43 ダンス
ヨハンセンを座らせておいてから、館内を端から端まで歩いてフィールド全体を見てまわった。
フィールドは広いが施設は狭い。ガラスばりの細長いシェルターのようなものでしかなかった。雛の飼養施設は現在使われておらず、申し訳程度の資料室があるにはあるが、照明は落とされ係員もおらず、人の出入りなどまるでない。だが、そのどこよりも空っぽなのがフィールドだった。タンチョウは来ていない。ハクチョウも、エゾシカ一頭さえ来ていない。この時期は風が強く、飛来しても降下できずに帰ってしまうことがあるのだという。
「今日はハズレらしいぞ。風が悪いんだって。どうする。風が変わるのを待つか、あきらめて温泉にでも行こうか」
形式的な質問だった。ヨハンセンがあきらめないのは知っている。
「資料室にシアタールームがあるじゃないか。普段どんなだか、そこで見れるらしいぞ」
資料室で一時間ほど過ごしたが、状況は変わっていなかった。私はもう帰りたかったのだが、ヨハンセンがフィールドに出たいと言う。
風はいっそう強く吹きすさんでいた。まるでじゅうたんを巻き上げていくみたいに、地吹雪が雪原を吹きすぎていく。視界が悪くなるほどではないが、べらぼうに寒い。
屋外にも歩いたりカメラを設置するための雪道が作られていて、風に吹かれながらベンチでコーヒーを飲んでいる剛毅なじいさんの姿も見える。
空を見上げても雲ひとつなく、足元をみてもわずかに狐の足跡が見え隠れしているくらいで、申し訳ないが寒いという以外言葉が出てこない。
「身体は大丈夫なのか。無理してあとで大事になるなんて私はいやだからな」
「そうか、わかった」
微妙にかみ合わない会話に不安を覚えながら、私は山で見たヴィジョンの話、それをもとに創ろうとしている彫刻の話をした。
「水鳥の脚を掘ることはできる。泥から伸びる手と交互に組み合わせたりして、インスタレーションぽく仕上げたり、もっともらしく見せることはできるだろう。でも、違うんだ。ほんとうにやりたいのはそんなのじゃない」
「何か、映像やカタチを越えたものを感じたのか」
「変だとおもうか。でもそうなんだ。生の本質のようなもの、それを表現できなければ仕方がない。ただきれいなものを、ただ上手に作るだけじゃだめなんだ」
「なるほどね。つまり、こんな感じ?」
驚くなかれ。足元の雪面を軽く踏んで足場を確かめると、ヨハンセンは音楽も無しにいきなり舞い始めた。
跳ね上がり、沈み込む。半円を描くようにステップして、また跳ね上がり沈む。手は重力に従って自然に動いているだけで、タンチョウの身振りを真似してはいない。それを言うなら、脚の動きだって鳥のしぐさに似せてはいない。運動と静止のリズム。ジャンプとステップのバランス。それだけで彼はタンチョウの舞を再現したのだ。
わずか二十数秒のダンス。まるで舞の続きのように、彼は雪の中に倒れこんだ。
「ちょ、ちょっと、大丈夫?」
「思ったよりしんどかったな。もうちょっと簡単なのを思いつけばよかったんだが」
「無茶しすぎ。シェルターに戻ろう。さすがに風邪引くって」
「なあに、汗はかいてない」
異常なことに思えたが、そのとおりだった。息を荒げてはいたが、顔の皮膚は乾ききって、少しも上気している様子がなかった。
「ただ、ちょっとの間立てないかもな」
私は言葉を失い、彼が何のためにこんな無茶をやったのか考えると胸が詰まって、思い余ってぶんなぐってしまった。




