42 再会
その翌年の二月。
私は釧路空港でヨハンセンと再会した。
突然メールが来て、旅行する許可が下りたから日本に来るという。飛行機を乗り継いで最速でそちらに向かうから待っていて欲しい、と。
相変わらず唐突、かつ一方的な言い草だったが、いざ彼の姿をみたら何も言えなくなった。
「ダウンサイジングに成功したな。それなら日本製品と渡り合えるぞ」
くだらない冗談を言うのが精一杯だった。熊と見まがうバイキングの巨人はもういなかった。彼は骨格が変わったかと思うほどに痩せていた。何より目を奪ったのは長い苦痛の跡が刻まれた眉間のしわで、皮膚も生気がとぼしく青黒く見えた。顔の形さえ変わって見えて、子供のように明るい瞳の輝きががなければ私はヨハンセンとは気づかなかったかもしれない。こんな状態の患者に、病院が旅行の許可を出すものだろうか。
「ほんとうは逃げ出してきたんじゃないだろうな」
この男の場合やりかねない。
「逃げてどうするんだ、次の行き先ならもうわかってるのに」
「よせよ、天国だっていうのか」
「地獄さ」
末期がん患者専用の地獄が、彼には見えているのかもしれない。そんな話になってしまったら私にはもう何も言えない。
「観光に付き合うつもりだったがあきらめてもらうぞ。これからホテルに直行する。滞在期間中に復調しなければそのままスェーデンに帰ってもらう、いいな」
コタンの宿泊先をキャンセルし、釧路の、病院に近いホテルのスィートをとった。そんな予定ではなかったのだが、私も一緒に泊まることにした。
「だいたい、どうして一人で来たんだ。急に決まったにしても、誰か付き添いがいてもよかったんじゃないか」
「でも、そのおかげでしずくがやさしくしてくれる」
「気持ち悪いことを言うな。おまえの世話なんかしないぞ」
本心ではなかった。
この男は他でもない、私に会うためにここまで来たのだ。その気持ちが何であれ、応えられるものであろうとなかろうと、軽く扱っていいはずはなかった。
深夜、ヨハンセンの苦しげな寝息を聞きながら、以前にもこんなことがあったな、と思い出していた。忘れたい結末につながっているから、忘れたままにしておきたい記憶だ。
部屋を出て、ヨハンセンの家族に国際電話をかけた。英語が通じるのはありがたい。容態を話したところ、それならいつもどおりだ、と答えが返ってきた。特別悪くなってはいない。良くするために、何もしてやれることはない。ヨハンセンの父だという人物は、淡々とそう言った。
息子が悔いを残さぬようにしてやってほしい。
そう頼まれた。冗談ではないと思った。
健康が最優先だ、何かあったらすぐに叩き帰す。
そう言ってやりたかった。そうしたかった。そして別れ際に言うのだ、元気になったらまたおいで、そのときは思い切り遊んでやるから。
どうしてそんなあたりまえの別れが許されないのか。ひどい理不尽だと思ったら眠れなくなった。
が、それでも当然ながら朝はくる。寝てないつもりでも眠っている。早朝に目覚めた頭で考えてみれば、動けないほどひどいわけでも、動くと危険なわけでもないのだ。見た目は相当変わってしまったが、ちょっと衰えた老人ぐらいに扱って入れば問題ない。なんにしろ本人が平気だと言っているのだし、こいつは誰かさんとは違って嘘はつかない。
「タンチョウの里行こうな。でかい鶴が見れるところだ」
誘ってみたが、ヨハンセンが気の利いた返事をしないのでちょっと戸惑った。車に押し込み、240号線に乗った。
着いたら起こしてくれと言って、ヨハンセンは眠ってしまった。あるいは眠っているように見えるだけなのかもしれないが、そっとしておくほかなかった。
相変わらずほとんど車のいない道。目的地は雪原のど真ん中だった。降りてみると風が冷たい。マイナス十六度だと言われた。建物の中に入ると、三脚に巨大なカメラを載せた男たちが十数名。まだタンチョウは来ていないらしく、窓際にカメラをならべて放置して、当人たちは集まって談笑している。地元の人間なのか、そうでなくても、何度も訪れるうちに顔見知りになるのだろう。
「オハヨウゴザイマース」
とヨハンセンが日本語で挨拶すると、皆が振り返って絶句した。
「田舎の人はシャイだね」
「いや、驚いてるんだよ。私たちに」
「俺たちの何に」
「拡大率が間違ってるように見えるんだろ」
彼らから見てもヨハンセンが重病人に見える、そんな理由でなければいいと思った。




