第十一話 西へ(ゴー!ウェスト!!)
「・・・ん?あれ?俺・・・」
「目を覚ましたか。」
「おぅジグリス。どういう状況だ?どのくらい寝てた。」
「少しややこしい事になってるな。一時間も経ってない。おいアリエス。ベリルが起きたぞ。」
「本当に?すぐ行く。」
椅子に座らせられた状態で目を覚ました。ここはジャンク屋のキッチンテーブルだ。家中をバタバタと走り回っていた兄弟達は、こちらが目を覚ました事を確認すると集まって来た。
「何をしてたんだ?」
「あ〜、窓とかに布掛けてたんだ。村の人達に取り囲まれててさ。皆気になってるみたいで覗こうとしてきてるんだよ。」
「・・・俺のせいだよな。すまん。」
「大丈夫。俺達ベリルの事を信じてるからさ。ね?ジグ兄ぃ。」
「もちろんだ。しかし因子保有者だって事をどうして隠してたんだ?言ってくれれば俺達だってうまくフォローしてやったのに。」
「いや、そもそもがふぁくたぁ?とか言うものを知らなかったんだが?なんなんだそれ?」
「えっ!?知らないの?」
「マジか・・・因子保有者ってのはつまり自分の種族以外の遺伝子を持った状態の奴らの事だ。見た目も個人差があって、殆ど人間と遜色無い奴もいれば片腕が獣みたいだったり二足歩行する動物みたいな奴もいる・・・らしい。」
ジグリスの説明により因子保有者という存在を初めて知った。世の中にはそういった特徴を持つ人々がいるらしい。だが疑問が浮かぶ。
「因子保有者ねぇ。でもよ、今の俺にはそういう動物みたいな部分は無いぜ?無い・・・よな?爺ちゃんだってそういう変化は見たこと無いし。さっきはどんな姿になってたんだ?それに何で殺意を向けられなきゃならねぇだよ?」
「さっきはおでこから小さな突起が出てて髪の毛先が薄っすら赤く光ってたね。今は変な所も無いいつものベリルだよ。うん、昔は一緒に住んでた事もあったみたい。村のお爺ちゃんお婆ちゃんの話では、ドルトーさんが初めてこの地域に来たよりもずっと前。でも何度か人が死ぬような出来事があったんだって。暴れたのは昨日まで笑い合ってた因子保有者の人達。急に気が狂って止まらなくなるって話してた。そうやって肉体が変異したり精神がおかしくなった因子保有者の事を悪性変異って呼ぶみたい。だから村を守る為に因子保有者は一切認めないって決めたんだってさ。」
「成る程な。じゃあ聞いた事がなくてもおかしくないか。でも何で俺は急に因子保有者になったんだ?」
「因子保有者って産まれた時からそうなんじゃないの?あの姿になった時の事を教えてくれる?」
「単純に怒った。村長の野郎が行方不明になった爺ちゃんを笑いやがってブチ切れた。こう・・・頭がカッとなっておでこが熱くなった感じ?」
「そりゃあ怒って当然だな。俺だって例えばアリエスが行方不明になってる時に村長の野郎が笑ってふざけたらブチ殺す自信がある。」
どうやら因子保有者というのは生まれつきの物らしい。しかしながら自分がそうだったという自覚は一切無かった。過去には何度か激怒した事があったが肉体が変化した事は無い。祖父にもおかしな素振りは全く無かったし角なんて生えたことも無い。もしも生えていたとしたらそれはそれで恰好良いと思う。
「それは後天的に獲得した物だよ。」
キッチンに一人追加された。作業部屋から現れたのは自分に似た姿の子供。仮称ナニカである。ナニカは何食わぬ顔で席に着く。
「ずっと自分の中を整理してたんだ。僕は人間じゃない。機械生命体とでも言えばいいのかな?何か大きな損傷を受けてあの施設で保管されていたみたいだ。ほら、君はあの施設で治療を受けただろう?」
「治療?俺の腹に空いた穴を治した機械か?」
「ナノマシンを足してあげなかったら死んでたんだよ?まぁ、それは良いとして。あの時に因子を注入されたんだ。」
「まさかあの青い液体か!?ベリルに刺さったドデカイ注射器の!」
