第十二話 足止め
「ねぇベリル?」
「あん?どうかしたか?」
エルからの呼びかけにバイクを停める。背中にくっつく様に座っているエルに体を捻って顔を合わせた。
「僕の方向感覚が正しければだけど、ずっと北に走っていないかい?」
「そうだな。確かに北だ。」
「西に行くんじゃなかったの?」
「目的地は西だぜ?でも真っ直ぐには行けないらしいんだよ。西には砂海が広がってるって話だ。しかも、とんでもなく流れが強くて砂上船でも一瞬で木っ端微塵らしい。」
「そうなんだ。なら北には何があるの?」
「行商人が言うには北からこの地方に入るのが一番確実らしい。だから北に向かってその先にあるドゥムシーワって国に行ってから西に向かうつもりだ。」
「北・・・ドゥムシーワ。」
「何か思い出したのか?記憶喪失みたいなもんなんだろ?」
「記憶喪失というか記憶欠落かな。」
「違いが分からねぇなぁ。ま、そのうち思い出すだろ。それより見えるか?今からあそこに行くんだ。」
「大きな村だね。近くにあるのは流砂?」
「セドって名前の所だったか?行商人はあそこを砂上船で渡って来るんだとよ。」
小高い丘から見下ろした先には大きな集落があった。その程近くを流砂の大河が流れている。行商人が行き来しているからか、遠目に見てもナタジャ村より栄えている様子だ。
「それじゃあ少し離れて。」
「こいつもいけるのか?本当に便利だな。どこまで消せるんだそれ?」
「リソースが不足しているからね。バイクくらいなら大丈夫だけど、これ以上大きくなると難しいかな。」
「りそーす?ふむ、よく分からんがデカい物は無理なんだな。」
村の入口付近でエルにバイクを消して貰った。正確には例のズレた空間だかに保管して貰った。何度見ても不思議な光景だ。一瞬だけ僅かな光に包まれると嘘みたいに消え失せるのだから。バイクが自由に持ち運び可能というのは実に動きやすい。
「しかしまぁ、ナタジャ村よりデカいな。」
「この場所が交易の拠点になっているみたいだね。この地域の色々な物が集まっている筈だよ。」
「言われてみればあっちに山積みになってるのはサバクバクの皮とかカブラービートルの殻とか、こっちの地方の特産品だな。お、屋台があるな。ジキタルの串焼きじゃねぇか。一本・・・はぁ?500エルン!?」
「人と物が集まればそういう事もあるだろうね。」
ジキタルは飛べない鳥だ。昔から家畜として人に飼われ、羽根は無く脂肪をよく蓄えずんぐりむっくりとした体型で不細工な程に美味いと言われている。荒れ地の民にとっての重要な栄養源だ。そんなジキタルの串焼きなのだが、ナタジャ村と比べて倍近く値段が違った。どれだけ長旅になるのか分からない以上、無駄遣いをする事は出来ない。どれだけ皮がパリパリに焼かれていようと!滲み出る脂の香ばし香りが漂ってこようと!そう!どれだけ
「お嬢ちゃん一本どうだい?二本で600にしとくよー?」
「・・・ベリルってさ。誘惑に弱い?」
「言うな。ほら、お前の分。」
「・・・うん。」
一本をエルに渡してから自分の串へとかぶりつく。ぶつ切り肉が三本刺されており、噛めばもっちりしっとりとした肉から脂が滲み出して飲める程だ。じっくりと炙られた皮の香ばしさと、さっと一振りされた塩が肉の旨味を何倍にも引き立てていた。最後に指についた脂を舐めるまでが串焼きの楽しみ方である。
「腹も膨れたし、次は流砂の渡り方だよな。」
「船なんでしょう?なら向こう側に船が並んでるよ。」
「あっちだな。行こうぜ。」
エルが指す方向。村の中央通りの先には砂上船らしき物がいくつか見えた。実物は初めて見たのだが様々な大きさの砂上船が並んでいる。
「なんか・・・暗くないか?」
「そうだね。交易の玄関口にしては活気が無いみたいだ。」
「だよな?それに・・・船がボロボロだ。」
港へ近付いていくにつれてどこか異様な雰囲気を感じ始める。交易の玄関口らしく引っ切り無しに動いていく人と荷物のイメージを想像していたのだが、どういう訳か人も荷物もかなり少ない。それに並んでいる砂上船はどこかしらが破損しているものばかりだ。
