。
「おら!暴れんな!エル!鉱物採るの頼めるか?」
動きを予測してイシマモリを取り押さえる事に成功した。しかし全力で逃げようとするイシマモリは押さえつけるので精一杯だ。鉱物の採取はエルに任せる事にした。
「わかった。これと・・・これ。あとはこれと・・・こっちはやめておこう。ん、もういいよ。」
「よ〜し、もう行っていいぞ。」
イシマモリは背中の鉱物をメスに見せつけて求愛行動をするらしい。なので依頼を受ける際に未熟な鉱物は絶対に取るなと釘を刺されていた。個体数を守る為の決まりだそうな。勿論、イシマモリの鉱物を狙っていたのは依頼だったからだ。高い報酬金にも関わらず誰も手を付けていなかった依頼だ。理由は割に合わないかららしい。イシマモリは身を隠し擬態するのが得意で見つけるのが困難だ。そして見つけたとしても後ろ脚で立ち上がり予想を超えた速度で逃走を図る。背中にある鉱物は価値が高いものの、見つけられずに終わるか、運よく見つけられても取り逃す確率が高いのだ。
「力が強くなったみたいだね。因子がまた強く馴染んだみたいだ。」
「そうみたいだな。自分の身長と変わらないくらいのトカゲを押さえつけられたんだからな。それにしても助かったぜ。あのトカゲがどこに隠れてるか分かるんだからな。」
「機能の殆どが抜き取られているけど、周囲を軽く探知するくらいなら出来るからね。」
「どうやってるのかは分からねぇけど、要するに隠れてる物を探す?力があるんだな。機械生命体ってのは不思議なもんだ。」
「ところで、これからどうするの?依頼を報告しに行く?」
「報告は後でいいだろ。便利な収納がある訳だしな。それよりも砂クジラと話が出来るって噂の爺さんを訪ねてみようぜ。」
エルの異空間収納は非常に便利だ。旅となれば荷物というものは生命線である。食料に水に医薬品に衣類と備える程に重くなっていく。その重量を無視して、必要になれば手元に出せるとなればそれはもう魔法である。
「確かちょっと西側に住んでるって話だったな。聞いて回った情報に依れば・・・・・・あの岩山の辺りって話だったな。エル、バイク出してくれ。」
「は〜い。」
大通りの酒場でも情報を集めていた。これから訪ねる老人は元船乗りで、以前は村に住んでいたらしい。彼の乗る砂上船の周りには不思議と砂クジラが近寄ってきたらしく、それを見た周囲の人間が砂クジラと意思疎通していると騒ぎ立てていたそうだ。そんな生活に嫌気が差して村を離れてしまったらしい。噂ではかなり捻くれたクソ爺だとも。
熱砂の上を二輪が疾走る。以前はジャンク屋兄弟の運転する車の荷台で満足していたのだが、バイクで風を感じながら疾走する快感を覚えてしまってからはもう以前には戻れない。気が付けば目印の岩山へと到着していた。住居は浸食に依って岩山が削られた窪みを屋根に、粘土等で壁を造った隠れ家的な物だった。
「お〜い、いるか?・・・留守なのか?どれどれ・・・・・・んぎゃ!」
バイクを降りて扉をノックする。しかし返事は無い。扉に耳を当てて中の音を確認しようとした瞬間だった。勢い良く開かれた扉が額を直撃した。
「なんじゃあお主らは。」
「こんの!狙ってやっただろ!」
「はぁてなぁ。人様の家に聞き耳立てようとする無礼者には当然じゃろうて。」
「っ!・・・それは悪かった。」
「そらそら帰った帰った。ワシも暇では無いからな。どうせ冷やかしじゃろう?」
