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異世界投資銀行物語  作者: 楽苦苦楽
異世界株式
22/23

華々しいプレゼンテーションと泥臭い営業(ロードショー:投資家への説明行脚)

いつもお読みいただきありがとうございます。


募集説明会当日、商人ギルドの大ホールは、立錐の余地もないほどの熱気に包まれていた。俺の予想を、はるかに超える盛況ぶりだった。

アクアフォールの商人たちはもちろん、噂を聞きつけた近隣の領主の代理人、航路で繋がる港町の船主たち、そして、はるばる王都からやって来たという大商会の幹部まで、ありとあらゆる人々が、固唾を飲んで俺の登壇を待っている。


「……タナカの旦那。すごいことになっちまったな」

舞台袖で、ゴードンが興奮と緊張が入り混じった声で囁いた。

「ええ。ですが、人が多ければ多いほど、俺たちのやり方が正しかったと証明できる」

俺は静かに頷き、深呼吸を一つした。


壇上に上がると、無数の視線が俺に突き刺さる。ざわめきが、ぴたりと止んだ。

俺はマイクの代わりに、声を遠くまで通すための、小さな魔道具を手に取った。


「皆様、本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます。私は、本日設立をご提案いたします、『南方大陸探検株式会社』の発起人代表、タナカと申します」


俺はまず、先日ロンバート辺境伯領で発行されたという「鉱山会社株式」に、わざと軽く触れた。

「皆様の中には、すでにご存知の方もいらっしゃるでしょう。先日、お隣の地で、この大陸で初となる『株式』が発行されたと。ええ、残念ながら、我々は『世界初』の栄誉を、彼らに譲ることとなりました」


会場が、わずかにざわつく。俺は、そこで一呼吸置き、静かに、しかし力強く続けた。


「しかし、我々は悲観しておりません。なぜなら、我々が目指したのは、単なる一番乗りではなかったからです」


俺は、壇上の脇に用意させた、巨大な木製のボードを指さした。それは、プロジェクター代わりの、手作りのプレゼンテーションツールだ。

俺の合図で、助手が一枚目のポンチ絵が描かれたボードを掲げる。そこには、宝の山を積んで、荒波を越えてくる一艘の帆船が、生き生きと描かれていた。


「我々が皆様にご提案するのは、夢です。未知の大陸、莫大な富、そして、このアクアフォールが世界の中心となる、輝かしい未来。この絵に描かれたような、胸躍る冒険の物語です」


俺は、ドレイク船長から聞いた南方大陸の魅力を、まるで見てきたかのように語り、聴衆の心を掴んでいく。


そして、助手がボードを次の絵にスライドさせる。そこに描かれていたのは、巨大な海獣に襲われ、沈みゆく船だった。


「しかし、夢には、常に危険が伴います。この航海は、成功が約束されたものではありません。嵐、魔物、そして未知の病……。船が、二度とこの港に帰らない可能性も、決してゼロではないのです」


俺は、リスクについて、一切の隠し立てなく、淡々と説明した。会場の温度が、少し下がるのがわかる。夢物語に浮かれていた者たちが、現実へと引き戻される。


「そこで、我々は考えました」

俺は、ここで少し声を張った。


「どうすれば、この大きなリスクを、皆で分かち合い、乗り越えることができるのか。どうすれば、この壮大な夢を、一部の金持ちの博打ではなく、この街に生きる、皆の挑戦にすることができるのか、と」


助手が、三枚目のボードを掲げる。そこには、「株主の権利と義務」と題された、箇条書きのリストが描かれていた。


「我々の答えが、この『株式制度』です。しかし、ただの株式ではありません。我々が目指したのは、世界初ではなく、世界最高の株式制度です!」


俺は、ここで初めて、声を大きく張り上げた。


「我々の株主は、会社の重要事項を決定する『株主総会』で、一株につき一票の議決権を持ちます。会社の未来は、投資してくださった皆様が合議で決めます。」

「皆様の責任は、出資した額が全てです。万が一、事業が失敗しても、それ以上の負債を背負うことは、決してありません。」

「そして、皆様からお預かりした大切なお金は、ギルドの厳格な管理のもと、一点の曇りもなく、公正に、この偉大な航海のためだけに使われることを、ここにいる全ての関係者の名誉にかけて、お約束いたします!」


