↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
17/19

17. 5年越しの全力を

汐より少し年上に見えるその女性は、店に入るなり汐の立つカウンターへと歩を進めた。

「すみません、ここでアクセサリーの修理も受け付けてるって聞いたんですけど」

鞄を漁って差し出された小箱には、細い金色のネックレスが収められていた。トップでは、小さいながらも質のいいエメラルドが輝いている。

「引っ掛けた時に留め具が外れてしまって……」

女性はネックレスを手にかけて汐の前で広げて見せた。片方の留め具を繋いでいた輪が外れる、よくあるトラブルだ。外れた金具も丁寧に小箱に仕舞われているため、普段ならすぐに直すことができる。しかし、今はタイミングが悪い。

「申し訳ありません。今は職人の手が空いていなくて、一時的に受付を停止しているんです」

「えっ、そんなぁ……」

堤坂からペリドットを受け取ってから数週間。篤士は今、寝る間も惜しんで制作に取り組んでいる。そちらに集中させてやりたい。

俯く女性の後ろで、店の扉がギィ、と音をたてて開いた。

「!灰さん」

「よう。この間頼まれたもん持ってきたぞ」

入ってきた年配の男は、持っていた小包をカウンターに置いて中身をこちらに向けて見せた。

「ありがとう、早かったね」

「久々で、ついつい熱が入っちまってな」

汐よりよほど活気に満ちているこの男は村瀬灰(むらせ かい)。先代の頃から石ノ小路の仕事を請け負っていた職人であり、篤士の師匠でもある。

今回は、篤士の持っていた仕事を回した分の納品に来たというわけだ。

「ん?なんだ、壊れちまってんのかそれ」

灰は目聡く女性のネックレスを見つけ、身を乗り出した。職人の血が騒ぐ、というやつだろうか。突然現れた背の高い男に、女性はたじろいだように一歩後退る。

「嬢ちゃん、俺で良ければ直してやろうか」

「え、あの、貴方は……?」

「すみません、うちの仕事を受けていただいている職人さんです。腕は確かなのですが……いいの?灰さん忙しいでしょ」

「バーカ,金具もちゃんととってあるんだ。5分とかからねぇよ。どうする?」

女性は灰と汐を交互に見て、覚悟を決めた様子で小箱を差し出した。

「よろしくお願いします」

「おぅ、任せな」

懐から簡易的な工具を取り出し、灰は意気揚々とネックレスを手に取った。直してやりたいというより、エメラルドをもっとよく見てみたかったのだろう。仕事を心底楽しんているところは、弟子である篤士にも色濃く受け継がれている。

「いいエメラルドじゃねぇか。嬢ちゃんの宝物かい?」

「はい、自分の誕生日に奮発して買ったものなんです」

「そいつぁ大事にしねぇとな」

無骨な指が繊細に動き、金具を繋いでいく。

「ほらよ、直ったぜ」

「ありがとうございます!お代は……」

「この程度で貰えねぇよ。その代わり、これからもこの店をよろしくな。普段は俺の弟子が受け付けてくれるからよ」

「!はい、また来ます!」

満面の笑みで店を出ていく女性を愛想よく見送り、灰は意地の悪い笑みで汐を振り返った。

「あの位、お前が直せるようになってくれりゃなぁ」

「うるさいなぁ、分かってるくせに」

この店に来た頃は、石詠も修理も全部一人でこなしてやると夢見たこともあった。しかし、研磨に挑戦すれば指を削り、石を留めようとすればパーツがどこかに飛んでいく。工房からつまみ出されるまで、さほど時間はかからなかった。不器用ではないはずなのに、石が絡むと途端に上手くいかなくなる。

「そんなことよりコレ。引き受けてくれて助かったよ」

話を逸らすために、灰が持ってきた小包の中身を手に取った。簡単な修理が数件と、篤士の作品の仕上げを数点。起源はまだまだあるはずなのに、こんなところまでこの師弟はよく似ている。

「可愛い弟子が、人生をかけた逸品を作ってんだ。力になってやりたいじゃねぇか」

灰が力強く言い切ると同時に、店の裏口の扉が勢いよく開いた、

「っ、汐さん!出来た!」

ボサボサの頭に、まともに寝ていないのが分かる目の下の隈。それでもスッキリした顔で篤士は作品の入った小箱を手に掲げていた。

「あっ、師匠!こんにちは!」

「おぅ、いい面(つら)してるじゃねぇか。それが、お前の全力なんだな?」

師の顔になった灰が、試すように問いかける。

「——はい。これが、今の俺の全力です。だから、汐さんに見てほしくて」

篤士の眼に、迷いは無い。

「——分かった」

灰に弟子入りしたあの日から5年。篤士がどれだけ努力をしてきたか、汐は誰よりもよく知っている。汐も相応の覚悟を持って、慎重に小箱に手を伸ばした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。