~届かない声~2
(何だろう…占いって書いてある割には騒がしいな…。)
『~夢占い亭 霞の館〜』の扉の前に若い男性が立っていた。
茶髪の髪にパーマを掛けた、いわゆる『ゆるふわ系男子』といった雰囲気で、どことなく可愛らしい見た目をしている。
タイトな黒のジャケット、ジーンズを着こなし、シンプルな無地のTシャツを来ているが、それだけでお洒落に見えてしまうのは、おそらく彼の醸し出す空気がそうさせているのだろう。
(どうしよう…今、入ったら空気壊しちゃう気がするし…。でも俺の悩み…ここで解決出来そうな気がするんだよなー…。)
「ん?どうした?この店に何か用か?」
男が入るのを躊躇っていると、その後ろから少し勇ましい女性の声がした。
「わぁ?!ごめんなさい!ごめんなさい!」
「ん?何をそんなに慌てている?」
男は慌てて振り返って謝ると、女性は怪訝な顔をして男を見る。
その女性は男性が着るようなつなぎを来て長い金髪をなびかせていた。
それだけだと、ボーイッシュな女性のように思うが、それ以上に特徴的なのは、男よりも背が高い。男の身長も男性の平均身長より少し高いが、その男よりも高い。そして彼女の目は、ややつり上がっていて妙な重圧感を感じる。
「…この店の方…でしょうか?」
男はやや怯えながら尋ねると、女性は腕を組んで首を横に振って否定した。
「違うが、この店の主とは長い付き合いだ。今日はたまたま近くを通ったから寄ったまでだ。」
「そ、そうですか…。」
男は女性を見上げる形で相槌を打つと、女性に背を向けて扉を見る。
「何だ?漠坊に用事か?」
「いえ、あの、その…。」
誰の事を言っているのか分からないが、おそらく話の流れからして店主の事を言っているのだろう。
「お前…何か怪しいな…。…まさか冴子のストーカーか?」
「…ぅえ?!す、ストーカー?!ち、違いますよ?!」
男は何の事だかさっぱり分からないが、何か誤解を招いているという事は理解出来た。また慌てている男に、ますます疑念の表情を浮かべる女性は男の首もとをガシッと掴むと、なんとそこから男を軽々と持ち上げてしまったのだ。
「え?何?これ、どういう事?!」
「お前をそのまま漠坊に突き出す。」
男を掴んだ女性は、かなり険しい顔でそう言うと、ドアノブに手を掛けた。
「い、いや、だから誤解ですって!?ちょっと?!」
「言い訳無用!!」
もはや聞く耳持たない様子の女性は扉を勢いよく開け放った。
「誤解だってぇぇぇぇぇぇ!!!」
男の叫び声は晴れ渡った空に虚しく響き渡る。だが、今の彼女を止められる人は誰一人としていなかったのだった。
ーーーー
(バンッ!!!)
勢いよく扉の開く音がして、荒々しい足音が聞こえてくる。
(あぁ、この足音は…きっとあの人だ。)
千奈美はそう思いながら足音のする方へ振り返る。やがてずんずん近づいてくる姿は、千奈美にとって見知った人物であった。
「漠坊、冴子…何だ、千奈美もいたのか。」
「やっほー、ソムさん。」
「ソムヌス様…ドアは出来れば丁寧に開けて頂けますか?」
有村にソムヌス、と呼ばれた女性はスマン、とあまり反省した様子もなく詫びた。
この女性、有村に様付けされているが、それには理由がある。それは漠や有村同様、ただ者ではないからなのだ。
この女性、ソムヌスはローマ神話に伝わる眠りを司る神、『ソムヌス』そのものなのである。
神様、というのだから天界に住んでいるのかと思いきや意外にもこの店の隣街で薬局を営んでいて、この世では『新井 ソムリュ』という名前で生活をしている。
「ソムリュさん、今日は…どう、されたんですか?…っていうか、その人は?」
千奈美が少し声を震わせなながらソムリュに尋ねる。千奈美がそうなるのも無理はない。何故ならソムリュの顔は普段でも険しいのだが、今日の彼女はいつもの数倍、迫力のある顔をしている。
そして片手で何故か成人男性を持ち上げている。見ただけの情報だけで誰もが『何かがあった』と察する( というか、怯える)のは当然の反応であった。
「あぁ、この男か、こやつは冴子のストーカーだ。店の前で怪しい素振りだったから捕まえた。」
ソムリュは吐き捨てるように言うと男をそのまま放り投げてしまった。
男は受け身を取れずにそのまま倒れ込むと、その場でとりあえず座り、顔を歪ませて腕をさする。
