15.漢の約束
いつも以上に疲れたその日の夜。片付けを済ませ、店の看板をCloseに戻す。店内の明かりを最低限に絞り、汐は適当な椅子に腰を下ろして時を待った。程よく暗くて静かで、うっかり突っ伏して眠ってしまいそうになる。何度目かの欠伸をかみ殺した後、小さくノックの音が響いた。ドアの向こうに伸びる影の正体は分かっている。
「どうぞ。開いてるよ」
ゆっくりドアが開く。音をたてないように閉め終えると、堤坂はふぅ、と息を吐いた。
「いい加減、鍵を掛けなよ。不用心だなぁ」
「苦手なんだよ、息苦しくて。それに、うちで悪さできるような奴は鍵くらい開けて入ってくるだろ」
魔術的な結界は張ってあるが、実物の鍵はどうも苦手だ。堤坂は呆れた顔で汐の向かいに腰を下ろした。
「それで、どうだった?今回は」
こんな夜分に、遊びに来たわけではない。早速本題に入ると、堤坂は薄暗い中静かに口角を上げた。
「上々、かな。もう5年になるからね。皆も慣れて大分安定してきたよ」
この男が石詠でありながら国中を巡っているのにはっ理由がある。5年前、当時就いていた石詠のほとんどが表舞台から姿を消した。今となっては、残っているのは汐と堤坂の2人だけだ。
突然店を畳む者、後継に全てを投げて隠居する者。一部では失踪した者もいたという。
「指導が上手いのは、さすが梢さんの弟子だな」
汐が茶化すと、堤坂は渋い顔で呻き声を漏らした。
「あのばぁさんと一緒にしないでくれ。僕は懇切丁寧に指導しているんだから」
1人、また1人と実力のある石詠が辞めていき、残ったのは右も左も分からない石詠の原石達。彼らを磨き上げるために、堤坂に白羽の矢が立った。数多の弟子を輩出してきた荒谷梢の弟子であることも、理由の1つだろう。
「はいはい、お疲れさん」
不貞腐れる堤坂を適度にあしらいつつ、汐は暖かい茶を差し出した。
「安定してきたなら、こっちに戻ってくるのか?」
「いやぁ、山小屋はもう妹弟子に明け渡したし……あっちをどうにかしないと、ね」
自然と、2人揃って窓の外へと目を遣った。暗闇の先にあるのは、豪華絢爛な豪華絢爛な金剛家のお屋敷だ。全ての始まりは、そこにある。
「君が中心部を守ってくれているから、僕も安心して飛び回れるんだ。本当に、感謝してるよ」
「強引に引き留めたのはそっちだろ」
5年前のあの頃、汐も引退を考えたことがある。自分より経験も実力もある石詠達が消えていく。じわじわと足元がぬかるんでいくような焦燥感。逃げ出しそうになる汐の腕を掴んだのが、堤坂だった。
『汐君、お願いだ——君だけは、辞めないでくれよ、頼むから』
らしくない、弱り切った顔をよく覚えている。すがるように、汐の腕を掴む手は小さく震えていた。この手を振り払えば、全てが終わってしまう。本能で、理解していた。
「——ここまで来たら、最後まで付き合ってやるよ」
ここで退いたら、汐を育ててくれた師にも合わせる顔がない。そう答えると、堤坂は至極安堵した顔で笑った。