家の中から出てきた老人は、ごく普通のどこにでもいる様な老人であった。外見も特異な部分は見当たらず因子保有者では無いだろう。訪ねてきた自分達をとても迷惑そうに眉をしかめて見つめている。
「急に訪ねてきたのは悪かった。自分勝手な理由だけど、どうしても流砂を渡らないといけないんだ。あんた、砂クジラと話せるのか?」
「はぁ・・・そのうち向こう岸から九尾同盟が手を打つじゃろう。」
「悠長に待ってる時間は無ぇ。身内が攫われたんだ。急いで追いかけなきゃならねぇ。」
「・・・赤舌じゃ。」
「何だって?」
「最近、この辺りを荒らしているはぐれハイエナじゃ。奴を打ち倒せたなら、話だけは聞いてやる。」
「ちょっと待っ・・・ちっ、好き勝手言いやがって。何だったか・・・赤目?赤毛?赤・・・
「赤舌だったよ。確か・・・ほらこれ。」
「うぉ!?なんだよ便利機能第二段か?ん〜とどれどれ〜、場所はこの近くか。依頼もこなせて一石二鳥だな。」
エルの目がチカチカと光ったと思うと、エルの前の空間に文字と絵が浮かび上がった。驚きはしたものの、機械生命体であるならばと最早慣れ始めていた。どうやらエルが見せたかったのは九尾同盟が出していた依頼の情報だった。内容はニヤケハイエナの群れから孤立して単独で生き延びた強力な個体の討伐である。
「ニヤケハイエナか。」
「知ってるの?」
「ナタジャ村の周りにはいなかったけど、遺跡漁りで遠出した時に遭遇したな。あいつらははっきり言ってヤバい。車の金属板を簡単に齧り千切るからな。それか群れで延々と追いかけて来る。そうそうあいつらは口がな、閉まらないんだよ。」
「ならずっと開きっぱなしなの?」
「奴らの牙は金属混じりで滅茶苦茶な生え方してんだ。歯並びが悪過ぎて口を閉じられないから嗤ってる様に見えるんだとさ。だからニヤケてるハイエナ。ニヤケハイエナだと。」
「へぇ〜、そうなんだ。話を聞く限りだと危険な相手なんじゃない?」
「あぁ、ご丁寧に強力な個体なんて書いてある位だしな。それでもあの爺さんと話をしないといけないだろ?ここで何時になるか分からない向こう岸からの支援とやらを待ってる気は無いからな。」
「ベリルがそう決めたのなら僕は従うよ。」
「なら準備といくか。誘き寄せて叩く作戦を建てないとな。」
ニヤケハイエナの活動時間は夜だ。今のうちに討伐する為の準備をしておかなくてはならない。
空には三日月が嗤ってた。雲は少なく、弱い月光でもしっかりと大地を照らしている。場所は廃村の跡地。崩れかけた建物、その内の一つに標的である赤舌は潜んでいる。日差しから逃れ隠れるのに最適の隠れ家だ。
「風は・・・うん。大丈夫そうだ。」
指を舐めて湿らせて風を読む。こちらは風下。待ち伏せの基本である。
「じゃあ作戦の確認をするぞ?」
「うん。」
「奴の巣穴の少し離れた場所から少しずつジキタルの血を垂らしてきた。奴は人の飼ってる肥えたジキタルの味を知ってる。巣穴から出てきたらすぐに嗅ぎつける筈だ。血の匂いを辿ってこのポイントに来ると、逃げられない様に脚を紐で括ったジキタルがいる。そいつを襲った時に俺がこの廃墟の二階から毒を塗った槍で襲いかかると。」
「もし最初の不意打ちで決定打を与えられなかった時は」
「その時は俺が時間を稼ぐから、お前が手から」
「「ビームを撃つ。」」
「ただ気を付けてね。エネルギーを溜める時間は長いから。」
「任せろ。時間稼ぎは得意だ。」