「なぁおっさん。俺達ドゥムシーワに行きてぇんだけど船乗るにはどうすればいいんだ?」
「お前さん達、向こう側に渡りたいのか?ならタイミングが悪かったなぁ。今はどの船も出せないよ。」
「なんで船が出ないんだよ?こんだけ並んでるだろ?」
「船はある。けどなぁ・・・」
「何か問題があるんだね。それも船が壊れたりするような問題だ。」
「ははっ、こっちの妹さんは賢いな。そう、今までに無かった問題が起きてる。」
一番近くにあった砂上船の傍らで座っていた初老の男性に声をかける。男性はぼんやりと流砂の大河を眺めながら黄昏れている。
「ここらの流砂にはヌシがいるんだ。それはそれは大きな砂クジラさ。見れるかは運次第だが、そいつを観察する観光プランまであるくらいに大人しいヤツ・・・だった。」
「だった?」
「あぁ・・・急に暴れる様になってな。命からがら何とか逃げられたのがここにいる船達さ。運が悪い奴らは流砂の底だ。」
「つまりそのヌシをどうにかしないと絶対にドゥムシーワに行けないのか?」
「だなぁ。俺達もお手上げで困ってるんだ。」
「俺達さ、どうしても急ぐ必要があるんだ。どうにかならねぇかなぁ?」
「どうにかなぁ・・・向こう側の仲間達が九尾同盟に掛け合ってくれてるとは思うがなぁ。こっちからは打つ手無しだ。他の奴らに話を聞きたいなら酒場に行きな。他の船乗り達も暇になって皆が酔い潰れてる。」
これ以上、この男性に聞き込みをしても有益な情報は出てこないだろう。ならば言う通りに酒場へ行ったほうが良い。
「そっか。なら酒場に行ってみるわ。」
「酒場ならあっち行って右に曲がって狭い道入った所にある。大通りのは違うぞ。ろくでなしばかりだから気を付けてな。」
男性に指し示された通りに、大通りに戻ってから狭い道に入って行く。大通りにも大きな酒場が建っていたが、そちらに出入りする客はそれなりにキチンとした服装をしていた。恐らくは商人なのだろう。であるならば、今から行くのは地元民の隠れ家の様な場所か。話に聞いた酒場はすぐに見つかった。看板も何も無かったのだが、通路に酔い潰れた人間が何人も倒れていたら誰でも分かる。
「邪魔するぜ。」
「・・・よそ者は大通りの店に行きな。」
「船着き場のおっちゃんに勧められて来たんだよ。用事が終わればすぐに出てくからさ。ギャドバ酒あるか?」
「一杯だけだ。」
「あんがとよ。んっ・・・くはぁ!おぉ〜効く。」
砂漠の様に喉がカッと燃える酒だ。それを飲めば鼻に果実の様な香りが抜けていく。まだ慣れてはいないのだが不思議と嫌いではない。
「若いのにギャドバとはな。」
「爺ちゃんの好きな酒だったもんでな。」
紫煙がくゆる薄暗い店内。内装はカウンターと二つのテーブル席。テーブル席では常連の船乗り達が酔い潰れていたり、酒を舐めながらカードゲームに勤しんでいる。カウンター席に突っ伏した客の隣に座って店主の男と言葉を交わす。男は迷惑そうに酒を出した。
「で、わさわざ看板も出してないウチに来た用事はなんだ?」
「どうしても流砂を渡ってドゥムシーワに行きたい。ここにいる誰かならどうにか出来るかも知れないって聞いてな。」
「やれやれ。船が出せない原因は聞いただろ?砂クジラが暴れてるって。誰に聞いたって答えは同じだ。そいつを飲んだらとっとと出て行ってくれ。あの子と一緒にな。」
店主はそれだけを言うと奥の部屋に引っ込んでしまった。やはり無理な話だったのか。砂クジラがどれだけの大きさかは知らないのだが大きな砂上船を容易く沈めてしまう程らしい。意気揚々と旅を始めてすぐに躓いてしまった。やれやれと残ったギャドバ酒を一気に煽ってため息も一緒に飲み下す。ふと見ればエルは船乗り達と一緒にカードゲームで盛り上がっていた。一見普通の子供の様に映るのだが、彼?彼女?が機械生命体とやらであると誰が思いつくのだろうか。
「んがっ!・・・・・・ギャドバおかわり・・・・・・はれ?」
「店主なら奥に行ったぞ?」
