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「……どうしたら」
ぽつりと、無意識に、エミリアの口から言葉がこぼれ落ちる。
「どうしたら、王女様のようになれるのでしょうか……」
言ってから、ハッと口を押さえた。「王女様のように」などと、なんて厚かましい。図々しい。無礼だ。ちっぽけな子爵家の娘と、一国の姫とでは雲泥の差があるのは誰の目にも明らかだというのに。
「も、申し訳――」
「あら、どうして謝るの? 見目麗しい上に気が利いて、心優しくまであるこのわたくしに憧れるのは全生物にとって自然なことよ。むしろわたくしの素晴らしさに気づいたことを誇っていいぐらいだわ」
謝罪を最後まで言う前に、王女様はふふんと自信満々に胸を張って、肩に下ろした艶やかな琥珀色の髪を軽く手で払う。そうしてふとその綺麗な青い目を優しく細め、ぽんとエミリアの頭に手を置いた。
「そうよ、誇りなさい。一つずつ、誇れるものを見つけなさい。他者の力を借りてもいい。わたくしの魅力に気づいたという小さなものでも、何だっていいわ。少しずつでも、自分に誇れる部分を見つけて、増やしなさい。わたくしはそうして自分を好きになったわ」
「自分を、好きに……」
まるで自分のことが嫌いだったかのような物言いに、エミリアは瞬く。いつでも自信に満ちている王女様が、エミリアと同じように、自分自身を嫌う様はまったく想像ができなかった。
軽くエミリアの頭を撫でた王女は、その手で今度はエミリアの手を握った。温かい手だった。
「あなたは――……あなたも、強くなりたいのでしょう? それなら、俯いていてはだめよ。立ち止まっていてはだめ。顔を上げなさい。この手はもう、求めるだけの無力な赤子のものではないでしょう?」
握られた手が、柔らかな熱を持つ。
エミリアは俯けていた顔を、それでもまだあげられなかった。だって。
「わたし……わたしのことが嫌いです。嫌いなんです」
ええ、と王女様は優しく頷いた。
「鈍くさいし、すぐに人の顔色を窺ってしまうし、怖いことや、辛いことや、悲しいことがあるとすぐに泣いてしまいます。思っていることを言うのも苦手で……そんなわたしが、弱くて、嫌いです」
涙が込み上げそうで、鼻の奥がつんとする。
声が少し震えていた。
「……うん、そうね」
王女様の声は、柔らかく胸に沁みていく。
エミリアの心を見透かし、そして寄り添うようで温かい。
エミリアは自分自身が嫌いだ。
弱くてちっぽけで、涙ばかりこぼして、何一つ守れない自分自身が。
ずっと嫌いで、強くなりたくて、母のような人に、王女様のような人に憧れていた。憧れているだけだった。
変わりたくても、どうすればいいのか分からなかった。相談する相手なんていなかった。エミリアの話を聞いてくれる人は、大切な幼馴染以外、誰一人。
けれど、彼に言うことはできなかった。負担には、なりたくなかったから。言ってしまえばきっと、彼はまた自分が守るからと優しい言葉でエミリアを包み込んでしまうと分かっていたから。そうではない。そうではないのだ。
エミリアは彼に守られたいのではない。
そんな一方的な関係になりたいのではなかった。
そんな関係になってしまえば、彼は絶対にエミリアに弱さを見せられなくなってしまう。
それは絶対に嫌だった。
エミリアは、彼と対等にありたかった。
俯いた瞳から雫が一滴こぼれ落ちる。ああ、またひとつ弱くなった気分だ。
けれど、優しく包み込まれた手は温かく、エミリアはぎゅっと目に力を込めた。これ以上、落としてなるものかと。
俯けていた顔をゆっくりと持ち上げる。涙は一滴もこぼさず、潤んだ視界に美と自信に溢れた眩しい王女様が映り込む。
「こんなわたしでも」
弱くてちっぽけで泣き虫なわたしでも。
「自分を愛せるようになるでしょうか。王女様のように、胸を張れるように、なるでしょうか」
王女様のように、なんて、厚かましい、図々しい願いだ。
それでも、憧れてしまった。
どうすればいいか分からず立ちつくしていたエミリアに、誇れるものを見つければいいと言ってくれたこの方に。
それができるのかは分からない。エミリアが誇れるものなどひとつたりとて思い浮かばない。でも、きっとそれは、今までエミリアが怠けてきたからだ。自分の嫌な部分、弱い部分を探すことにばかり必死で、誇れる部分なんて考えたこともなかったから。
じっと見上げた視線の先で、王女様は笑った。眩しく。神々しく。美しく。
そして、事も無げに言う。
「ええ。なれるわ」
ぎゅっと手に力が込められた。
勇気づけるかのように。
「あなたは、わたくしによく似ているもの。わたくしができたのだから、あなたにもできるわ。――なんて言っても、説得力はないだろうから、特別に教えてさしあげる」
「え?」
王女様の顔が近くなる。彼女は内緒話をするように、エミリアに頬を寄せていた。
「わたくしはね、ダンスが苦手なの。裁縫も、刺繍も、音楽も。頭だって良くないわ。社交だって下手よ。姫としては足りないものばかりで、ヴィルマーにはいつも馬鹿にされてるわ。こっちは一生懸命なのにまったく失礼よね」
失礼、と文句を言いつつも、彼女はくすくすとくすぐったく笑った。
聞いているエミリアの胸まで温まるような、優しくて幸福そうな笑みだった。
「昔はそういう自分が嫌いだったわ。ひとつも褒めるべきところのない自分が。――ね、あなたと同じでしょう?」
そっと顔を離した王女様は、照れ臭そうな、恥ずかしそうな表情をしていた。
その表情が、今の話が嘘ではないと語っていた。
本当のことを話したからこそ、弱さを晒したからこそ、恥じているのだと。
エミリアは何度も目を瞬いた。
どうして王女様がそこまで親身になってくれるのかが分からなかった。
ずっと遠く雲の上にいるはずの王女様が、自分のすぐそばで話をしてくれているのが不思議だった。
それは、同情なのかもしれない。
雨に濡れた子犬に向ける哀れみと大差のない感情なのかもしれない。
けれど、それでも、王女様がエミリアのために、恥ずかしがりながら話したのは確かなことだった。
――ならば、とエミリアは思う。
ならば、わたしはそれを誇りに思いたい。
王女様が自分のためを思ってくれたことを、誇りに。思えるよう、前を向きたいと、そう思った。




