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12.後日談

——数日後——

石ノ小路のドアが(きし)むくらい乱暴に開けられ、青い顔をした男が飛び込んできた。

「い、いらっしゃいませ……」

夜も遅く、そろそろ店じまいをしようと思っていたタイミング。他の客が居なかったのは幸いだった。

「あんたがここの石詠か⁉」

「えぇ、そうですが」

「なんとかしてくれ!このままじゃ、頭がおかしくなりそうだ!」

「とりあえず落ち着いてください。お話をお伺いしますので、こちらへどうぞ」

シンプルな内装の中、男の派手な服装が目にうるさい。男は頭を掻きむしりながら席に着き、出された水を一気に飲み干した。

「っ、とにかく、これを見てくれ!」

乱雑にコップを置き、男は小さなルースケースを差し出した。深い青色が、店の明かりを妖しく反射している。

「これは……」

「山小屋の石詠から買ったんだ。お祓いが得意な石詠だっていうから買ったのに、これを買ってからロクなことがねぇ。仕事は調子が上がらねぇし、最近じゃ頭痛までしやがるあのジジイ、妙な事しやがったんじゃないだろうな」

「妙な事、ですか。」

「見ろよ!買ったときは青かったのに、紫色になってんだ!呪いでも憑いてるんじゃねぇか?よく見てくれよ!」

青色だった宝石が、角度を変えた途端紫色を帯びる。笑いそうになるのをこらえながら。汐は石を手に取った。

「この石はタンザナイト。光の当たり方で色が変わる石なんです」

「そ、そうなのか……?じゃぁ、なんでこんなに悪いことばっかり起きるんだよ」

「頭痛の方は石酔いでしょうね。“山小屋”は祓うのは得意ですが人と石を繋ぐのは苦手ですから」

あるいは、わざとだろうか。タンザナイトから、この男を叩き直してやるという攻撃性を感じる。持ち主を翻弄するように色を変える石の向こうに、小生意気な後輩の姿が見えた気がした。

「はい。これで石酔いはマシニなるはずですよ」

タンザナイトに少々調整を施して返してやると、男の顔に僅かに生気が戻った。

「おぉ、助かったぜ!ありがとな」

「ですが、ご注意ください。僕にできるのはここまでです」

「あん?」

「お客様は色々と“無理”をしているようですから。体の不調は石からの警告かもしれませんよ」

男の周囲には、他人からの嫌悪は嫉妬のような感情が渦巻いている。このまま放っておけば邪鬼が湧きかねないレベルだ。祓うことが得意な撫子から石を受け取り、汐の管轄内に足を踏み入れてこれならば体調も悪くなるだろう。

「人の恨みを買うようなことは程ほどに、ということです」

心当たりはあるのだろう。男は顔を強張らせ、唾をのんだ。

「し、仕事なんだから仕方ないだろ!」

吠える男の手の中で、タンザナイトが冷ややかに光を揺らす。愚かな主を採点するように、いさめるように。

「っ、くそ、なんで……」

石を見た男は目を泳がせて顔を伏せた。血が上った頭に、青い光が水を差す。人の恨みを買おうが知ったことかと伸ばした手に、小さな石が重くのしかかる。仕事が上手くいかないと言っていたのも、それが原因だろう。

「あとは、お客様次第です」

汐に言えるのは、これだけだ。自身の周囲を舞う火の粉を、上手く消すことができるだろうか。全ては、本人のこれからの行動にかかっている。

「……んなこと言われたって、今更真っ当な人間になんて戻れるかよ」

「確かに、戻れはしないかもしれません」

苦し気な男に、汐は冷静に答えた。今からでも遅くないと言ってやった方がいいのかもしれないが、綺麗事は嫌いだ。

「それでも、今からでも一線を引くことはできます。今以上に道を違えることが無いように、と」

自分を見限って自暴自棄に生きるより、今一歩踏みとどまった方が幾分マシかもしれない。

「……ご忠告、ありがとよ。夜分に邪魔したな」

男は少し血の気の引いた顔で会計を済ませ、夜の闇へと溶けていった。暗い中、冷たく凛とした青い光に導かれながら。



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