俺は、壇上のゴードン、ドレイク船長、そして舞台袖にいるゲルトやオズワルドを、一人一人指し示した。


俺たちの作った制度は、ただの金集めの道具ではない。それは、投資家を守り、事業の透明性を確保し、関わる全ての人間の権利と責任を明確にするための、血と汗の結晶だ。俺は、その一つ一つの条文に込めた想いを、情熱を込めて語った。


俺のプレゼンは、終盤に差し掛かっていた。


「先日発行された『世界初』の株券が、どのようなものか、私は知りません。ですが、一つだけ言えることがあります」


俺は、聴衆一人一人の目を見つめるように、ゆっくりと語りかけた。


「我々『南方大陸探検株式会社』は、ただ皆様からお金を集めたいのではありません。我々は、皆様に、パートナーになっていただきたいのです。この船の、共同所有者として、共に夢を見て、共にリスクを負い、そして、もし成功した暁には、共に、その栄光を分かち合いたい!」


最後のボードが、掲げられる。そこには、アクアフォールの港に凱旋し、満面の笑みで宝を分かち合う、商人や市民たちの姿が描かれていた。


「この歴史的な航海の乗組員になるか、それともただの傍観者でいるか。選ぶのは、皆様ご自身です。ご清聴、ありがとうございました」


俺が深々と頭を下げると、一瞬の静寂の後、割れんばかりの拍手が、大ホールに鳴り響いた。それは、俺の言葉が、彼らの欲望だけでなく、その心の奥にある「誇り」と「夢」に届いた証だった。


舞台袖に戻ると、リリアナが呆れたような、でもどこか誇らしげな顔で立っていた。

「……あんた、本当に、口だけは達者よね」

「最高の褒め言葉だよ」

俺は、鳴りやまない拍手を聞きながら、静かに笑った。

世界初は、くれてやる。俺たちが手にするのは、世界最高の「信頼」だ。


大ホールでの熱狂的な拍手は、あくまで序章に過ぎなかった。プレゼンテーションという派手な打ち上げ花火の後には、より重要で、より地道な作業が待っている。大口の投資家となりうる、百戦錬磨のプロたちへの個別説明会――前世で言うところの「ロードショー」だ。


俺はゲルトとオズワルド、リリアナを引き連れ、アクアフォールの高級宿や、有力者たちの屋敷を回った。相手は、この説明会のためにわざわざ王都からやって来た大商会の支配人、財テクに目敏い近隣の領主の代理人、そしてアクアフォールの誰よりも抜け目のない大商人たちだ。


彼らは、全体説明会での夢物語や熱狂には惑わされない。その目は、獲物の弱点を探す鷹のように鋭く、俺たちの計画の綻びを、容赦なく突いてこようとしていた。


最初の訪問先は、王都随一と名高い「アイゼンファウスト商会」の幹部が滞在する宿の、最も豪華な一室だった。絹の豪奢な服に身を包んだ、狐のように目の細い男、バルトロ。彼は、俺たちが差し出した詳細な事業計画書を、指先で弾きながら、笑みともつかぬ表情で口を開いた。


「いやはや、タナカ殿。実に壮大で、夢のあるお話ですな。ですが……」

彼は、そこで言葉を切り、俺の目を射抜くように見つめた。

「夢だけでは、船は動きません。この計画、あまりにも『人』に依存しすぎてはおりませんか? 例えば、このドレイク船長。彼が航海の途中で病に倒れたら、この船はどうなるのですかな? 代わりはいるのですか?」


