10 まあ、逃げたくもなるか
日本とメキシコの時差って何時間だっけ。私はぼんやりとそんなことを思いながら携帯をしまった。
そして、路上で一騒ぎ起きていることに気づいたのだ。
「……っらあ、ぬっどあれめぇ、うんぶらぼんどいしっぺれれ、あっぺこっちゃすってってしっぱりごめすば、ずんどれっずあ?」
女のわめき声だ。何を言っているのかまったくわからない。ヤクザやその予備軍のつかう特殊言語だ。
見ると、くるみがいる。派手な色に髪を染めた、同年代ぐらいの少女たちに囲まれている。
さびれた街の平日の昼間である。周囲には歩行者も車もいない。治安の上では深夜の波止場と大差ない。
「あー、また始まった」
とバイク屋。また、って何だ。と思いながらもほうってはおけない。
「おい、おまえら」
私はできるだけ荒っぽい声をあげて走っていく。その場に飛び込んで何ができる、という目算はない。実はケンカなんてしたことがないのだ。
「しゃんだばっ、ぼんでっでっど。しゃっだらこいでんネンべや、おらコン……ずっどお、ぶっのるだらどばあ!」
日本語には違いない。私は今猛烈に不機嫌です、みたいな意味だろう。そこに、今までとは違う、ひときわどすのきいた声。
「ざけんなや。マジちぇんげらぐっすぞ、てめえのヴぃとスィタンはぁズゥエンっぶーハンダづけして一生喋れないようにしてやんぞ――あ、しずくちゃん!」
おまえかよ。
「助けて! なんか知らないおねえさんたちに脅されてたのっ」
「何をハンダづけして喋れないようにするって?」
「上下の歯を一本一本……じゃなくてっ、怖かったよー」
「抱きつくな、胸を撫でまわすな。おまえのほうが怖いわ」
周りの少女たちは、と見ると毒気を抜かれた様子だ。口を半開きにして私を見上げている。そうだろう、そうだろう、こんなデカイ女見るのは初めてだろう。
「ああ……」すらすらと言葉が出てこない。少年漫画なんかだと、こんなときどうする?
「私はこの娘に借りがあってな。おまえらが何かするというなら黙ってみているわけには……って、やめんかあ!」
私がくるみを突き飛ばすのを見て、少女たちは青ざめた。
「どさくさまぎれに胸の谷間に顔をうずめて微妙な刺激を与えるのは止めろっ!」
「そんな照れなくてもいいのに」
「と、とにかくおまえら……」
気がつくとみんな逃げ散っていた。
まあ、逃げたくもなるか。
いろんな意味で。




