24 そのホッケは私のだ
さて、このヨン・レック・ヨハンセンという男がコンテンポラリー・ダンス界のホープで、ICC+なる団体の招きで四ヶ月東京に住んでいた、というのは後から聞いた話である。招聘期間は二月に終わっていたのだが、日本を離れがたく思い、新たな受け入れ先が決まるまで日本各地を転々としていた、というのは余談だ。そもそもの日本に来ようとした動機が、ポケモン金・銀をいち早くプレイしたかったから、というのだが、さすがにそれは冗談だろうと思いたい。ともかくも、そのときの私にとっての関心事は、
「昼間のあれはどういう意味だったんだ」
である。
「森で何してたって、君が聞くからさ」
慣れた手つきで焼き魚の背骨をはずしながら、ヨハンセンが答える。
「ごめん、全然わからない」
「生命のはたらきの基本形、原型みたいなものを探しててね。まあ、今日見せたのは中間発表みたいなものだけど」
「ああー」
たしかにそう言われるとなるほどと思う。だがしかし、
「なんというか、そのために山篭りしてたのか」
「なかなか面白かったよ。テントもシュラフもなしで寝てると、夜と自分の境目がだんだん融け合わさっていくようでね」
「いやいや、風邪ひくだろさすがに。ていうか、クマが出るんですけど。普通に危険なんですけど」
「ちゃんとホテルもとってあるんだ。ときどき着替えや食料を取りに帰ってたんだぜ」
何か、微妙に話が通じていない。
「そもそも何故北海道なんだ。まだ雪も降るのに。日本らしさもないのに」
ヨハンセンは肉じゃがを一片口に放りこみ、もぐもぐと咀嚼し飲み込むと、まじめ腐った顔で言った。
「そりゃ、しずくに会いたかったからだよ」
私は思わず箸を落とした。
嘘だろう、と思う。だったら、あんな印象的な出会いにはなっていないはずだ。晴原先輩を通すなりしてまず私に連絡を入れればよかったのだから。
とは思うのだが。
私は”コズ アイニードトゥシーユー”という生涯初めての言葉に動顚してしまい、拾おうとした箸を二度掴みそこね、結局床に落とした。
箸を拾い、台所に持っていって洗う。距離と時間を稼いで、冷静さを取り戻して、
「ところでさっきから気になってるんだが」私は訊ねてみる。
「どうしておまえが私のおかずを食べてるんだ」
「一人で夕食なんて寂しいだろ」
「ふざけるな、そのホッケは私のだ」
「肉じゃがって好きだな。味付けは違うけど、僕の国にもこんな料理があるよ」
「だから、当然のような顔をして私の皿から食べるな」
「それより、僕の質問にまだ答えてもらってないんだが」
「え」
「君は何故、ここに留まっているんだ」
そういう質問ではなかった気がするが。
「別に止まってるわけじゃない」
「うかうかしてるとすぐ歳とって死ぬぞ」
「いくらなんでもそんなトシじゃねーよ」
ヨハンセンは真顔だったし、じっさい冗談ではなかったのだが、それを知るのは半年後だ。
「で、今、君はここで何をしてるんだ」
相変わらず平然と私の肉じゃがを食べながらそう訊ねる。
「まだ、仕事中なんだ」
私にはそう答えるしかなかった。