昼の間は忙しかった。大急ぎで村まで戻ってジキタル一羽とジキタルの血液を買った。更に金属の槍と毒を買って荒野へと戻ったのだ。ニヤケハイエナの赤舌が夜行性で助かった。明るいうちにしっかりと準備が出来たのだから。
ムワリと獣臭が漂ってきた。獣臭は徐々に強まっていき、匂いを嗅ぐ荒い鼻息が聞こえ始める。そして遂に建物の暗がりからヌッとその姿を現した。その大きさに驚く。ニヤケハイエナはメス優位の生態を持つ。メスは大型犬程で、オスは一回り小さい。だが目の前のはぐれたオスの個体はどうだ?メスの二倍は大きく筋肉も発達している。正に規格外の怪物である。特徴的な乱杭歯は通常よりも更に歪に伸び禍々しい雰囲気だ。実物を目にして槍を握る手に力が入る。
赤舌は自由を奪われて暴れる事しか出来ない哀れなジキタルを見つける。だが用心深く一定の距離を空けて周囲を見渡していく。しかし脂の乗ったジキタルの誘惑には逆らえなかったのかゆっくりと近付いて行った。ジキタルを見下ろす爛々と光る目玉に大きく開いた狂気的な口。ニヤケハイエナという名前を現すが如く醜悪で卑しいニヤケ面である。ジキタルを一呑みにせんと頭を振り上げた瞬間だ。
「うぉぉぉぉぉっ!!!」
タイミングは完璧だった。赤舌の意識が完全に捕食へと傾いた瞬間。廃墟の二階から踊り出すと一直線に槍を向けて飛び掛かる。だがしかし
「ちっ!掠っただけかよ!」
相手は野生の獣だ。凄まじい反射神経で身を捩って槍の直撃を回避されてしまった。お返しとばかりに爪で引っ掻いてきたが、着地の際に曲げた膝をバネの様にして跳ねて後退する。赤舌の口から捕食したジキタルの血液が溢れて滴る。乱杭歯の隙間からは長い舌が這い、垂れる血液を貪欲に舐めとっていく。血に塗れた赤い舌。だから赤舌なのだろう。
「仕方ねぇ、後は頼んだぜエル!」
槍を構えてジリジリと間合いを測る。かすり傷だろうと赤舌の体には毒が入った。それにまだ毒槍は手元にある。十分に勝機はあるのだが油断は禁物だ。あの大口に捕まれば一瞬で穴だらけにされてしまう。先に仕掛けてきたのは赤舌だ。後ろ脚のバネを使い大口を開けて飛び掛かってくる。だが大きな動きは先を読みやすい。焦らずに後ろに一跳び、更に横に跳んで肩の辺りに槍を突き出す。
「固いな。」
思ったよりも穂先は刺さらなかった。分厚い筋肉としなやかで強靭な皮と獣毛が攻撃を阻む。無理に槍を押し込むこと無くすぐに離れて退避する。もう何度か打ち込めれば着実に毒が効いてくる筈だ。
「なっ!?どこに隠れやがった!」
赤舌は槍に塗られた毒に勘付いたのか慎重にこちらの様子を窺う。次の瞬間、驚異的な跳躍で建物の瓦礫の陰へと消えてしまった。いくら月光があるとはいえ、建物の陰は赤舌の姿を消してしまう程に真っ暗だ。周囲を瓦礫が囲んだこの場所。赤舌は物陰からこちらを狙っている。
「どこだ・・・・・・くっ!危ねぇ!!クソっ!また消えた!」
高所からの不意打ちに適していたと選んだのが完全に裏目に出た。夜の闇を味方につけた赤舌はあの巨体を完全に隠してしまっていた。暗闇からのヒットアンドアウェイ。二度三度と奇襲を回避出来てはいるのだが、初動は遅れ回避するだけで精一杯だ。掠ればいいだけの槍を振るう事すら出来ない。
「・・・!これならどうだ!かかってこいよ!」
一枚の石壁として残っていた瓦礫。これを背にして構える。これならば背後は取られまい。集中して待ち構える。奴が起こす音を聞き漏らしたりはしない。
「がはっ!?」
