37話 鬼の章 其の拾肆
37話です。
よろしくお願いします。
中庭で久我さんと別れた私はそのまま自室に戻り、明日に備え眠りについた。
「(調査は明日までなんだから、今はしっかり寝ないと…。)」
私も海堂くんも明後日には学校がある関係で、この調査はとりあえず明日で一旦区切る事になっている。
少しでも多くの手がかりを…と思った所で私の意識は途絶えた。
夢を見ている時って、これが夢なんだと自覚する瞬間があって、大抵その次の瞬間に目が覚めるものだ。
でも、今、私が見ている光景は確かに夢の筈だが、私の肉体がまだ目覚める様子はない。
「ねぇ!アンタ、お腹空いてるんでしょ?これ食べる?」
「ッチ。目障りな女だ。とっとと失せろ。」
風そよぐ深緑の森の中、一人の女性が小さな包みを上に掲げ、大木の上にいる男に話しかけていた。
その男は複数の着物を継いで接いだかの様なボロボロの着物に、獣の様な鋭い眼光。おそらくこの山で鍛えられたであろう長く、逞しい手足。
そして、一際目を引いたのは、額から伸びる鋭い角。
「(あれって…。)」
木伏神社の時に見たあの映像のモノと一緒だ。
大昔、ここら辺を騒がせていた鬼。それがあの男の事なんだろう。
「んなこと言ってもさ!アンタ!山に入ったウチの村の奴等をいじめてるのやめてよね!」
「俺様の縄張りに入ったんだ。当たり前だろ。命だけは取らないでやっているんだから感謝してほしいくらいだ。」
「何よ偉そーに!!て言うか、女呼ばわりしないでくれる!?あたしにはしのって立派な名前があるんだから!」
「そんなの知らん。貴様が勝手に名乗っただけだろう。そら。その不味い握り飯を置いて失せろ。」
「はん!その不味い握り飯を毎回残さず食ってるのはどこのどなたですかねぇ〜?」
女性はそう煽り口調で、鬼がいる大木の根元に包みを置いた。
包みの形と大きさからして中身はおにぎりなのだろう。
「もう。また、アンタの名前聞けなかったじゃない。次こそ聞いてやるんだから!」
しのさんと名乗った女性はそう言い残してその場を後にした。
しのさんの姿が見えなくなった事を確認した鬼は、大木の上からひらりと飛び降りて、しのさんが置いていったおにぎりを手にとった。
「名乗れる名があるならとうに名乗っている…。」
その寂しげな独り言は森に吹き抜ける風の音にかき消された。
私が今見ている光景はきっと、エツさんや本条さんの時と同じ過去に起きた光景だ。
でも、どうして今、こんなものを見ているのだろう?
今回は過去を見る為の、何かトリガーとなるものを見たり、触れたりしている訳でもない。
先程まで私は旅館の布団の上で寝ていた筈なのだが…。
そうこう考えている内に場面が切り替わっていた。
鬼におにぎりを渡したしのさんが山道を下っている様子だった。
「しの!!」
唐突に後ろから名前を呼ばれたしのさんは、振り返るとそこには同い年くらいの弓矢を背負った青年が、茂みから駆け寄ってきた。
「太助!狩りの帰りか?」
「あぁ!ほれ見ろ!キジが獲れたんだ!」
「凄いじゃない!太助はどんどん狩りの腕が上がっていくなぁ。」
「そういうしのは、また、あいつの所か…?」
「うん。」
「もう、あの鬼に関わるのはやめろ!いつかひでぇ目にあうぞ!?」
「大丈夫だ。あいつはただお腹を空かせた、寂しがりやな童みたいなモンよ。
こうしてあたしが話し相手になって、食べ物を与えている間は村の奴らに、今以上に手出ししないわ。」
それにこうして生きて帰ってきてるんだから平気!と付け加えてしのさんは笑った。
「だけど、そんなこと、いつまでも出来ねぇぞ?その…しのだっていつかは嫁に行くんだからよ…。」
「なら、嫁にいかないわ。」
「はぁ!?オメェ、何バカな事言ってるんだ!?しのはこの村の村長の娘だ。そんな我儘通る筈がねぇ!」
「それなら、あの子の面倒は誰が見るの?太助、弱虫のアンタが見るって言うの?」
