19 そもそもなんでパンツを脱いでいるのか
そんなわけで、昼なお暗い原生林である。
「山場さーん」と叫ぶがこだまも返らない。
自分の足音と息遣いしか聞こえない異様な静けさに神経をやられ、突如飛び立ったカラスの鳴き声に悲鳴を上げそうになった。しかしそれが予兆だったかのように、がさがさっと熊笹を揺らして何かが、いや、当の山場さんが飛び出してきた。
なーんだ、探しましたよ、という雰囲気ではない。
半分脱げかけたパンツとズボンを必死でずり上げながらこっちにむかって猛然と突っ走ってくるのである。
私は驚きのあまり腰から崩れ落ちた。その場にへたりこんだところに山場さんの下半身が突っ込んできて、二人してもつれ合って転んだ。
「月島あ、俺にかまわず逃げろお」
必死の形相でそう叫ぶ山場さんは、青白い尻を天に向かって突き出して四つんばいのまま、クラウチングスタートのような体勢からひたすら左右の足を蹴り出すのだが、膝まで脱げたズボンの裾に足をとられて立とうとしては転び、立とうとしては転びの繰り返しで、はたから見ると斬新なブレイクダンスのようだが本人は真剣そのものだ。
私も彼のパニックにあおられ、何から逃げろというのか、そもそもなんでパンツを脱いでるのか、という当然の疑問について考えることもできない。
実はタバコを取りに行くふりをして大便をしに行っていたのだ、急な下痢に悩まされていたのだ、と知るのはずっと後になってからなのだが、そんなことよりも、右手の笹薮を揺らして何かが、人間とは思えない大きさの何かが林道に上がってこようとしている。
ヒグマに逃げる姿を見せれば、本能的に追いかけ襲ってくる。
私はとっさの判断で(といえば聞こえはいいが、つまりはパニックに陥って)山場さんを抱え上げ左手の薮に飛び込んでしまった。
失敗した、と思ったときにはもう遅かった。