「うん。肉体を治療した時に因子適合率も検査されたみたいだ。何の因子かは分からないけど相性が良かったみたいだね。」
ジグリスがポンと手を叩く。あの極限状態の時の記憶を思い出してみる。何本もの機械の腕によって腹に空いた穴を塞がれた後に現れた巨大注射器。中には青く光る液体が満たされていた筈だ。あれが体内に注入されると筆舌に尽くし難い苦しみに襲われたのだった。それがナニカが言う因子適合手術だったらしい。その話が本当なら、自分は後天的に因子保有者にされてしまったという事だ。
「そうか・・・そういう事だったのか。」
「いやいや、納得してる場合じゃないよベリル。これからこの村に入る事が出来なくなるんだよ?」
「あん?あぁ〜そうなるらしいな。」
「住む家だって無くなったのにどこで暮らすつもりなのさ!?」
「落ち着けよアリエス。俺、もうこの村には来ないからよ。」
「はっ・・・はぁっ!?こっ、来ないってどういう意味?」
「だから落ち着けって。正しくは来れるか分からないってところか。」
「やっぱり何か考えてたんだな?」
「あぁ、爺ちゃんが死んだって証拠も無いしな。村長が言うには西から来た客人に家の場所を教えたらしい。それでコイツが調べた結果、連れ去られた可能性が高い。だったら行くしかねぇだろ、西に。だから俺が因子保有者だろうと何だろうとこの村に当分の間は来ることは無い。」
もう村に来ないという言葉に狼狽えるアリエス。対照的にジグリスは何かを察したかの様に冷静だった。
「すぐに行くのか?」
「だな。お前達にも迷惑かけるし。って訳で悪ぃけどバイク、持っていくな。」
「最初から、完成したらお前が乗る予定だったんだ。持ってけ。後は食料と水とか、役立ちそうな物も持って行けよ。バイクは作業場に回収しといたんだ。点検しておく。」
「助かる。ありがとなジグリス。」
「ちょっと待ってよジグ兄ぃ!どうして一緒に行かない話になってるのさ!?ベリルが困ってるなら俺達が助けてあげないとでしょ?」
「・・・馬鹿野郎。ベリルの目を見てみろ。絶対に連れて行かないって決めてる目だぞ?」
「なっ・・・・・・ッ!」
アリエスと目が合った。真っ直ぐに見つめ合うとやがて彼は視線を左右に泳がせて、何かを振り切る様に寝室へと去って行った。
「なんだお見通しだったか。ま、お前達まで居場所を失う必要は無いからな。」
「当たり前だろ。お前の事は本当の家族みたいに思ってたんだ。家族なら、そいつのやりたい事は応援してやらなきゃだろ?んじゃ遠慮せずに荷物をまとめろよ?」
「あぁ、そうさせて貰う。」
ジグリスは少しだけ寂しそうにしながらも作業場に向かいバイクの整備を始めた。それから荷物をまとめ始める。食料と水は必要な量だけだ。持って行き忘れていた遺跡漁りの戦利品であるイカした金属の棍棒も忘れない。幾つかの衣類とバイクの必要な部品に・・・とあれこれ集めると割と大きな荷物になってしまった。
「参ったな。う〜ん、こいつらをバイクに乗っけるのか・・・。もう少し減らすしかねぇな。」
「これで全部?」
「一応な。でも全部は載せられねぇから減らさないといけないな。」
「ん、仕舞ったよ。」
「お?ありがとな・・・ん?お前どうやって・・・はぁ?いや、どこに消した!?」
キッチンテーブルの上に置いていた荷物達。これらをどうするかと目を閉じて思案しているとナニカが話しかけてきた。仕舞ったという言葉に違和感を覚えて目を開いてみれば、ほんの一瞬前まであった荷物達が消え失せていた。辺りを見回しても影も形もない。
「安心してよ。無くなってはいないから。ほらね?」
ナニカは無造作に右手を横に突き出した。その右手は・・・肘から先が消え去っていた。次の瞬間、消えた筈の右腕は当然の様に現れて右手には先程テーブルに載せていた乾燥肉の束が握られていた。悪趣味な手品に開いた口が塞がらない。
「詳しく話すと難しくなるからね。簡単に言えばちょっとだけズレた空間に荷物を入れたんだ。言ってくれればいつでも出せるよ。」