「だから、あんな奴放っておけば…。」
「放っておいたら、あの子、お腹すかせて今以上に暴れるかもよ?それこそ死人を出すかもしれないわよ?」
しのさんの言葉へ返す言葉が見つからない太助さんは、悔しそうな表情を浮かべた。
「それに、人にせよ鬼にせよ、あんな所で一人寂しくしている子を放っておけないわ。」
そう言うしのさんの顔は子を心配する母親のようなものを感じさせた。
「…ったく。しのガキの頃からお節介だったな。」
「そのお節介に昔、いじめっ子から助けられたのはどこのどいつよ。」
うるせぇやい。と太助さんが恥ずかしそうに悪態をつく姿から、二人は幼馴染なんだろうと察した。
しかし、この夢が言い伝えの内容なら、聞いていた鬼とはずいぶん印象が違うと思った。
もっと傍若無人な悪役を想像していた。
『旅をしていた半兵衛がどうして、鬼退治の依頼を受けたのか?その見返りは何だったのか?』
木伏せ神社で言っていた久我さんの言葉を思い出した。
私が見た鬼の様子から退治される程の悪役には見えなかった。
確かに鬼が人里で暮らすにはその容姿から弊害がある。
だから山奥で一人で暮らしているのだと思うのだが、しかし、その環境は誰とも心を通わせることのできない。
しのさんの言う通り、私もあの鬼が深い孤独感を抱えた一人の青年に見えた。
再び場面が切り替わり、居間の様な空間に壮年の男性としのさんが向かい合わせで食事をしていた。
「また、あの山に行ったのか。」
「父ちゃんには関係ないでしょ?」
「しの。お前は俺の一人娘だ。お前に何かあっては死んだ母ちゃんに顔向け出来ねぇ。」
「その母ちゃんも、困ってる人がいたら助けてやれって言うと思うよ。」
「それもそうだが、あれは人じゃねぇ。鬼だ。」
「鬼でも、獣でも困っていれば助けると思うよ。それに、あの子がわざと誰かを怪我させたって話聞く?あの山から帰ってきて、怪我してきた奴らは皆あの子にちょっかい掛けて怪我した人たちじゃない。」
「だとしても父ちゃんはお前が心配だ。」
「大丈夫よ。私があの山に入って怪我して帰ってきたことある?ないでしょ?」
壮年の男性、しのさんのお父さんは、しのさんに何か言おうとしようとしたが、食べ終えた食器を持って、しのさんはこれ以上は話す気はないと言わんばかりに席を立ってしまった。
「全く…あの娘ときたら…。」
また、場面が切り替わった。
空が鈍色の曇り空で、何やら慌てふためく村の人達が見えた。
「飛ばされて困るものから家の中に入れとけぇ!」
「ここらの川が荒れるかもしんねぇ!川の近くに住んでる奴らは高台の集会所に避難しろ!」
飛び交う声と空の様子から、これから嵐が来ることがわかった。
「なるべく子どもから集会所の中に避難して!大丈夫!中に食料も水も油もあるから安心して!」
集会所と思われる小屋に誘導しているしのさんがいた。
「しのちゃん!」
避難誘導しているしのさんの一人の女性が話しかけてきた。
「おばさん。どうしたの?」
「うちの息子…太助を見てないかい?」
「太助…?見てませんよ?」
「あの子ったら、こんな時にまで山に狩りに行っちまったんだ。」
「それ本当!?」
「今夜嵐が来るのは知っていたから、もう山から帰って来ている筈なのに…。」
「あんのバカ!おばさん!私ちょっと見てくるから中で待ってて!」
「ちょっ!!しのちゃん!!」
太助さんのお母さんの制止を振り切り、しのさんはその場から駆け出した。
次第に辺りに風が強く吹き荒れ、空には厚い雲が垂れ込めていく。
「はぁ…!はぁ…!太助!どこぉ!!」
山の中を駆けずり回り、息を切らしながら太助さんを呼ぶしのさん。
暫くするとポツリポツリと雨粒が落ち始め、次第にその雨粒が大きくなり、大雨となり、しのさんを濡らした。
「太助ぇ!!どこぉ!!?」
「おーい!!しの!!」
しのさんの声に応えるように、しのさんを呼ぶ声が聞こえた。
