36話 鬼の章 其の拾参
36話です。
鬼の章、少し長引いてしまっていますが、どうぞよろしくお願いします。
旅館での時間は至福のものだった。
旅館の温泉は日中かいた汗を洗い流し、旅の疲れを溶かしてくれた。
温泉につかりながらぼんやりと考え事をした。
「(こういう風呂場とか、水場って幽霊がよく出るって聞くけど、私、見た事ないんだよなぁ…。)」
今もこうしてあたりを見回しても影も形も見当たらない。
普段は否が応でも見えたり、聞こえたり、最悪触れて付きまとわれる事もザラだった。
久我さんに出会ってからは貰った護符のおかげで前ほど悩まされる事はなくなった。
「(もしかして、私の事を気に入っている神様が守ってるとか…??)」
入浴の時だけは紙でできている護符を濡らさないように、脱衣所に置いておく。
しかし、護符があっても無くても風呂場で霊の類は見た事ないのだ。
「(自分の嫁の裸を見られないようにしているとか…?)」
まさかね。と独り言を呟き、引き続き温泉を楽しんだ。
温泉から出てからは、旅館で用意された浴衣に身を包み、豪華な夕食を堪能した。
「うっま〜。にしても、こんな立派な温泉旅館、一体一泊いくらするんだろう…。」
久我さんは経費と言って気にするなとは言っているけど、その決して安くもない経費は最終的に明さんに請求されるのだ。
そういえば久我さん達もご飯食べているのだろうか?
お風呂の時も一応声を掛けたが、それ以降は全くの別行動だ。私の夕飯は部屋に運ばれてくるため、二人の様子は全く分からない。
「(ご飯終わったら様子を見にいくか…。)」
そう思った私は、夕食を終えた後隣の二人の部屋を訪ねた。
「久我さん〜。海堂くん〜。いますか?」
襖越しにそう尋ねるとスッと襖が開かれた。そこには同じ浴衣を着た海堂くんがいた。
「雪平さん。何かあったか?」
「特にはないけど、二人とも仲良くしてるかなって思って。」
「そうか。」
海堂くんは短く答えたきり、どこか落ち着かない様子だった。
私と目を合わせようともせず、落ち着きなく視線を泳がせており、微かに耳が赤かった。
「海堂くん?大丈夫?」
「え!?あ!あぁ!大丈夫だ。」
「久我さんは?」
「あの人なら頭を冷やしに館内を散歩しに行ったよ。」
「頭を冷やしに?何かあった?」
「いや、今日の調査のまとめと、明日の事について色々していたんだ。」
「そっか。なら、私も話を聞きたいから、そっちの部屋に入ってもいい?」
「ダメだっ!!!」
私の問いに海堂くんは大声で拒んだ。
「あっ…!ワリィ。大きな声を出して…。ほら、いくら信用しているって言っても、この部屋男二人の部屋なんだ。その部屋に女の雪平さんが入るのは…。ちょっとな…。」
「あ。そっか…。なんかごめんね…。」
海堂くんの言葉の意味を理解した私は、自分の軽率さが急に恥ずかしくなった。
「なら、気分転換がてらに久我さん探してくるよ。もし、入れ違いで久我さんが戻ってきたら連絡してくれる?」
「おう。分かった。」
私はそう言って、部屋を後にした。
「(って、言っても、この旅館内広いからな〜。)」
広い旅館内を散策しながら、あたりを見渡して久我さんを探した。
「お客様、何かお探しで?」
私に声を掛けてきたのは、最初にあった女性従業員さんだった。
先程の佇まいや、雰囲気からしてきっとこの旅館の女将さんだろう。
「はい。その…連れを探してまして…。」
「お客様のお連れ様…。あぁ!でしたら、あちらの中庭の喫煙所でお見かけしましたよ。」
喫煙所?久我さん、タバコ吸っていたっけ?
疑問があったが、ダメ元で行ってみることにした。
「ありがとうございます。」
「いえ。」
女将さんの言う通り、廊下を少し歩いた先に中庭へと出られる戸があった。
戸を開けるとそこには季節の花々と、波一つない池が、煌々と輝く月明かりに照らされていた。
「今日は満月だったんだ…。」
空を見上げると、綺麗な円を描いた月が浮かんでいた。
自分の名前にも月の文字が入っているからなのか、月を見ていると不思議と懐かしい気持ちが込み上げた。
こんな事、表立って言えないが、子供の頃からあった感覚なのだ。
「そういえば、久我さんどこだろう。」
中庭を見渡し、喫煙所を探す。
すると、一棟の東屋が木の陰に隠れているのを見つけた。
そこを覗き込むと一人の人影があった。
その人物は私と同じ旅館の浴衣を着て、どこか遠くを見つめながら物思いに耽り、煙草の煙を吐き出していた。
月明かりに青白く照らされているその横顔は、日本人どころかどこか人間離れした美しさがあった。
その光景はまるで一枚の絵画のようだった。
そして私はこの光景を初めて見るはずなのに、何故か見たことあるような気がして胸がざわついた。
そうだ。あの時も、あの人は月明かりの下に居たんだ。
その光景を見ていた私に気づいたあの人。
『そこに居るのは誰だい?』
「雪平さん?」
名前を呼ばれて意識がハッとした。
「え…あっ…れ?」
「大丈夫かい?」
こちらの存在に気づいた久我さんが煙草を咥えながら不思議そうに見つめていた。
「は、はい。大丈夫です。にしても意外です。久我さんも煙草を吸うなんて。」
「考えが煮詰まった時にたまにね。」
「そうして吸ってると、明さんみたいですね。」
「俺は叔父さんほどヘビースモーカーじゃないよ。それに、煙草もそれなりの意味があるんだよ。」
「意味?」
「ここら辺は山々に囲まれてるだろ?こういう所には狐狸妖怪やその他山の妖怪、幽霊とかが多いんだ。それらはこういう煙草の匂いや煙を嫌がる習性があるんだ。特にこの煙草は叔父さんの特製の煙草だから、霊力のない俺が吸っても効果がある。ちょっとした結界になるって事だ。」
そう言ってふぅっと吐き出した煙は宙を漂い霧散していった。
「ところで、俺を探していたようだけど、何かあったか?」
「そういえばそうでした!明日は予定ってどんな予定になってます?」
「明日は海堂くんのかつての祖父母宅と、墓を訪ねてみようと思う。海堂くん曰く、まだこちらに墓が残っているらしいからな。その時に雪平さんの力を借りるかもしれないからよろしく頼むよ。」
そう言って久我さんは持っていた携帯灰皿に灰をトントンと落とした。
その所作すらこんなにも綺麗な人が居たんだと感心してしまった。
「わかりました。では、私はそろそろ寝ますね。」
「あぁ。お休みなさい。」
私は踵を返し、部屋に戻ろうとした。
「(そう言えば、さっきの声····誰だろう?)」
久我さんに名前を呼ばれた時、もう一人誰かの声が聞こえた様な気がした。
「あ、そうだ!ところでなんですけど…。」
「他にも何か…?」
「久我さんって、モテますよね?」
私がふと思った疑問を投げかけると、煙草を咥えたままニヤリと自信満々に笑う久我さん。
「まぁな。」
36話読了ありがとうございました。
次回はいよいよ大きく動きだしますので、よろしくお願いします。