「・・・わぉ、なんて可憐なお嬢さんだ。お名前を教えて頂いても?」
「うわぁ・・・なんつーか、苦手なタイプだ。涎くらい拭けよな。」
「おっと失礼。」
隣で突っ伏していた男が目を覚ました。伸ばした金髪に無精髭。ガタイが良く筋肉質で服装はこの地域に馴染み無いものだが、ナタジャ村で見た西から来た奴らよりは奇抜でない。そしてなによりも主張が激しいのがハート型でピンク色のサングラスだ。この眼鏡のせいでなんとも軽薄そうな男に見える。
「それじゃあ改めて、僕はモーデウス・ラブハート。真実の愛を求め彷徨う旅人さ。」
「・・・ベリルだ。」
「ベリル!うんうん、良い名前じゃないか。君も旅人かな?」
「一応は旅人か?これからそうなるな。ま、初めての旅も足止め喰らったんだけどな。」
「初めて?じゃあこの地方で産まれたのかい?」
「産まれは知らねぇ。ここで育ったのは確かだけど。何でそんな事を聞くんだよ?」
「いや、見た目が西の方に住んでる人と似てたからさ。」
「西!?あんたそっちから来たのか!?」
「おっふ、美人に詰め寄られるのは好きなんだけど・・・・・・ちょっと苦しいかな?」
「あっ、悪い。」
「ふぅ、気にしないでいいよ。産まれも育ちも西側さ。といってもかなり若い時に出てきてそれっきり。今はどうなってるかも知らないけどね。」
西からの旅人だと。そう聞いた瞬間に体が動いていた。胸の辺りの服を掴んで揺すぶる。今は少しでも情報が欲しい。そんな焦りが行動に出てしまった。
「西に行くのかい?」
「そのつもり・・・だけど船がなぁ。」
「僕達もそれて足止め中さ。滞在費は嵩むし渡船料は高いしで良いこと無いよね。そういえば誰かが話してたけど、ここから少し西に砂クジラと話が出来る老人がいるとかいないとか。本当なら暴れてる砂クジラに大人しくしてくれるように言ってくれればいいのにさ。」
「そんな事が出来るならとっくにやってるだろ?」
「だよねぇ?でももしかしたら、この騒動を収めたら渡船料を安くしてくれないかと思ってね。」
「船ってそんなに高いのか?」
「あ〜、一人当たり一万エルンくらいだったかなぁ。九尾同盟が噛んでるなら納得だ。」
「うげっ、マジかぁ。う〜む・・・」
「はははっ、もしお金がひ
「やっぱりここにいた!」
入口から元気そうな少女が飛び込んで来た。それに続いてもう二人女性が入って来る。
「酷いですわ御主人様。私達が汗水垂らして働いているというのに女性と密会だなんて。」
「あんた達は日陰から見てただけでしょ!?ほら、帰るよ。ウチの飲んだくれが迷惑かけたよね。話し相手をしてくれてありがとね。」
「いや、ちょっと!待って!いま大事な話を!だぁぁぁっ!力が強いって!わかった!行くから!ベリルちゃん!お金に困ってるなら大通りの酒場に行きな。九尾同盟が色々と依頼を貼ってるからさ!じゃあまたねぇぇぇぇ!」
金髪の少女が一人。長い白髪で小さな巻角が生えた女性が一人。黒髪のやや筋肉質で健康そうな女性が一人。計三人の女性陣に引きづられながらモーデウスは退店していった。詳しい関係は知らないのだが、少なくとも巻角の女性は因子保有者で間違いない。村を出てから初めて見た因子保有者である。そんな彼女達からはモーデウスに対して一定の親密さを感じた。真実の愛を求め彷徨う旅人というのもあながち間違いでは無いのかも知れない。とはいえ、いくらか情報を得ることが出来た。九尾同盟とやらに顔を出して仕事を得る事と謎の老人についてだ。
「お〜い、エル。そろそろ行くぞ・・・って何してんだ?」
「カードゲームをしてた。そしたら勝ちすぎちゃったみたいだ。ほらこれ。あげるね。」
「お前・・・凄いな。」
「見直しちゃった?」
「少なくともお前と賭けはしない。」
離れたテーブル席で船乗り達とカードゲームに興じていたエル。いつの間にかお金まで賭けていたらしい。だが声をかける頃には船乗り達は呆然としながら空を仰ぎ見ていた。決して少なくない硬貨が入った袋を手渡しながらエルは微笑むのだった。




