12 男は春とともに訪れた
元原稿ではここから新章になってました。エカシという職人の下でバイトするのかどうか、プライドというよりも、ものづくりの人間としての方向性の違いで衝突があったりもしたのですが、それも割愛。だらだら続く話なので、削れるところは削るようにしました。
さて、季節はまだ四月の初旬である。湖の氷は融けはじめているが、湖岸にはまだびっしりと雪が積もっていた。とはいえ、コタンをのぞきに来る観光客の数は増えだしており、私たちはもう、シーズンインの準備を始めなければならなかった。
そう、結局私はオキクルミで働くことにしたのだ。夏の観光シーズンが終るまでの、短期アルバイトとして。
店の扉や窓のガラスは、一冬ぶんの風雪で汚れている。それをきれいにふき取り、埃をかぶっている売り物も磨く。隅でくもの巣がからまっているエカシの作品は、ちょっと手を止めて見入ってしまうほどの出来なのだが、そういうものに限って値札すらついていない。
「若い頃の作だ。目立ちたいばかりの頃のな。だから、道具としての味わいがない。使えんものだよ」
ゲームボーイをピコピコ言わせながら、エカシはそう言うのである。
そう、遠目には、エカシは店の奥に構えた彫台に陣取り、荒彫りを済ませた熊を並べて、今まさに毛彫りをほどこそうとしている、かのように見える。
だがこの人は、基本的に働かないのである。仕事場にもテレビとスーファミが置いてあって、机の上にはROMカセットが数十本も積み上げられている。必要に迫られれば、鬼神のような働きで精巧な作品をつぎつぎと仕上げていくに違いない。それでも私はそう信じていたのだが。
4WDのエンジン音が、坂を上ってきて店の前で止まった。
泥のしぶきが幾層にも車体を汚しているから、地元の車だとわかる。若い男が降りてきて、まっすぐこちらに向かってきた。
こざっぱりした髪型に、こざっぱりした服を着ている。こう言ってはなんだが、このあたりの住人らしくない。
「いらっしゃいませ」
「あ、いえ、ちがうんです。私は釧路市立北星女子高校の教員をやっております、内藤と申しまして……」
「はい?」
私がぽかんとしていたら、くるみの件で、と言われた。
そうか、あいつあれで高校生だったのか。
「エカシ、学校の内藤先生って方が」
「ちょっとまて、今ルギアが、やっとルギアが……内藤だと」
友好的とはいえない顔で(いや、普段からそんな顔つきだが)エカシは立ち上がった。よく事情が飲み込めないが、店先に雷雲みたいなものが立ち込めてくる。席をはずしたものか、店番を続けたほうがいいのか……そういえばそろそろ昼だな。
冷蔵庫の中身を確認しておこうと奥に下がりかけたら、みぞおちに頭突きをかまされた。
「げふ」
「あう……あ、しずくちゃん、おはよー」
今日くるみは公演も踊りの練習も休みで、一日家でごろごろしている予定だった。
「これからご飯つくるんだけど、何かリクエストは」
「あれ、お客さん?」
「あー、ていうか」
店のほうを覗き込んだくるみの顔色が変わった。
「くるみ!」
と叫んだのは内藤先生である。
「呼び捨て?」
くるみはものも言わずに逃げた。




