11 たぶん、そのころ私は
帰りの車中、路上での出来事をくるみはこう説明した。
「極楽蝶の明美っていってね、あの真ん中にいた、ダサイ紫のジャージ着た金髪。名の知れたレディースの頭だったのよ。で、まあ、男とったとか取られたとか、そんなくだらない話でさ。私もほら、そんときはガキだったから、つい熱くなってね。あっちのメンツたててやれば丸くおさまってたのにさ。でも、まあ、どうってことないよ。見たろ、所詮あの程度の奴らだから」
醒めた目をして語るくるみの顔を、私は横目で見ていた。話が終わっても、どう反応すればいいかわからない。
「タバコもらっていい?」
くるみは返事も待たず、私のラークマイルドを抜き火をつける。慣れた手つきだ。うまそうに煙を吐く。
「なるほどね」
短く鼻で笑って、くるみは言った。
「リアリティのある話ってのは、こんな感じでいいんだ」
意味がわかるまでしばらくかかった。言葉が出てこず、衝動的にタバコをうばいとった。
「吸うな、未成年!」
「やあーん、いいじゃーん。しずくちゃんの意地悪う」
「こいっつは、ほんっとうに……」
「金髪の子が明美ちゃんなのは本当だよ」
「どうでもいいよ」
でかいダンプトラックの車列が、轟音をたてて追い越していく。
「私はなんか、民族差別とかさ、そんなのかなっ、て思ったから」
ためらいをぬぐえないまま、私はそう言った。くるみは爆笑した。
「しずくちゃーん、だめだよー」
「な、何が」
「そんな貧困な発想じゃ芸術家としてやってけないよ」
「……すいません」
くるみはまた笑う。笑いすぎて苦しいという顔をしている。
「あっちもアイヌさ。むしろ、あっちがアイヌ」
「なんだって」
まっすぐな道路の先、ダンプトラックの背中は小さくなりながらも視界から消えない。
「私は血が薄いし、こっちの生まれでもないしね。そんなのが、ただちょっと踊れるからってだけの理由で観光アイヌやって楽して稼いでる。地元のアイヌは不況で、仕事もなくてひいひい言ってるんだから、そりゃあむかつきもするっしょ」
顔は笑ったままだ。だが、声は冷めきっている。瞳が暗い。最初に出会ったときの、あの電波な話をしたときと同じ目だ。
「それは、どこまで本当の話なんだ」
「ぜんぶ嘘だよー」
一瞬で満面の笑みにもどり、当然じゃん、とくるみは言った。
「そうか、そうだろうな」
寂しい奴だな、と私は思った。どっちが本音なのか結局わからないまま、なんとなく肩に手をまわした。そのあとで、寂しいのは私なのだと気づいた。心を開いて、本当のことを話して欲しい。私はそう求めていたのだ。
「ねえ、しずくちゃん」
気持ちよさそうに私の腕の中におさまって、くるみが言う。
「修理が終ったとき、また付き合ってくれる?」
バイクの部品は海外からの取り寄せで、何ヶ月かかるかわからない。
「たぶんそのころ、私はここにいないよ」
「ふーん、そうなんだ」
くるみはそれ以上何も言わなかった。私は待っていたのだけど。
緩いカーブを曲がる。くるみの視線の先に、日高山脈がある。山麓も空も同じ青の中に溶け合っている。雪をかぶった稜線だけが、空中に浮かんでいるみたいだった。




