第十話 因子の目覚め
「止まれ。」
「開けてくれ。どうしても今すぐ村長の奴に聞かなけりゃいけない事がある。」
「開けろと言われて素直に門を開く門番がいると思うか?なんの用だ?」
「だから言っただろ?村長に用があるって。」
「はぁ、そんないい加減な用事で通してみろ。クビにされちまう。」
村に戻ってから真っ直ぐに向かったのは、村の最奥に位置する村長の屋敷だった。バイクを降りて見渡せばそこいらの民家とは比べ物にならないくらい立派な御屋敷が映る。屋敷を囲う金属の柵。その内側には整えられた草木が茂る庭に魚が泳ぐ池があった。屋敷は木材を用いた文化的な建物であり一目で大金が注ぎ込まれていることがわかる。こんな辺鄙な荒野の片隅にそんな物を建てる意味が全く理解出来やしない。そして一際装飾が為された門の前には図体のデカい、木の棍棒を持った門番が立ちはだかっていた。確か近隣の村から村長が雇ったとか言っていた筈だ。
「今だけは譲れねぇんだ。頼むぜ。」
「無理だ。無理矢理入ろうとするなら門番としてお前をボコボコにしなきゃならん。」
「あぁ・・・そうかよ!」
「なっ!?貴様っ!」
「悪ぃな。眠っとけ!・・・っち、そう簡単にはいかねぇか。」
不意打ちに地面を蹴り上げて砂で目潰しをしてやった。門番の視界を奪った所で、ガードがガラ空きの腹部へと拳を叩き込む。が、その攻撃は防がれてしまう。
「そういう攻撃には慣れてるんだよ。そらお返しだ!っと、ワザと吹っ飛ばされたな?」
「まぁな。あんまり軽い一撃だったからなぁ。可哀想だから吹っ飛んでやったんだよ。」
「そこら辺の奴らよりも動けるか。やれやれ、骨の一本二本は覚悟しろよ。」
「はん?そっちこそあの守銭奴に叱られる準備しとけ。いくぞッ!」
駆け出しながら門番を観察する。得物の棍棒は大きく重そうだ。当たれば簡単に骨が折れるだろう。しかし重量がある為に振りは遅いし重心がブレない様に踏ん張れば足も動かせなくなる。本当に懸念すべきは肉体の頑強さだろう。こちらの攻撃の衝撃を吸収してしまう分厚い筋肉や骨。もし掴まれたりしたならひとたまりもない。ならば正面からぶつかりにいくのは得策では無い。
「オラッ!くっ、どこにいった?」
「喰らえッ!」
「ぐぉっ!ぬはぁぁっ!!」
「ちっ、浅いか。」
棍棒の横振りを躱し姿勢を低くして背後に回り込む。身長の高い相手からすると、自分よりも小さな相手は意外にもやり難いらしい。左脚の膝裏を思い切り蹴りつけてやった。野生動物でも同じだが、どれだけ厚い筋肉や脂肪を身に纏っていても関節部や手足の先は肉が薄い。しかし踏み込みが足りなかったのか体勢は崩すことが出来ずに、丸太のような腕に振り払われてしまう。膝裏を蹴って膝をつかせてから下がった後頭部への一撃を狙っていた訳だが、そうそう上手くはいかなかった。
「中々やるな。今度はこっちからいくぞ!ぬん!はぁ!そりゃあっ!」
「ぬぉっ!くっ!あっ、やべ。ぐぉっ!?」
「はははっ、これで懲りただろう。」
力任せの三連撃。躱すのは容易と思っていたのだが最後に態勢を崩してしまった。フルスイングされる棍棒を両腕で防御する。しかし勢いを殺す事が出来ずに背後へと弾き飛ばされてしまった。地面を二転三転して転がっていく。
「大丈夫そう?」
「当たり前だろ。ここから一発で終わらせるんだよ。」
「そっか。ただ手加減はしてあげてね。」
「手加減だ?はっ、そいつは面白い冗談だな。」
転がった先にはバイクがあった。座席の後部には仮称ナニカがちょこんと座っており、どこか暇そうな雰囲気である。口では威勢の良い言葉を吐いているのだが実際はどうだろうか?それなりに鍛えられているとはいえこちらは所詮女の身体だ。絶対的に筋肉が足りないので有効打を与えられる手段は限られている。オマケに棍棒を受けた腕に痛みが・・・痛みが?
