14.遅めのランチタイム
客足が落ち着いたのは、結局昼時をとっくに過ぎた2時間程後のことだった。
「お疲れ様。お互い盛況だったね」
「誰のせいだよ……」
石ノ小路と工房の間の中庭。整えられた庭木や花壇が気持ちよさそうに日の光を浴びて、さっきまでの賑わいが嘘のように穏やかな空気が流れている。物置から引っ張り出してきたテーブルと椅子を木陰に置いて、汐はぐったりと座り込んだ。
「2人ともお疲れ様」
「さ、お待ちかねのお土産タイムだ。好きなだけ食べてくれ」
あれよあれよと、テーブルが美味しそうな料理で埋め尽くされていく。深月がお茶の用意をしていると、工房から篤士が顔を覗かせた。
「あ、坂さんだ。久しぶり!」
「篤士くんお久しぶり。丁度良かった。土産があるからこっちにおいで」
「やった、いただきまーす!美味そう!」
並んでいる料理はどれもこの辺りでは見ないものばかりだ。篤士は物珍しそうにテーブルを見回した。
「今回は西の方に行ってたのか?」
「あぁ。以前行った時より整備されていて綺麗になっていたよ」
「……そっか」
汐はそれだけ呟いて、意味もなくカップのフチを指でなぞった。
珠盟国はこの中心街を含む中央地域を取り巻くように東西南北に大まかに分けられている。今回の土産は、その中でも少し治安が悪いと噂の西の地方のものだった。
「ま、僕はこの中央地域が一番好きだけどね。この子たちもいるし」
当然のように木に一番近い席に陣取っていた堤坂は、愛おしそうにその葉を撫でた。木漏れ日が彼の髪を茶色く透かして、緑の広がる中庭によく映えている。
「坂さん、ほんとに植物好きだよねぇ」
植物を愛する石詠なんて、後にも先にもこの男くらいだろう。本来なら異端だと糾弾されてもおかしくない。
「相棒がこれだからね。仕方ない」
堤坂は誇らしげに胸元のブローチへと手を遣った。苔のような植物が透明な石に閉じ込められている——ように見える。忍石、またはデンデライトと呼ばれる鉱物だ。石のヒビに染み込んでできた結晶が、美しい風景を描いている。
「だからって、人の家に植えていく奴があるかよ」
「ごめんごめん。全員を連れて行くわけにもいかなくてさ」
不満の声をあげる汐に、堤坂はいそいそと大皿の料理を取り分けて献上した。中庭の植物のほとんどは5年前、堤坂が国中を巡ることになった際に置いて行ったものだ。
「まぁまぁいいじゃない。おかげでこうして美味しいお茶が飲めるんだから」
花壇の端にはいくつかハーブも植えられている。数枚葉を頂戴して軽く洗いお湯を注げばシンプルなハーブティーの出来上がりだ。フレッシュな香りに包まれながら、少し遅めのランチタイムが始まった。
「これ美味しい!」
「ん、ほんとだ。初めて食べる味だな」
「だろ?僕も向こうで食べて気に入ってさ」
これだけ並んでいると、あれもこれもと目移りしてしまう。迷う深月の横で、堤坂は次から次へと自身の皿に料理を運んでいた。
「うちの子たちの面倒を見てくれてありがとう。皆元気そうで安心したよ。管理大変だったろう?」
「いや?汐さんと交代で水やりしたくらいだよ」
「あら、そうなの?」
それにしては手入れが行き届いているように見える。てっきり、2人がこまめに世話をしているのだろうと思っていた。
「こいつ、全力で保護の魔術かけていったから」
「……成程」
相棒の影響で、堤坂は植物と同じように日光、水、食べた物全てが彼の糧となる。常人には到底真似できない大がかりな魔術も、彼にとっては朝飯前だ。
その反面周囲の影響を受けやすく、洗脳や幻術の類には滅法弱いらしい。ローズクォーツに中てられて、汐が可愛く思えて仕方がないというのがいい例だ。才能がある人間には相応の苦労があるのだろう。しかし、それはそれ。
「食べ過ぎても、腹ごなしに魔術を使えばいい」
学生時代そんなことを宣っていたので、一度全世界のレディ達から怒られればいいのにと深月はひっそりと思っている、
「そんなに令樹国なんて坂さんにとっては天国なんじゃない?」
篤士の言葉に、穏やかに流れていた時が止まった。思わず、深月と堤坂は顔を見合わせる。
