27 いいから、どこにいるんだよ!
ヨハンセンが脊髄に癌を患っているのを知るのはこのあと、手紙を読んでからのことである。
むやみやにでかいと思っていたら、どうも正常ではなかったらしい。代々短命の家系だというのは後に晴原先輩から聞いた。
生き急いでいるように見えた理由がわかった気がした。
もっとやさしくしてやればよかったと思った。
思いあまって夜中に電話をかけた。
すでに入院中のヨハンセンの携帯は電源が切られているらしく、私の発信はどこにも届かなかった。
まったく、私のやることはいつだってそんなふうなのだ。
ウプサラの実家に手紙を書こうか。入院先の病院を晴原先輩に聞いてみようか。
そんなことを思いながら、一晩風の音を聞いていた。台風が近くに上陸しつつあるとかで、夜じゅう山が騒いでいた。
そして翌朝である。朝食の席にくるみがいない。修理の済んだバイクを一人でとりにいったと聞かされて嫌な予感がした。テレビをつけると天気予報が、釧路支庁全域に暴風波浪警報、大雨注意報が発表された、と告げていた。
外は夜明け前のように暗い。大地と垂れ込めた雲の隙間を風がうなっていて、森が地面から抜け出そうとするみたいに身もだえを続けている。折れた枝が飛んできて壁にぶちあたる。がらん、がらんと、金属製の何かが通りを転がっていく。
私の中でも強い風が吹いて、不安と後悔と怒りがきりきりとスピンしていた。
思えば先月、私が町を出ると決めて以来、くるみとの関係はずっとぎくしゃくしていた。
私が出て行くと決める前も決めてからも、くるみは何も言わなかった。落ち込んだり苛立ったりする様子はあったけれど、反対などしなかったし、寂しくなるとも言わなかった。計算してみればそのはるか以前から、彼女は私の手紙を盗んでいたわけだがそれにしても、
――言いたいことがあるならはっきり言えよ。
私は今頃になってつぶやいてしまう。
あんな子供みたいなことをする奴だったとは。
怒りというよりも驚きで、驚きよりも悲しい気持ちだった。どうして悲しく思わなくちゃいけないのか、そのあたりの気持ちを、私は自分でわかっていない。
行かないでって、ひとこと言ってくれたらよかったんだ。
私は心のどこかで、彼女のそんな言葉を聞きたかったのだろう。聞いたら何が変わるというわけでもないし、くるみが決して言わないことも、わかっていたのだけれど。
そう、あいつはずっとそんなふうなのだ。
まともに要求を示したのは、後にも先にもただ一度きり。春、私のせいもあって壊れたバイクを一緒にK市まで運んだ帰り、修理が済んだそのあとで、取りに行くときも一緒に、そう言ったときだけだ。
あれがたぶん最初で最後の、彼女の本音だったのだ。
そのただ一度きりを、私は拒んだ。
――いやいやいや。
だからって私が悪いってことにはならないだろう。だからって人の手紙を隠していいことにはならない。
あいつはきっと、わざとこんな日に出かけていったのだ。
私が心配するのを見透かして。
あいつはそういう奴なのだ。
――いちいちつきあってられるか。
そうは思うのだが、もやっとした気分は一向に晴れない。
朝から仕事場で、丸彫りした材料に型紙の線を写し取る作業をしていたのだけれど、私はまるっきり集中していなかった。
K市まで行ったなら当然なのだが、昼食の時間になってもくるみは帰ってこない。食べながらテレビを見ていたら、まさに大荒れのK市の模様を中継している。くるみの携帯にかけて見ようかと思っていたら、いきなり家の電話が鳴った。
嵐の中で、ひどいノイズと雨音の向こうで、くるみが馬鹿みたいに笑っていた。
「どこにいるんだ、おまえは」
「ごめーん、帰れなくなっちゃったー」
笑っている。声をたてて。
「いいから、どこにいるんだよ」
携帯に向かって叫ぶ。握った手が、汗でぬめった。