衝撃は背中を襲った。赤舌は狡猾な奴だった。選んだのは暗闇からの奇襲ではなく、背中を預けた石壁ごと体当たりで吹き飛ばす事だった。想定外の攻撃をもろに食らい、砕けた石壁の瓦礫と共に地面へ投げ出される。体は月を仰ぐ様に仰向けに倒れていた。槍は握られておらずどこかに飛んでいったらしい。痛みに顔をしかめた一瞬だった。
「クソが。がはっ!」
生臭い涎と吐息が顔に降りかかる。ふざけたニヤケ面が目の前にあった。逃げられない様に前足で胸を強く抑えられ息が出来ない。赤舌はこれで終わりだと言わんばかりに顔を傾けながら大きく頭を振り上げていく。そうして歪な牙の群れが襲いかかろうとした時だった。瞬間的な閃光と爆発がどこかで発せられた。物凄い勢いで突っ込んできた何かが自分と赤舌の間に割って入って来たのだ。赤舌はその何かを咥えると滅茶苦茶に振り回して放り投げる。吹き飛ばされていく何かと・・・目が合った。
「てめぇ・・・調子に乗ってんじゃ・・・ねぇぞこの野郎ッ!!」
カッと鮮烈な怒りが額に咲いた。心臓の鼓動が大きく早くなっていく。血が巡る程に力が湧いてきた。体を抑えつける赤舌の前足を両手で強く握り締めながら持ち上げる。普段なら持ち上がらない重量だが、因子保有者の力が強まっている今なら可能だ。持ち上げてから投げ飛ばそうとしていたのだが、握力に負けた赤舌の前足が折れるのが先だった。鈍い感触と共にくしゃりとひしゃげてしまう。その痛みに驚いた赤舌は急いで飛び退いて、痛々しそうに前足を庇いながらもこちらを睨みつける。
「悪いんだが遊んでる時間はねぇ。終わりだ。」
次の一撃で終わる。そんな予感がした。先に動いたのはこちらだ。真正面から駆け寄っていく。対する赤舌は後ろ脚で立ち上がり、覆い被さる様に大口で迎え討つ。だがこちらの方が速かった。地面を蹴りつける様に加速して赤舌の口よりも内側、胸元に入り込んで右拳を強く突き出した。拳は胸骨を砕き尚も深く突き刺さっていく。赤舌の巨体はそれっきり動く事は無かった。めり込んだ拳で体重を支えられるままに、その命はここで終わりを告げていたのだ。
「よっこらせっと!あ〜重てぇ!おい!エル!大丈夫か!どこだ!」
「大丈夫〜。凄く振り回されたけど。」
「歩いてるけど本当に大丈夫なのか?あの歯に噛まれたんだぞ?」
「あの位じゃあ傷も付かないよ。服だって直ぐに修復されるし。」
「おいおい、機械生命体ってのは何なんだよ一体。」
寄りかかっている赤舌の巨体を横に退かした後でエルを探す。一体どうやったのか分からないが、突っ込んできて助けてくれたらしい。すると瓦礫の奥から何事も無かったかの様にエルが歩いて来たではないか。裂けた衣服も徐々に繋がっていきあっという間に元通りだ。エルの無事を確認して安堵したからなのか、額から熱が引いていき心臓の鼓動も静かになっていった。
「無事なのは良かったんだが何をしたんだ?光って爆発してたみたいだけどよ。」
「一撃で仕留められるエネルギーは溜められないと判断して、一部を爆発させて飛んで行ったんだよ。」
エルは何だか自慢気に胸を張っていた。こうしてみると普通の人間の子供にしか見えない。
「器用なもんだな。ま、とにかく助かった。ありがとな。後はだ、この死体をどうするかだよな〜。」
エルの異空間収納はバイク位なら入れられると言っていた。だが赤舌の死体はそれ以上の大きさである。ナタジャ村にいた頃はジャンク屋兄弟の車に無理矢理載せたりしていたのだが、さてどうしたものか・・・・・・