「え、俺なにか変な事言った?植物の魔術が盛んなのって令樹じゃなかったっけ」
「えぇ、間違ってないわよ。ごめんなさい、少し驚いただけ」
この珠盟国が石の国ならば、お隣の令樹国は植物の国。植物を利用した魔術はもちろん、農業や化学にも強い国だ。
「そうか、今の子は知らないのか」
堤坂は珍しく神妙な顔でカップをすすった。
「仕方ないわよ、篤士ちゃんが生まれる前の話だもの」
「そんなに昔の話なんだ。何があったの?」
「オレも、仲が悪い時期があったことくらいしか知らないな」
あまり気分のいい話ではないから、何も知らない純粋な若者達に詳しく話すことはしてこなかった。歴史とは、こうして風化していくものなのかもしれない。
「令樹の男が一人、この国で亡くなったのが始まりだった」
「?それがそんなに大事になるの?」
「普通はならない。が、その男は自身を令樹のスパイだと名乗って捕まっていたんだ」
「スパイ!?」
非日常的なワードに、今度は若者二人が顔を見合わせた。
「でも、スパイが自分から名乗ったりするか?」
「当時もそこがかなり議論されたわね。本人は諜報活動の証拠を出してきたらしいんだけど詳しいことは話さなくて……調べている間に亡くなったの」
「まさか、口封じに誰かが……?」
「いいえ。自殺だったそうよ。自分で調合した毒で、眠るように」
薬学に強い、令樹ならではの散り方だ。
「珠盟側は当然あちらを問いただしたが、逆にあちらは男をみすみす死なせたことを突いてきた。両国の仲は、戦争になりかねないくらい険悪になっていたんだよ」
「でも俺、この前友達が旅行で令樹に行ったって聞いたけど」
「そこはほら、当時の大人たちの頑張りだよ。令樹は他の国にもスパイを送っていた疑惑が持ち上がってね。こちらと対立する余裕もなくなって、ひとまず表面上は落ち着いたんだ。かぐや姫の御父上なんて、まさに渦中の人だったんじゃないか?」
「そうね。半年くらいは家に帰ってこなかったかしら」
当時すでに外交に携わっていた父は、顔を合わせる度にやつれているのが分かるほどだった。国と国の間で精神をすり減らす姿は痛々しく、できることならもう見たくない。
「そのおかげで今の平和があるわけだ。だから、僕たちの世代は令樹と聞くとどうしても少し身構えてしまうんだよ」
「ご、ごめん俺知らなくて……」
悲し気に俯く篤士の頭を、堤坂はわしゃわしゃと撫でまわした。
「いいんだよ知らなくて。若者は老害の言葉を聞き流して、今を楽しまなくちゃ」
「老害って……そういえば坂さんて何歳?二人が同い年なのは知ってるけどさ」
「令樹国かぁ、一体どんな植物たちが居るんだろうねぇ」
「あ、話そらした!」
「諦めろ篤士。オレだって二人の年知らないんだから。ちなみに、2人とも出会った頃からほとんど見た目が変わってない」
別に、大した理由はない。汐と出会ってしばらくした頃、年齢を聞かれてはぐらかしたことがあった。当然、同い年の堤坂に聞けば分かることだが、彼もまた面白がってはぐらかしたらしい。以来、お互いを理由にちょっとした秘密としてこうして楽しませてもらっている。
他愛のない話をしながら料理を一通り堪能したところで、深月の携帯のアラームが鳴った。
ランチが始まる前にセットしておいたものだ。
「もうこんな時間。私はそろそろお暇するわね」
「僕もそろそろ——あぁ、忘れてた」
堤坂はポケットを探り、一つのケースを篤士に差し出した。
「!これ……」
「この間見つけてね。お土産だよ」
「それは……ペリドット?いい色してるわね」
大きくはないが、深みのある緑色と透明感が美しいペリドットのルースだ。篤士はしばし見惚れた後、汐に向き直った。
「汐さん、これ……」
「あぁ、最優先でやっていいよ。今受けてる依頼は灰さんに頼んでおく」
「あ、ありがとう汐さん!坂さんも!」
「どういたしまして。頑張ってね」
どうやら、ただのペリドットではないらしい。工房へと駆けだした篤士は、先日撫子と会った夜と同じ、真剣な顔をしていた。