「痛みが・・・無い?」
経験的に骨折までいかないにしてもヒビくらいは入ったと思う衝撃を受けた筈だ。しかし今感じるのは日常生活の中で不意にどこかへぶつけた程度の痛みだ。戦闘で精神が昂ぶって痛みに鈍くなっていたとしてもこの感覚はおかしい。立ち上がって腕を触ったり肩を回してみる。
「やっと馴染んできたね。」
「馴染む?何のことだか分からねぇけど、なんか調子良いかもしれねぇ。」
馴染むと言われても何の心当たりも無い。だが体の調子が上がってきている。体の芯が熱くなり、その熱は脳をバチバチと刺激して額を熱くさせた。今ならさっきよりも体を上手く使える気がした。
「そんじゃあ・・・仕切り直しだ。行くぜ!」
「あれを受けてまだ動けるのか。だが所詮は女。筋肉の差は覆せまい!ふんふんふんふんふんっ!」
「くっ、力任せに振り回しやがって・・・ん?」
速攻とばかりに距離を詰めていく。門番は真正面から迎え討つつもりだ。身体能力的に格下と判断したのだろう。棍棒を力任せに何度も振り回し
てきた。如何なる手段を講じられても筋力で叩き伏せられるという考えだ。
「ふんっ!ふんっ!ふんっ!何故だ!?何故当たらない!?」
「ははっ、動きが遅くなったんじゃねぇか?」
戦闘によって気持ちが昂ぶりハイテンションになった目には、動体視力が上がったのか先程よりも相手の動きがよく見えた。関節部や重心移動から先の動きが予測出来る。十数発は繰り出された棍棒による乱打を躱す事に成功する。
「ナメるなよ小娘がっ!」
「そっちこそ疲れたんじゃねぇのか?おら!ここだぁ!」
「ぐっ!ぎぃぃっ!?がはっ!」
スタミナ切れを起こした門番の大振りな一撃。そんな隙を見逃す筈が無い。軸足となっていた左脚の脛を思い切り蹴飛ばした。しかし脚同士が接触した瞬間、直感的に全力をかけてはいけないと感じた。このまま全力で蹴れば相手の骨を砕いてしまうという確信に近い予感。力を入れる事を止めて勢いだけで脚を振り抜く。だが予想した威力を越えて、門番は足払いを受けた様にグリンと宙を舞って倒れ込む。受け身も取れずに顔面から地面を迎え入れて気絶してしまった。
「おっ・・・おぉ〜?折れ・・・てはいないな?あのまま全力で蹴ってたらヤバかったよな?俺の脚はなんともねぇし。」
門番の脚を触ってみるのだが折れてはいない様子で少し安心する。続いて自分のズボンの裾を捲り上げてみるのだが骨折どころか青痣すら見当たらない。
「ちゃんと手加減出来たんだね。偉い偉い。」
「俺の体はどうなってるんだ?お前が言ってた馴染むってのと関係あるのか?」
「後で説明してあげるよ。それよりもほら。」
「あん?ほぉ、好都合だ。」
いつの間にか側まで来ていたナニカ。さっきからの物言いといい絶対に何かを知っている。この体に起きている不思議現象を今すぐにでも聞きたい。だがそれよりも優先するべき事が向こうからやって来た。
「人の家の庭先で何を暴れているんだ!」
「よぉ村長。聞きたい事があるんだ。」
「なっ、これは一体どういう事だ!?二グルス、寝るな馬鹿者め!それにお前は・・・ドルトーの所のクソガキだな?」
突き出た腹に貴金属のゴテゴテとした悪趣味な装飾品を身に纏った中年男性。この男こそがナタジャ村の村長であるゼニーロ・ドルユーロである。その側には整った服装の従者である老人が背筋を伸ばして立っている。
「お前の所に客がき