声の正体は、探していた太助さんだった。しのさんと一緒でずぶ濡れの状態でいた。
「こんの大馬鹿野郎!おばさんが心配してたわよ!!」
「わ、悪りぃ。獲物追っていたら帰りが遅くなっちまった。」
「ったく!ほら!みんなもう避難してるから、集会所にいくよ!」
自分の身を案じて怒るしのさんに対して、申し訳なさそうに謝り、避難所である集会所に向かった。
二人で山を降りている途中、雨音と一緒にどこからかギギギっと何かが蠢く音が聞こえた。
「しの!!」
音が聞こえた次の瞬間、太助さんはしのさんを思いっきり突き飛ばした。その瞬間、二人の間を遮るかのように、すぐ近くに生えていた大木が倒れてきた。
倒れてきた位置が丁度先程までしのさんが立っていた場所だった。
「っ…。太助…??太助!?」
突き飛ばされて転んだしのさんは後ろを振り返った。
そこには、自分の代わりに大木の下敷きとなってる太助さんがいた。
「太助っ!!いやっ!!起きてっ!!」
下敷きとなってる太助さんに駆け寄ると、頭から血を流し、意識を失っていた。
「いやっ!!なんで!!誰かっ!!誰か助けてぇ!!!!!」
激しく打ち付ける雨の中しのさんは力一杯叫び、助けを求めた。
自分の力ではどうしようもないような大木をどうにかどかそうともした。
しかし、どれも無駄だと思い知らされる。
「誰か…助けて…。」
先程までの叫び声とは違い、失意に濡れたか細く、雨の音に簡単にかき消されそうな声が静かに山に響いた。
「何やってるんだ?」
その声と共に先程まで太助さんの上に倒れていた大木が嘘のように宙を浮いた。
声のする方を見ると、あの鬼が軽々と大木を持っていた。
「あんた…。」
「っふん!」
一息のうちに鬼は持っていた大木を少し離れた場所に放り投げた。
「太助っ!」
しのさんはすかさず、太助さんの様子を見た。
頭の傷からの出血は止まらず、意識は失っているがまだ生きていた。
「運がいいやつだ。この辺の落ち葉と柔らかい土と、木の倒れて来た場所が良かったお陰で骨は無事なようだな。」
鬼はそう確認すると、太助さんを小脇に抱え何処かに歩き出した。
「ちょっ!!どこに行くのよ!」
「傷が浅いとはいえ、この嵐の中、気を失っている男一人抱えて山を降りるのは貴様には到底無理だ。俺の寝ぐらにいくぞ。」
鬼はそういい足場の悪い斜面を何食わぬ顔で進んで行った。
「ちょっと待ってよ!」
しのさんも慌てて鬼の後をついて行った。
辿り着いたのは山の岩壁で出来た洞窟だった。
中に入ると、焚き火に、藁でできた寝床に、張られた縄に恐らく洗濯したであろう着物が吊る下げられ、どこからか持ってきたのだろうか。大きな甕には水が貯めてあった。とても山の中の洞窟とは思えないほど生活感のあるものだった。
鬼は、自分の寝床であろう場所に太助さんを寝かせ、慣れた手つきで体を綺麗にして、手当をしていった。
「…慣れてるんだね。」
「まぁな。」
鬼は辺りを見回し、太助さんの頭の傷を覆うためのものが近くにないと気づくと、自分の着ていた着物の裾を裂いて巻き始めた。
「いいの?それ。」
「あ?いいんだよ。この程度の人間にはこのボロで十分だ。」
一通りの処置を終えると、鬼は洞窟の隅に行き、何かを探し出し、しのさんに投げた。
「わっぷ!」
「貴様もその濡れ鼠のような見窄らしい姿をどうにかしろ。」
「どうにかって…あんた、この着物どうしたの?」
鬼から渡された着物はパッと見た感じ、上質な女物の着物だった。
到底、こんな田舎の山で暮らしてる鬼が持ち得るものじゃなかった。
「数年前にこの辺をうろちょろしておった輩共から奪ったものだ。奴らときたら、俺を見かけるなり刃物で襲って来よったから返り討ちにしてやったわ!」
「それって、行商人とかじゃ…。」
「あ?商人?そんな行儀の良い連中じゃなかったわい。」
大きな口に牙を覗かせながら、豪快に笑う鬼。
この話が本当なら山賊の類か?
