16.先代、神崎羽鳥という男
『突然すみません、娘のことで、ご相談が……』
登録のない番号からの着信。出てみると、以前石ノ小路でファントムクォーツを迎えた少女、果穂の母親だった。担当として渡してあった番号かけてきたらしい。
「お久しぶりです。ご相談と申しますと?」
『実は、娘が石詠の道に興味を持ったみたいで、もう一度、あの石詠様と貴女にお話を伺えないかと思いまして……』
先日は呆気に取られている様子だったが、改めて娘とも話し合ってくれたようだ。すぐに汐に連絡をとり、週の明けた数日後に石ノ小路で集まることになった。汐が才能を見出した少女が石詠に興味を持ってくれたなら、これ程嬉しいことはない。深月は気合を入れて資料を揃えて当日を迎えた。
「本日は、お時間を頂きありがとうございます」
石ノ小路にやってきた母親、相場穂波は丁寧に頭を下げた。身なりもシンプルで整っており、品のある女性という印象だ。今回は娘は連れてきておらず。深月と汐、そして穂波の3人が席に着いた。
「こちらこそ、ご足労いただきありがとうございます。 本日は、お気軽になんでもお尋ねください」
隣で頷く汐も、自分が見出した少女からこんなにも早く反応があるとは思っていなかったのだろう。いつもより力が入っているように見えた。
「助かります。娘が興味を持ったのはいいんですけど、私も主人も身近に石詠様なんていなくて……」
基本的な石詠の役割や仕事の話。少し逸れるが、深月のような石詠を取り巻く人々の話。そして、石詠を目指す際の進路の話。
「神崎様は、どうしてこのお仕事を?」
「僕は……運が良かったんです。この店の先代である師匠に拾われまして」
ありきたりな質問に、汐は涼しい顔でさらりと答えた。
「高校でも多少学びましたが、石詠に関してはこの店で師から教わったことがほとんどです」
「成程、学校にこだわらず。そういう方法もあるんですね」
穂波の手元のメモが、あっという間に黒く染まっていく。流暢に説明する汐を横目に、深月は昔を思い出していた。汐が“拾われる”までの過程を、深月は詳しくは知らない。初めて会ったのは、先代が切り盛りしていたころのこの店だった。
国の中心街の守護を任されて数十年。先代、神崎羽鳥は周囲からの信頼も厚い人物だった。
それ故に、高齢になっても彼の後継が決まっていないことを皆が気にかけていた。本人に誰がどれだけ言っても、
「こういうのは巡り合わせだから」
とニコニコ笑うばかり。
「うちの弟子でよければ好きなのをやるから1匹持っていきなよ」
子猫でもやるかのようにそう言ったのは堤坂と撫子の弟子、荒谷梢だ。多くの弟子を抱える梢と、弟子を持たない羽鳥。性格も正反対な2人は、不思議と仲のいい友人だった。
「大丈夫だよ、ちゃんといずれ出会いはあるから」
梢にせっつかれつつも穏やかに笑って流すこと数年。その時は、突然訪れた。
「急だけど、しばらく店を開けることになったんだ。留守のことは、梢さんにお願いしてあるからね」
連絡を受けてやってきた深月に、羽鳥は事も無げにそう告げた。隣では、既に準備されたスーツケースが鎮座している。
「えっ——」
「“お告げ”が来たんだ。僕の後継になれる子を迎えに行く時だって」
羽鳥はそう言って、手の上の空色の結晶に目を遣った。天使の石とも呼ばれる、セレスタイト。天使が囁くように、羽鳥は時折こうしてお告げを受け取ることがあった。
「では、私も同行いたします」
突然やってきた転機。少しでも。力になりたい。前のめりになる深月に、羽鳥は困った顔で首を横に振った。
「ごめんね、今回は西の方に行くつもりなんだ。さすがに、君を連れては行けないよ」
「でしたら、せめて誰か護衛を……」
西の方は治安があまりよくないと父から聞いている。一人くらい護衛をつけた方がいいと説得しても、羽鳥の意思が変わることはなかった。
「大丈夫だよ。これでも長年石詠をやってるんだから。それに、1人で行くべきな気がするんだ」
お告げを抜きにしても、羽鳥の予感は外れることがない。深月は楽しそうに出発した羽鳥を見送って、ただ無事を祈った。石ノ小路を臨時休業して数週間。戻ってきた羽鳥の後ろに、汐は居た。
「いらっしゃい、深月ちゃん。よく来てくれたね」
変わらない羽鳥の微笑みが見られただけで、少しホッとする。
「お久しぶりです。ご無事で何よりです」
見たところ、大きなケガは無さそうだ。長旅の割に、疲れている様子もない。
「長く留守にしてごめんね。手続きに思いの外時間がかかってしまって」
「手続き、ですか」
「うん。僕の後継になってくれる子を迎える準備をね」
そう言うと、羽鳥は店の奥に向かっておーい、と声をかけた。
「ちょっと、こっちに来てくれるかい?」
いよいよ、羽鳥の選んだ後継者とのご対面。深月は背筋を伸ばして、近づいてくる足音を待った。ゆっくりと、ドアが開く。
——誰もいない。否、視線を下ろすと、痩せぎすの少年が顔を覗かせていた。
「この方が……?」
「そう、僕の初めての弟子だよ。さ、自己紹介してごらん」
怯えた表情でこちらを見上げる少年に、羽鳥は優しい声で促した。
「……にのみや、しお」
そう名乗った少年が羽鳥の養子に入り、神崎汐に名前を変えて15年。
「本当に、ありがとうございました。とても勉強になりました」
「いえいえ。いつでもお越しください」
深々とお辞儀をする穂波への接客も、すっかり様になっている。
来店しただけで人々の心を穏やかにしてしまう店なのは、羽鳥の代から変わらない。どのような経緯で“拾われた”としても。
「お疲れさまでした」
「深月さんも、お疲れ様」
石ノ小路を継いだのが汐で良かったと、深月は心から思うのだった。