「お前、確かベリ・・・ベル・・・ベリルだったか。うちの門番を叩きのめしたのはお前か?父がお前達をこの村の一員として迎え入れてやった恩を仇で返しおって。爺、こいつらの税を十倍にしろ。払えないのなら今後村へ入れないと思え。」
「はい、その様に。」
「あぁん?急に何を言って
「そもそもが気に入らなかった。私の村の厚意で生きていられる様なものだと言うのに爺は勝手に薬を売りつけてくるわ。そのガキもあのジャンク屋兄弟とトラブルばかり引き起こして。」
この男はいつもこうだった。見下している人間の話など聞く耳を持たない。おまけに長々と嫌味ばかりを撒き散らす。今まで散々嫌な思いをしてきた。
「・・・ちっ、仕方ねぇか。おい!今は話を聞いて貰うぜ?」
「なっ!?下賤な輩の分際で私に触れるな!」
「手をお離しなさい。」
話をする気もない相手に対して、こちらを意識させるには?頭の悪い自分には一つしか思い浮かばなかった。それは奴の服の襟を掴んで引き寄せる事だ。普段であれば村の有力者に逆らおうとする人間はいない。だからこそこの行動はゼニーロの意識をこちらに向けるには非常に有効だった。誤算と言えば、常に傍らに控えている従者の老人からナイフを突きつけられている事だろう。
「待てよ。俺は話をしたいだけだ。なぁ村長、あんたの所に客が来てたよな?ここら辺じゃ見ない服装の奴らだ。」
「客?あっ、あぁ来ていたな。だが客じゃない。うまい話を持ってこない奴らは客とは呼ばん。」
「奴らと何を話した?どこから来た?」
「はっ、格好から何からおかしな奴らだった。奴らが聞いてきたのは、この辺りに外部から来た人間はいないのか?だった。そんな奴はお前達以外にはいない。住んでいる場所を教えてやったさ。」
「あ"ぁ"ん?やっぱりお前だったのかクソ野郎が!?」
「何を怒っているんだ?聞かれたから答えただけだ。」
「今日の明け方、俺と爺ちゃんの家が焼けた。爺ちゃんは行方不明だ。どう考えてもテメェが場所を教えたからだろうが!!?」
「・・・・・・つまりドルトーはいなくなったんだな?はっはっはっ、やったぞ!目障りな奴が一人消えてくれぷぎゅ!!?くかっ・・・かっ・・・ひゅっ・・・
「・・・・・・黙れよ。」
我慢なぞ出来るわけが無かった。襟を掴んでいた左手は、一瞬で掴む場所を首へと変えていた。大切な身内が生死不明の行方知れずになっていると言うのに、この下衆な豚野郎はそれを笑い飛ばした上に喜んだ。怒りが臓腑を、脳髄を瞬間的に満たした。際限なく湧き上がる怒りが額を熱くさせていく。
「そこまでですよ。」
「がはっ!!?はぁはぁはぁ・・・こっ、この化物めっ!まさか因子保有者だったとはな!?今に見ていろよ!」
「待ちやがれ!っと・・・邪魔するな。まだ奴らがどこから来たのか聞いてねぇんだよ。」
汚らしく肥えた首を掴む腕に白刃が振り下ろされる。反射的にそれを躱す為に手を離すと、ゼニーロは崩れ落ちる様に地面に膝をついて呼吸を整える。そして何やらごちゃごちゃと喚いた後にみっともなく駆け出していく。御自分の立派な御屋敷にではなく、反対の村の中心に向かって。しかしそれをすぐに捕らえる事は出来なかった。従者が剥き出しの殺意と共にナイフを突き付けていたからだ。追いかけるにはこの従者をどうにかしなければならない。
「お前達!はぁはぁ、聞け!!ドルトーの所のベリルとかいうガキ!奴は因子保有者だった!突然やって来たかと思えば、うちの門番を殺してこの私の首にまで手をかけた!」
