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13.石詠、友人、時々嵐

魔術管理課、課長室。藤堂の向かいに座った男は不遜な態度で足を組んだ。

「そう脹れるなよ藍ちゃん」

「仕方ないだろう。突然僕の担当を外れるなんて言い出したかと思ったら、ぺーぺーの子守りだなんて」

「お前ならあいつを一人前に育ててくれると思っての采配だよ」

「せめて僕の担当は彼女にしてくれ。そのぺーぺーはうちの妹弟子すらまともに相手できなかったんだろ」

そっぽを向く男に、藤堂は肩をすくめて首を振った。

「でもなぁ大将」

「例の件だけ俺に振ってくれりゃいい。ま、何事も経験だ。好きなようにこき使ってくれや」

「……言ったな?」

男の言葉に、藤堂は答えない。ただ僅かに口角を上げただけだった。

「そういうことなら、僕は好きにやらせてもらう。言質はとったからな」

「おぅ、せいぜい可愛がってやってくれ」

交渉成立。男も口角を上げて、席を立った。


「んぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!もう嫌だぁぁぁぁぁぁぁ‼」

某日、魔術管理課のフロア。今日も元気に、田代は奇声をあげた。

「田代君、少し声を落としなさい」

元気なのは結構だが、頭に響く。深月が声をかけると、田代は縋りつく勢いで身を乗り出した。

「先ぱぁい‼助けてくださいよぉ」

「助けてっていわれてもね……何があったの?」

田代が騒ぐのはいつものことだ。その証拠に、同じフロアで働く別部署のメンバーは誰もこちらを気にしていない。今回も大したいことはないだろう。軽く考えていた深月の耳に、思いがけない名前が飛び込んできた。

「堤坂様が、無理なことばっかり言ってくるんスよ‼」

「えっ?堤坂様?田代君がどうして……」

「“山小屋”の代わりに振られた仕事が、堤坂様だったんです!」

可哀そうに、という言葉をすんでのところで飲み込んだ。先日言っていた田代に任せたい仕事というのはこのことか。

「先輩、堤坂様とご友人なんスよね?ね?」

「……少しでもやり取りをしたのなら、友人の言葉を聞くような人かどうか分かるんじゃないかしら」

「……っスよねぇぇ」

新人だからお手柔らかに、と言ったところで何の効果もないだろう。堤坂とは、そういう男だ。

「課長も容赦ないわね。堤坂様に貴方をつけるなんて」

堤坂が石詠になってから今まで、彼の担当はずっと藤堂だった。どういう風の吹きまわしだろう。

「新人育成にベテランを、なんて言ってましたけどとんだ暴れ馬っスよ!課長でもなければ言うことを聞きません」

「ふふ、そう言わずに頑張って。悪い人ではないから」

あくまで友人としては、だが。深月の言葉で田代は一度呼吸を整えてパソコンへと向き直った。

「笑ってられるのも、今のうちっすよ」

「え?」

「さぁ、なんでしょうね」

先程まで半べそをかいていたのはどこへやら。不適に笑ってクルリと背を向けた後輩の言葉の意味を知ったのは数日後。

『——深月さん、助けて』

汐からのヘルプコールが鳴った。


魔術管理課から石ノ小路まで、普段なら車を飛ばして10分もかからない。その日は何故か妙に道が混んでおり、到着するとすでに20分が経過していた。その原因は、車を降りてすぐに分かった。石ノ小路の前あたりに、人だかりができている。

「いらっしゃいませ。美しい花と宝石はいかがかな?」

久しぶりに聞く、懐かしい声。溢れんばかりの花で飾り立てられた屋台が嫌でも目を引いた。

「——おや」

人混みの向こうで、店主の琥珀色の瞳が深月を捉える。

「やぁ、久しぶりじゃないか、“かぐや姫”」

「その呼び方はおやめください、堤坂様」

「いいじゃないか、君にぴったりのあだ名だよ」

自由気ままに石と花を売って国中を渡り歩く少々異質な石詠、堤坂珪梧(つつみざか けいご)。撫子の兄弟子であり、深月の友人だ。

「久々に会えたんだ、コレは無しでいこうぜ」

人だかりを易々と抜けて、堤坂はあっという間に目の前までやってきてこちらに手を伸ばした。ふと、耳元が軽くなる。

「あっ、ちょっと……もう。変わらないわね、堤坂君」

諦めて少し笑って見せると、堤坂は満足そうに頷いて取り上げた眼鏡を差し出した。友人としての深月をご所望というわけだ。深月は眼鏡を仕舞い、髪をほどいた。

「うちの可愛い妹弟子が世話になると聞いてね。君達の顔が見たくなって戻ってきたんだ」

「それならそうと言ってくれればよかったのに。びっくりしたじゃない」

「ははっ、何のためにこっそり準備したと思ってるんだよ」

カラカラと愉快そうに笑う堤坂の後ろで、石ノ小路の扉が開いた。

「深月さん、来てくれたんだ」

「汐くん!」

目を輝かせて駆け寄る堤坂を、汐が慣れた様子でひらりと躱す。この光景を見るのも数年ぶりだ。

「避けないでくれよ、感動の再会なのに」

「深月さん、こいつなんとかして。騒がしいし、人が流れてきて捌ききれない」

肩に回される堤坂の手を防ぎながら、汐はうんざりした顔で深月に訴えかけた。石ノ小路は、先代が自分のペースで営むためにあえて大通りから一本外れた場所で開かれた店だ。無闇に人が集まらないように。それでいて、必要としている人々がすぐに来られるように。そんな秘密基地のような店にしたいのだと先代は言っていた。今でも、汐はそれに倣い無理のない規模で店を経営している。そんな店の前で大々的にやられたものだから、窓から見える店内は普段の数倍の客で溢れかえっている。

「ふっふっふ、汐くんはまだまだ青いなぁ」

子供をからかう大人の顔で、堤坂は笑う。

「相手はこのかぐや姫だ。仕事となればシビアな彼女相手に、僕が隙を作ると思うかい?」

気づけば、随分長い付き合いになった。お互いの考えそうなことは、なんとなく分かってくる。

「……まさか」

勢いよくこちらを向いた汐に、深月は肩をすくめて首を振ることしかできなかった。

「残念ながらこの時間、この場所は堤坂様が抑えていらっしゃいます。移動していただくのは難しいでしょう」

数日前、田代が半べそをかいていた結果がこれだ。完璧な手続きで受理されており、つけ入る隙がない。

「新人なんて、と思ったけど存外使えるじゃないかあの坊や」

「少し気が弱いけど、うちの期待の新人よ。あまりいじめないであげて」

深月の言葉に、堤坂はとぼけた顔で小首を傾げてみせた。案の定、効果はなさそうだ。

「というわけだ。ここはしばらく使わせてもらうよ」

「お前なぁ……」

「もう少しでお昼の時間だ。ひと段落したらランチにしよう。今回も美味しい土産を買ってきたからさ」

「土産……」

汐の心が、分かりやすく揺れた。国中を巡るこの男の舌は確かであり、今まで買ってきたものにハズレはない。

「それじゃ、これ以上お待たせするわけにもいかないからまたあとでね」

言うが早いか、堤坂は逃げるように持ち場へと戻っていった。待ちわびていた人々が湧きたち、楽しそうな雰囲気に一人、また一人と集まってくる。

「ひとまず、お店に戻りましょう。私も手伝いますから」

「ありがとう、助かる」

汐は苦い顔を噛みつぶし、覚悟を決めて店の扉へと手を伸ばした。



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