確かに山に囲まれたこの辺で山賊を見たり、襲われたりと言った話聞いたことないな。
「ほれ、俺様にその貧相な姿をいつまで見させるつもりだ。」
「なっ!貧相って失礼ね!いう通り着替えてやるから向こう向いててよ!」
「はっ。貴様のような小娘に欲情するほど女に飢えとらんわ。」
そう憎まれ口を叩きつつしのさんに背を向け何か作業をし始めた。
その姿を見たしのさんは、やれやれと言った表情で濡れた着物から、渡された着物に袖を通した。
外は大雨と強風で荒れていた。
しかし、洞窟の中にはさほど雨や風が入ってくることもなく、焚き火がパチパチと小気味のいい音を立てていた。
その焚き火に雨で冷えた体を温めるように当たっていると「グゥ」とお腹がなる音がした。
「はんっ。濡れ鼠になった上に腹をすかせるとは、どこまでも惨めな小娘だな。」
「うるさいわね。仕方がないでしょ。こいつを探しに雨の山の中を駆けずり回ったんだから。」
そう寝ている太助さんを指差すしのさん。
手当もされ寝ている太助さんは、心なしか顔色も戻っているような気がした。
「フンっ。俺は寛大な鬼だからな、貴様のような小娘にも施しをしてやるわ。」
そう言って鬼は、しのさんにぽいっと何かを投げつけ、しのさんがそれを受け取った。
「何これ。干し肉??…あんたまさかこれ人間じゃぁ…!」
「ぬかせ。俺様は人間なんぞ口に合わぬ。ただの猪肉だ。いらぬなら返せ。」
「嫌よ。猪肉ならありがたくいただくわ。」
しのさんはそう言って干し肉にかぶりついた。
その様子を見た鬼がポツリこう言った。
「お主は…俺が嘘を吐いているとか思わんのか?」
「は?嘘?」
「貴様が食ってるその干し肉、本当は人間だと言ったらどうする?」
そういって、しのさんが食べている干し肉を指差した。
しのさんはその問いかけに少し考えるような表情を浮かべ、こう言った。
「あたしさ、村の中の子供らの面倒をよく見てるんだよね。」
「は?」
「うちのチビ達ときたらやんちゃ小僧ばかりでイタズラしまくるんだよね。そのイタズラを隠すために嘘とか誤魔化しをしょっちゅうやるんだよねぇ。」
「おい…。なんの話を…。」
「あんた、うちのチビ達より嘘吐くの下手すぎ。」
そういって、また一口干し肉にかぶりつくしのさん。
その様子に呆気に取られたように見つめる鬼。
「そもそも、ここまで世話しといてそんなことよく言うよ。」
「そ、そんなの、貴様らを後で喰うためであって…!」
「あら?人間は口に合わないんじゃないの?」
「うっ…。」
「そういう風に悪ぶるから村の皆に誤解されるんだよ。
それにあたし、知ってるんだよ?あんたがこの辺の山で迷ったり、怪我した人達を助けて、村まで案内してるの。」
しのさんがそう言うと、鬼は肩をビクつかせた。
「あんたと初めて会ったのもそれが理由だし。
三年前くらいに村にきた行商人をこの村まで案内したの覚えてる?まぁ、その行商人も『山の中で鬼に岩や、木を投げつけられながら追いかけられて、逃げていたらこの村についた』って言って泣いていたけどね。」
「そんな奴知らん。」
「その話を聞いたから、山の中入ったんだけど、投げられたと思われる岩とか木がこの村に行けるように、まるで誘導するかのように投げ付けられていたんだよね。」
「俺はそんなこと知らん。」
「それで、それら残骸を辿っていったら、いつもいるあの大きな木の下で、可愛い顔して昼寝してるあんたがいたわけ。」
「だから!俺様はそんなこと知らん!!それにあの日以降貴様が俺様に構ってきて、鬱陶しくてかなわん!!」
しのさんの話を遮るように鬼は大声で否定をした。しかし、その顔には少し赤みが差しているようにも見えた。
「ふふ。ほら、やっぱり嘘が下手だ。」
そう言って、しのさんは柔らかく笑った。
「ねぇ、あんたの名前を教えてよ。」
しのさんはじっと鬼を見つめた。
「くどい。貴様に名乗る名などない!」
「いいじゃない。あたしとあんたの仲だし、こうして幼馴染を助けてもらった恩もあるわけだし。恩人…というか、恩鬼の名前ぐらい知りたいじゃない?」
「…。」
「ね?」
しのさんの押しの強さについに観念したかのように鬼は口を開いた。
「ない…。」
「え?」
「名乗る名がない。」
そういう鬼の表情はどこか寂しそうに映った。
「なら、私がつけてあげる!」
「は?」
「ちょっと待ってて…。」
驚いている鬼を余所にしのさんはうーんと考え出した。
「…嵐…らん…ランはどう!?」
「ランとは…?」
「今外が嵐だから嵐!」
「安直すぎないか?」
「いいじゃない!わかりやすくて!ね?ラン!」
そう真っ直ぐに見つめられながら呼ばれると鬼はその視線に耐えられないのかそっぽを向いてしまった。
「ふんっ!俺様はこの上なく寛大な鬼だ。低俗な貴様に合わせてその戯れ事に付き合ってやろう!」
「やった!なら、あんたは今日からランって呼ぶから!よろしくね!」
嬉しそうにそう言うしのさんと、人より尖った耳を真っ赤に染め、そっぽを向くている鬼のランさん。
人と鬼とは思えないほど、その光景がとても暖かく、優しかった。
37話読了ありがとうございました。
引き継ぎ次回をよろしくお願いします。
また、いいねやブクマもよろしくお願いします。




