11.山小屋にて(下)
「おいっ、居るんだろ‼石詠様!」
撫子は深くため息をついて、石が並ぶ棚の裏手を指さした。客の目に留まらないよう隠れていろ、ということだろう。大人しく従うと、薄い仕切り用のカーテンの奥に小さな机と椅子が置かれていた。机には書類が山になっており、彼女の作業スペースになっているようだ。
深月が隠れている間にも、ドアを叩く音と男の声が響く。一呼吸おいて、撫子はフードを被りドアを開けた。
「騒々しいの。何用じゃ」
堂々とした、貫禄を感じるしゃがれ声。とても先程まで話していた少女のものとは思えない。喋り方も合わせて、器用なものだ。
「遅ぇよ!は、祓うのが得意な石詠ってのはあんたか?」
カーテンの隙間から様子をうかがうと、声の主はお世辞にも品がいいとは言えない風貌の男だった。派手な柄の入ったシャツの上で、金色のアクセサリーがこれでもかと主張している。
「別に祓うことを専門にしておる。わけではない。魔除けの石をよく扱っておるという位じゃ」
「それでもいい!助けてくれ!」
切羽詰まった様子の男が一歩踏み出すと、撫子は通せんぼするように腕を伸ばした。
「おいジジイ、何するんだよ」
「悪いが、お前さんのような者はうちに入ってほしくないな」
「なっ——」
「お前さん、相当あちこちで恨みを買っとるじゃろう」
冷たい撫子の声に、男の動きが止まる。怯んだように身を引いて、自身の頭を掻きむしり始めた。
「やっぱり、俺にはなんか憑いてるのか⁉それとも、誰かに呪いでもかけられてるっていうのかよ!」
「あぁもう、喧しい。少しは落ち着かんか」
撫子が耳を抑えて宥めるが、効果は無いようだ。乾いた言葉は、むしろ男の焦燥感を燃え上がらせた。
「落ち着いてられるかよ!ここ最近変なんだよ。体はずっとだるいし、仕事はうまくいかねぇ。誰かが、俺の足を引っ張ってるとしか思えねぇんだよ!」
「誰か、か……」
撫子は呆れた様子でヒラリと店の中へと身を翻した。
「おい待てよジジイ!」
「黙って待っとれ。石を選んでやる」
男の表情が、少しだけ和らぐ。目の前の人物が年寄りでも男性でもないと知ったら、どんな顔をするだろうか。しばらく店内を物色し、撫子は一つの箱を手に取った。
「ふむ、悪くない……」
どこか含みのある声で呟いて、男を試すように箱を差し出す。
「こ、これを持ってりゃ大丈夫なんだな?」
「勘違いするな。わしはただお前さんに合った石を売るだけじゃ。この石で全てが解決するわけではない。今お前さんにまとわりついているモノを多少軽くするくらいはしてくれるじゃろうがな。……どうする?」
意地悪く笑う店主の手の上で、僅かに青い光が弾けたように見えた。さすがにここからでは、石の種類までは分からない。
「っ、分かった、買うよ。買えばいいんだろ!」
もはや神にでも縋るような勢いで、男は箱に手を伸ばした。
「ふん、毎度あり」
会計を済ませて男が森に消えるのを見届けて、撫子は素早く扉を閉めた。
「もう出てきていいよ。あの男行ったから」
フードを脱げば、本来の美少女に早変わり。じゃがれていた声も、綺麗に澄んでいる。しばらくは慣れそうにない。
「お疲れ様でした」
仕切りを開けて深月が声をかけると、撫子は得意げな表情でこちらを向き直った。
「ちゃんと見てた?僕、ちゃんと仕事できてたでしょ?」
「えぇ、そうですね」
正当なやり方とは言えないが、あの男に石を選び授ける姿は堂々としたものだった。
「今の方に、何の石を選ばれたのですか?」
「んー?……内緒」
どうなるかな。聞き取れるかギリギリの大きさで、撫子は愉快そうに呟いた。
「そんなことよりさっきの話。僕に、保護者なんて要らないでしょ?」
「——成程、そうなりますか」
「僕が邪鬼を祓うところも見たでしょ。そっちに関してはあの塩野郎よりよっぽど強いんだから。結界だってすぐに安定させる。だから、ね?いいでしょ?」
一連の流れを深月に見せたのは、これが狙いだったというわけだ。
「残念ですが、そういうわけにはいきません」
「えっ——」
僅かに光が差していた撫子の心のシャッターが閉じていく。深月は慌てて言葉を続けた。
「ご安心ください。戸田様のお手を煩わせることはありません」
「……本当?」
