23 種子の舞踏
「踊るって?」
「うん。ダンサーだよ、あの人」
くるみには、筋肉のつき方や身のこなしでそういうことがわかるらしい。
舞踏の人間が、どうして彫刻の晴原先輩と仲良くなったのか。謎ではあるが、二人とも、律儀に常識を守る人種ではなさそうだ。
劇場に入ると窓には遮光カーテンが引かれていて、客席にはぱらぱらと人影があった。踊り手たちをはじめ、みんな関係者だ。私を前の席に座らせると、くるみが楽屋のほうにかけていった。
尋きたいことはまだあったのだが、帰ってこないうちに照明が落ち、幕が上がった。
真っ暗な舞台上に、ヨハンセンの白い体がうずくまっている。タイトな服を着たヨハンセンは、比較の対象がないステージ上では大きくは感じられず、体型もいくぶんほっそりとして見える。
ヨハンセンは抱えたひざの間に顔をうずめ、卵か種のように丸くなっている。動きはない。電気的に増幅された呼吸音が、スピーカーから流れてくるだけだ。
体が、ぴくりとけいれんする。どこが、とも見定められないうちに、震えは別の部位へと移る。やがてかすかな動きは波打つように全身に広がり、ヨハンセンは震える水球に変わる。
体の中心から発した力が、肩、腕を伝わり、何かの抵抗にぶつかり折れ曲がって、反射したさきでまた跳ね返される。記述できるような体の動きはほとんど現れないまま、ただ回折する力の印象だけがつみかさなっていく。
BGMはない。ライブで拾っているらしい、ヨハンセンの呼吸音が響いているだけ。
くるみは踊りが始まってまもなく帰ってきて、私の隣に座っていた。しばらくして気持ち悪いと言い出し、やがて本当にステージから目をそむけ、私の肩に顔をうずめてしまった。そのほかの人の反応までは見る余裕がなかったが、私自身は圧倒されていた。
まるで関節のないような動きで、踊りの常識どころか、人間であることさえ超えているように見えた。彼は自分の身体をすっかり解体して、一つの質量塊に変えてしまったのだ。
これをダンスと言うのなら、私はダンスというものの可能性をまるで誤解していたことになる。純粋な力が物質と形象の世界に現れ出ようとする、それを表現するのではなく、彼は自らの身体をその場として開いたのだ。
ステージ上の卵/種子はゆっくりと孵化/発芽し、きつく折りたたまれていた身体は拘束を解かれ、やがて立ち上がる。ヨハンセンは最終的に、どんな身振りもせず、ただ静かにまっすぐに、ステージ上に立ちつくす。
ただ立っているだけのその姿に、私は見入り、我を忘れた。
男の身体を美しいと思ったのはそれが初めてだった。
同性の身体を見てコンプレックスを抱くことは、まあ、けっこうあるのだが、基本的に私は自分の身体を仕事のための道具だと思っていた。
ヨハンセンの身体は道具であると同時にキャンバスでもあって、だからこそ完璧に研ぎ澄まされて、美しかった。
私は、私の身体は、どういう観点から見ても美しくはない。美しい必要なんかないし、それでいっこうに困らないのだが。
あらためて私は自分に失望し、同時に、ヨハンセンの身体にあこがれた。