いきなり、核心を突いてきた。キーマンリスクの指摘だ。さすがは王都の大商人。


俺は、動揺を見せずに、にこやかに答えた。

「素晴らしいご指摘です、バルトロ様。もちろん、その点も考慮しております。ドレイク船長の副官には、彼が最も信頼を置くベテラン航海士、”片目の”イワンを任命いたします。彼は船長に次ぐ操船技術を持ち、万が一の際には、指揮権を継承する権限と能力を有しております。また、航海の重要な決定は、船長、副官、そして機関長の三者合議で行う規程となっており、一個人の独断で船が動くことはありません」


「ほう。では、あなたご自身はいかがですかな?」

バルトロは、更に切り込んできた。

「この複雑な金融スキーム、そして会社運営の要は、あなたご自身でしょう。もし、あなたに何かあれば、この『株式会社』とやらは、途端に機能不全に陥るのでは?」


俺は、待ってましたとばかりに、隣に座るゲルトとオズワルドを示した。

「そのために、この二人がおります。法務担当のゲルト、財務担当のオズワルド。彼らは、この計画の全てを私と共有しており、私が不在でも、会社の日常業務が滞りなく進む体制を構築済みです。タナカ&パートナーズは、もはや私一人の会社ではございません」

俺の言葉に、ゲルトとオズワルドが、自信に満ちた表情で深く頷いてみせた。バルトロは「ふむ」と唸り、それ以上は追及してこなかった。


次の相手は、近隣の軍事都市を治める、武闘派の領主の代理人だった。彼は、事業の収益性よりも、リスク管理に強い関心を示した。


「タナカ殿。貴殿の計画では、魔導砲はあくまで『足止め』のため、とあるな。だが、もし敵が、海賊や他国の私掠船であった場合はどうする? 我が君は、みすみす財産を奪われるような、軟弱な投資はお好みにならん」


これは、安全保障上のリスクシナリオだ。俺は、事前にドレイク船長やバルバロッサと詰めておいた対応策を、よどみなく説明した。

「ご懸念、ごもっともです。まず、我々の船は、この海域で最も快速です。ほとんどの海賊船は、追いつくことすらできません。万が一、捕捉された場合でも、我々の船にはアクアフォール辺境伯の旗が掲げられております。これを攻撃することは、アクアフォール、ひいてはその同盟国への敵対行為と見なされる。それでも攻撃を仕掛けてくるような、国家規模の敵であった場合……」

俺はそこで一呼吸置き、静かに告げた。

「その時は、積み荷の一部を海に投棄し、相手がそれに気を取られている隙に、離脱いたします。全てを失うよりは、一部を失ってでも、船と人命、そして残りの積荷を守る。それが、我々の判断基準です」


戦うのではなく、損失を限定してでも生き残る。その徹底した現実主義は、軍略にも通じるものがあったのだろう。代理人は、納得したように大きく頷いた。


ロードショーは、連日続いた。

「配当の算出根拠が甘いのではないか?」

「船員たちのインセンティブプランは? 彼らのモチベーションをどう維持する?」


鋭い質問が、次から次へと浴びせられる。それは、まるで終わりのない、口頭試験のようだった。

俺は、財務や法務の専門的な質問はゲルトとオズワルドに的確に答えさせ、事業運営に関わる部分は、リリアナが船乗りたちから聞き取った現場の声を交えながら、丁寧に答えていく。俺たちのチームワークは、この厳しいロードショーを通じて、より強固なものになっていった。


そして、数日後。全ての個別説明会を終えた俺たちの元に、続々と出資の申し込みが舞い込み始めた。王都のアイゼンファウスト商会を筆頭に、俺たちが訪問した大口投資家は、ほぼ全てが出資を決めてくれたのだ。


「……やりましたね、タナカ代表」

オフィスの片隅で、オズワルドが震える声で言った。

「ああ。だが、これはゴールじゃない。スタートだ」


俺たちの計画は、百戦錬磨のプロたちのお眼鏡にかなった。それは、この事業が、単なる夢物語ではなく、確かな実現可能性を持つ、本物の「ビジネス」であると認められた証だった。

大きな舞台での熱狂と、個室での冷徹な分析。その両方を乗り越えて、俺たちの船は、いよいよ現実の海へと漕ぎ出す準備を、着々と整えていくのだった。

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