村の中心にある広場。倒壊した自身の銅像の前でゼニーロは声を張り上げた。普段、彼が一人で出歩く事は無いので村人達も何があったのかと続々と広場に集まってくる。
「あんた何を言ってるんだ?ベリルちゃんが?そんな訳無いだろう。」
「そうだそうだ。あの子が小さい頃から今まででそんな様子も無かっただろう。」
「お前達は騙されていたんだ!あのベリルに!ドルトーに!あの二人に長い間ずっと騙されていたんだ!」
「ドルトーさんもベリルちゃんも悪い人間じゃない!」
「あんたこそあの二人が嫌いだから噓を言ってるんじゃないのかい?」
村人の反応は様々だった。反論する者。疑う者。頷く者。静かに耳を傾ける者。皆が混乱しあーでもないこーでもないと騒ぎ立てる。
「ひぃっ!?来たぞ!おおおお前達、私を守れ!村長だぞ!お前達の恩人だぞ!」
騒がしい広場に足を踏み入れる。その瞬間、あれだけ騒がしかった広場がシンと静まり返った。そして沢山の視線が一箇所へと集まる。
「なぁ、あの二人組はどこから来たって言ってたんだ。」
「ひっ、にっ、にににに、西から来たと!それしか言ってなかった!」
「西か・・・。噓じゃねぇよな?」
「本当だ!」
「俺は爺ちゃんを蔑んだお前を絶対に許さない。もし噓だったなら・・・次は無いからな。」
「はっ、はひぃ・・・・・・」
這いつくばって群衆に紛れ込む様に逃げようとするゼニーロ。しかし群衆は砂山を分ける様に左右に散ってしまう。逃げようとするゼニーロの襟首を掴まえてて引き寄せ問い詰める。脂汗をかきながら、しどろもどろになって答えたゼニーロを解放してやるとツンとした刺激臭がした。奴の股からは滲みが拡がり、やがて乾いた地面にも湿った滲みを作っていた。ゼニーロは意識を失い、あれだけ自信に満ちていた男がなんとも情けないものだ。
「因子保有者だ・・・。」
「きゃあ〜!」
「皆逃げろ!殺されるぞ!」
「村長の話は本当だったんだ!」
誰かが叫んだ。それを皮切りに絶叫と混乱が膨れ上がる。
「角が生えてるぞ!?」
「なんだありゃ?髪も赤く光ってる!まさか悪性変異か?」
「じゃあもしかしてドルトーさんも!?」
「追い出せ!村から追い出すんだ!」
ふぁくたぁだかあのまりぃだか何だか知らないが、それが悪い意味合いだというのは理解出来た。女性と子供と老人は怯えた様子で広場から逃げ出していく。残った男衆には周囲を囲まれてしまっている。叫ばれる言葉の端々に出てくる角という言葉。恐る恐る額に手を這わせると一対の小さな突起があった。それは皮膚を裂いて出てきたのでは無く、自然と内側から盛り上がった様な形だ。
「何だよ・・・これ・・・・・痛ッ!?」
背中に何かが当たった。地面に転がったそれは石だった。
「出て行け!」
「化物め!」
「俺達を騙していやがった!」
周囲を取り囲んでいた全員では無いが、その内の何人かが罵声を浴びせながら石を投げ付けてきていた。その目には恐怖が映っている。石の雨は止まない。いくつかは皮膚の薄い場所に当たって血が滲む。つい先程まで友好的だった村人に、突如として向けられた敵意。そのあまりの温度差のギャップに思考が止まってしまう。
「何してんだ!?止めろ!止めろって!落ち着けよ!」
「ベリル!大丈夫!?」
石の雨が止んだ。そして聞き覚えのある声が村人と自分の間に割って入る。あれだけ熱を持っていた血潮がフッと冷め、視界は揺らぎ暗転していく。力が抜けていき、体が制御を失って崩れ落ちていくと徐々にに意識は消えていったのだった。




