48 凍傷
下がアイスバーンなら粉砕骨折だっただろう。ショック症状であっさり死んでいたかもしれない。新雪が積もっていたおかげでそれよりはましな状態だったが、激痛だった。
怪我があろうとなかろうと、この状態で一晩すごせば確実に凍死する。モービルの下から腕を引き抜こうとしたら、腕がそのまま千切れそうになった。テコの力でモービルを持ち上げられないか。だが、左手の届く範囲には何もない。
これだけはという思いで止血のために二の腕を縛った。効いているのかどうかわからない。意識も痛みの感覚も鈍ってくる。
寒い。気がつくと、足の先にむずがゆいような凍傷の感覚が生じている。モービルの荷台にくくりつけたバックパックにツェルトがあるのだが、この状況では取り出す手段がない。ビバークが必要な状況だったが、どう考えても不可能だ。全身から熱が吸い取られていく、その感覚にただ耐えているしかないようだった。
気がつくと雪はやんでいた。そのかわりに、晴れた空から猛烈な寒気が吹き降ろしてくる。
これは、死ぬかな。
つぶやいてみたが実感が無かった。今感じている寒さや痛みほどには、死の観念にはリアリティがない。
だが、この状況から助かる流れも想像できない。
じゃあ、やっぱり死ぬのか。
結局、何もかも未完成のままだ。
そう考えるとなさけなかった。
くるみに続いて私も行方不明か。そう思うと少しおかしい。
捜索隊が出たり、いろいろ迷惑がかかるな。
そう思ってもあまり申し訳ないという気持ちにならないあたり、私は人として何かが欠けているのかもしれない。
「そうか、死んじゃうのか」
もう一度口に出してみる。やけに冷静な頭で、ああそうだ、タバコをすっておこう。そう思った。
左手一本でタバコを取り出して、くわえて火をつけるのは案外大変だった。人生最後の一本かも、そう思いながら深く肺に入れたが、ちっとも美味くは感じなかった。
くわえたままにしたタバコの火が消えるころ、再び雪が降り始める。
できることはあまりなかった。
窒息しないように顔に積もる雪を払いのけ、十分おきに携帯のアンテナが一本でも立っていないか確かめる。カロリーメイトが二箱バックパックに入っているのだが、いつそれを食べるべきが判断がつかない。
だんだん身体の表面の感覚がなくなってきた。細胞の火が一つ一つ消えて、末梢神経が端からじわじわと死んでいく。痛みも恐怖もどこか遠い。
たしかなのは心臓の鼓動と、脳への血の供給が薄れていく感覚だけ。のこりの身体はどんどん透明になって消えていく。
死とはこういうものだろうか。




