36 廃屋
朽ちかけた倒木の上に腰を下ろして、霧が晴れるのを待った。
ときどき、号令をかけられたみたいに木の葉や枝がいっせいに落ちてくる。目に見えるといえばその程度だ。無数にいるはずの野生動物も、自分から近づいては来ない。
にもかかわらず、すべてが休みなくうごめき続けている。それを感じる。
音も無く前触れも無く、静かに霧が晴れていく。再びあの声が聞こえてくる。
「そうなんです、二千五百本のバラからたった一CCしか取れない、高級ブルガリア産ダマスクローズのオイルに、女性に優しい月見草オイルを配合しました。ほのかに香るやさしいバラの香りを自然に身につけることができるんです」
「身体から自然に香るっていうのが素敵ですね。これなら香水が苦手な私にもぴったり……
まー、なんて素晴らしい。
ラジオの通販番組だった。
ガスが消えると、足元に深い谷が切れ込んでいるのが見えてきた。音が崖の間を反射してくるのだろう。こういう地形では遠くの音がひどく増幅されることがある。化かされたような気分だったが、ラジオを聞いている誰かが下にいることになる。谷筋に踏み出した。
藪を漕いで歩く覚悟をしていたが、思ったよりも下りは速く、すぐに平地に出た。小さな池、ついたてのように並ぶ木立、いくつもの丘、うちすてられたカート。かつてのゴルフ場のようだ。バブル時代の遺跡のひとつだろう。
やがてひときわ大きな水面が現れ、そのほとりに北欧風の瀟洒な二階屋が見えてた。
近づいてよく見ればそれも廃墟だ。割れた窓から埃をかぶった室内が見える。クラブハウス、と表示があった。
草の上にいくつか轍が刻まれていた。バイクが一台止まっていた。真新しい足跡が二組。それをたどって屋内に入る。
シンナーの臭い。複数の人間の息づかい。広くも狭くもない一室にキャンプ用のマットレスが持ち込まれている。十代とおぼしき若者が二人もつれ合っている。
少女が押し倒され組み伏せられている。
そう見えた。