「そいつは・・・便利?だなぁ?とは言えお前を連れて行くつもりは無いぞ?」
「いや、僕も一緒に行くんだ。」
「わがまま言うんじゃねぇよ。」
「そうじゃない。僕は君の血液が触れる事によって目を覚ました。それと同時に主従関係が結ばれたんだ。長く離れているとやがて活動が停止する。それに僕の中からは機能の多くが抜き取られているみたいだ。そのせいで自分が何者かさえも殆ど分からない位に記録の損傷が激しい。だから君の行く先々で失くした機能を探さなければいけないんだ。」
「おっ、おぅ?何だっけ?お前は機械生命体ってやつなんだよな?そこら辺の生き物との違いが分からねぇけど。で、俺から離れてると死んじまうと。あんなもんを見せられたら信じるしかねぇだろ・・・はぁ、なら連れて行かなきゃならんか。仕方ねぇな。お前、名前は?勝手に正体不明のナニカって仮称してたんだが、連れて行くとなるとそうもいかないだろ。」
「名前・・・・・・どれだろう・・・名前の記録・・・これは違う・・・サ・・・うぅん、エル。そう、エルって呼んでよ。」
「エルか。これからどうなるかも分からないけど、とりあえずよろしくな。俺の事はベリルでいいぞ。」
「うん、よろしくベリル。」
まったくの予想外だ。エルと名乗った、自身を機械生命体だと言う存在を旅に同行させる事になった。彼か彼女かは定かでは無いが、不可思議な技術を見せつけられてしまっては機械生命体だという話を信じざるを得ないだろう。
もう戻っては来れないかも知れない。そう思いながらの出発準備は、今までの思い出が一つずつ思い出されていく時間だった。祖父に連れられて村に訪れた時に手を差し伸べてくれた赤毛の少年達。彼らの両親が亡くなった時に共に死者を悼んだあの日。初めて遺跡漁りに行ってボロボロになって帰ってきて笑い合った。さりげない日常の思い出こそがこれ程までに光って眩しく感じるものなのだと改めて思い知らされた。
「こっちは終わったぞ。お前達二人で組んだにしては上出来だったな。満点だ。荷物は・・・どうした?」
「荷物ならこいつが仕舞った。難しい話だったんだが、どうやらこいつは一緒に連れて行かないといけないみたいだ。」
「そうか・・・。お前がそう言うならそうなんだろうな。さてと。おい!アリエス!いつまでそっちにいるんだ?別れの挨拶くらいちゃんとしておけ!後悔するぞ?」
「・・・・・・ベリル。これ。」
寝室からのそのそと出てきたアリエス。手渡されたのは布で巻かれた工具のセットだ。
「本当はベリルの誕生日にってジグ兄ぃと二人で用意してたんだ。」
「おぅ、ありがとな。俺から渡せる物が無くて悪い。」
「いいんだよ。ただ、両親も・・・ドルトーさんも・・・ベリルもいなくなるなんて少し・・・うぅん、凄く辛いよ。」
「絶対に会えないって決まった訳じゃないだろ?用事が済んだら絶対に帰って来る。な?」
「アリエス、いいのか?」
「・・・うん。きっと重荷になるから。」
ジグリスは何かを確認する様にアリエスに尋ねた。兄弟達が何を考えているのかを予想することは出来なかった。
「んじゃあ、行ってくるぜ。ほら、こいよ。」
「気を付けてな。変な物を拾い食いするなよ?」
「なっ!ジグリス、お前には言われたくねぇよ!ほら、アリエスも!」
「あぁ、うん。気を付けて。帰って来るのを待ってるから。」
「おぅ、約束だ。そうだ、ナナシを見かけたら気にかけてやってくれ。本当は俺が捜してやりたいんだけどな。」
「任せろ。車を整備したらすぐに捜してやるさ。な?アリエス。」
「そうだね。任せて。」
兄弟達とハグをする。そうだ、まだ帰ってこれる場所があった。帰りを待つ人がいる。祖父を助け出して帰るだけ。簡単な旅だ。
「よし、行くぞエル。西へ、出発だ!」
いざ、向かうは見知らぬ西の地。何があろうと進み続けるのみだ。