震える声でこちらを見上げる撫子に、大きく頷いて見せる。幸運にも、深月の持ってきたものは撫子の希望に沿ったものだった。
「えぇ。貴女の師匠である荒谷様にご相談させていただきました。快く、貴女の後見人を引き受けてくださいましたよ」
「そっか、師匠……その手があったかぁ」
家族とは距離をとっている。幼馴染には面倒をかけたくない。では、自分の師である人物ならばどうか。撫子の身体から、息をつくのと同時にふっと力が抜けた。
「あの場ではあぁ言いましたが、さすがに肉親でもない方にお任せするわけにもいきませんからね」
ましてや篤士自身、成人したばかりだ。誰かの保護者になるのは少々荷が重い。
「それもそっか……よかった」
「荒谷様から、基本的なことは貴女にお任せしてよいとの言伝を頂いています。今までとさほど大きくは変わらないでしょう」
前の担当である田代が彼女の正体に気づけなかったこちらの落ち度もある。知っていて黙っていた課長も同罪だ。この辺りが落としどころだろう。
「師匠らしいなぁ……というか、よく師匠と連絡とれたね。僕も大概だけど、あの人も人を選ぶでしょ」
「ふふ、そうですね」
警戒心が強く、信頼できる人間しか近くに置かない。先程の男への堂々とした立ち振る舞いといい、この師弟はよく似ている。
「荒谷様には、昔からお世話になっているんです。この伊達眼鏡も、荒谷様の影響なんですよ」
深月はそう言って眼鏡のフチをそっと撫でた。彼女の相棒であるマラカイトがあしらわれた特別な眼鏡が彼女のトレードマークだ。クジャク石の別名の通り、目元を鮮やかに彩る様は美しく、幼いころから深月の憧れだった。
「へぇ、それただのオシャレじゃなかったんだ」
「自分なりの、気持ちを切り替えるスイッチのようなものなんです」
首飾りでも指輪でも、なんでもよかった。その中でも眼鏡を選んだのは、荒谷女史が眼鏡をかけ直す仕草に見惚れてしまったからだろう。
「成程、それで二重人格に……」
「ですから、二重人格ではありませんってば」
苦笑しながら返すと、撫子は初めてリラックスした様子ではにかんでみせた。
「それにしても、昔から師匠と知り合いなんてお姉さん何者?」
石詠とのつながりなんて、どこにでも転がっているものではない。深月が答えるよりも先に、撫子は思い出したように顔をあげた。
「そういえば、政治家のお偉いさんに倉町っていなかったっけ」
「えぇ、父が外務大臣を。よくご存じですね」
若いのに感心なことだ。別に隠しているわけでもない。深月の答えに、撫子は目を丸くして身体をのけぞらせた。
「本物のお嬢様じゃん!」
「大袈裟ですよ。自慢の両親ですが、私自身はただの一般人です」
謙遜でも自虐でもない。謙虚に、誠実に生きるように幼いころから両親に言い聞かせられて育った。結果、深月はこうして一人の魔術管理官として地道に歩いている。
「ふぅん……」
心のシャッターの隙間から、撫子がこちらを窺っている。そう感じる数秒の後、撫子は口を開いた。
「僕さ、酔わないんだよ」
「?えぇ、先日も仰っていましたね」
「それを応用するとね、人の本音が透けてくるの。僕を利用したり騙そうとする人間の言葉ほど響かないし、ごまかそうとすればする程にはっきりと見えてくる」
「そんな使い方が……」
魔術の使い方には、石詠のセンスが出る。若くして石詠を務めるだけあって、石の能力を最大限に引き出せているようだ。
「今日のあんたは、僕が子供だからって手を抜いたり、丸め込もうとしているようには感じなかった」
「私も、そういう大人が嫌いでしたからね」
父に近づくため、深月に取り入ろうとする小汚い大人たちをたくさん見てきた。甘い蜜をすすろうとする人間は皆、とびきり優しい笑顔でも隠し切れない不気味さがあるものだ。撫子でなくても、感じるものはある。純粋な子供だからこそ、感じ取れたのかもしれない。
「だから……あんたとなら、一緒に仕事してやってもいいよ」
ぶっきらぼうにそう言って、撫子は照れくさそうに眼を逸らした。
「!ふふ、ありがとうございます。改めまして、これからよろしくお願いいたしますね、桜庭様」
窓から差し始めた優しい陽射しの中で、深月は若くも立派な石詠に笑いかけた。