「いってててて…。だから、あの、誤解ですって!ちゃんと話を聞いてください!大体、冴子って誰ですか?!」
「あ…えっと…私…ですが…。」
恨めしそうに男はソムリュを見てそう言うと、律儀な性格である有村が手を上げて返事をした。
その声に男は振り返って有村を見ると、その有村の美貌にしばらく見惚れてしまう。
何も言わなくなった男に有村は大丈夫ですか?と、尋ねると男は我に返って慌て出した。
「す、すす、すみません、大丈夫です、ストーカーしてません!」
「いや、あの…怪我はないですかって意味だったのですが…?」
「あ、あぁ!だだ、大丈夫です、男の子ですから!!」
よく分からない事を言う男の様子に漠は思わずケラケラと笑うと男の前にしゃがみ込んで目線を合わせた。
「君、面白いねー。ちーちゃんとはまた違った面白さだわー。」
そう言って男の肩をポンポン叩くと、何に笑われているかさっぱり男は曖昧に笑う。
「えーと、この状況は…どうしたらいいんでしょうか?」
「いや、私に聞かれても…。」
腹を抱えて笑う漠に、いまだに険悪な表情で仁王立ちをするソムリュ。
そんな二人に挟まれた有村と千奈美はどうしたらいいか分からずに立ち尽くしたまま、とりあえず漠が笑い終わるのをひたすら眺めるしかなかったのだった。
ーーーー
漠が落ち着いたところで、男は自己紹介をした。
「俺の名前は園田祐介っていいます。夢占いって看板を見て…その…。」
男…園田はおどおどした様子でソムリュを見ながら説明をする。
「んと、看板を見て入ろうか悩んでるところに、ソムさんに取っ捕まってー…投げ捨てられたんだねー。」
いまだに園田を見てクスクスと笑いながら説明を引き継ぐと、園田は小さく返事をして漠を見た。
「それなら、そうと早く言え、紛らわしい…。」
「説明しようとしましたよ…はぁ…。」
憮然としたままのソムリュに園田は情けない声で反論すると、ため息をついた。
そんな中、千奈美は園田の顔をまじまじと見て、んー、と唸る。
「千奈美さん、どうかされましたか?」
「…え?いや、あの。」
千奈美の様子に有村は尋ねると、少し口ごもりながら有村を見た。
「あ、ちーちゃんは、そのっちみたいな男の子がタイプなのかー。」
「ち、違いますよ!そんなんじゃないです!!」
漠は頬杖をついてニヤニヤしながらそう言うと、千奈美は慌てて否定をする。
「…そう全力で否定されたら俺も切ないんですけど…。」
「あ、あぁ!す、すみません!そういう訳じゃなくてですね…。」
落ち込む園田に千奈美は更に慌てる。その姿にまたニヤニヤする漠の頭に有村の拳の鉄槌を下ろした。
(ゴッ!!)
鈍い音と共に漠が撃沈すると、有村は手をパンパンと払いながら、千奈美を見る。千奈美は相変わらず園田の顔をじぃーっと見つめていた。
「あ、あのー…千奈美ちゃん?俺の顔に何かついてるのかな?」
視線に耐えられなくなった園田は、千奈美の目を避けながら尋ねる。
「いや…あのー、どこかで聞いた名前だなー、って思って。」
千奈美が、どこだっけなぁ…と考え込むと、園田は分かりやすくビクッとして先ほどよりも更におどおどとした態度をし始めた。
「や、やや、やだなー、園田祐介なんて、あ、ああ、ありきたりな名前じゃないか。ど、同級生と、お、同じ名前か、何かでしょう?!」
園田は手を震わせながら有村に淹れてもらったコーヒーのカップを持つ。何とも分かりやすい動揺っぷりだ。
そんな園田の言葉も無視して千奈美はしばらく考え込むと、あーっ!と思い出したのか、大きな声を上げて園田を指差した。
「思い出した!園田さん、もしかして『Black Horn」のボーカルの祐介さんじゃないですか?!」
「ぶ、ぶらっく…なんだって?」
千奈美の言葉にソムリュはキョトンとして千奈美に尋ねる。漠と有村も何の事だか分からないのか、顔を見合わせて園田を見た。
「今、音楽界の中で有名なバンドですよ!インディーズながらCD売り上げトップになってレコード会社から沢山のオファーが来ているって噂の今、注目のバンドです!…え?皆さん知らないんですか?」
一気に熱く語る千奈美に対して漠達は呆然と園田を眺める。その温度差に気づいた千奈美は皆に尋ねるが各々がそれぞれ戸惑った顔をして千奈美を見た。
「いや…私はクラシックしか聞きませんから…。」
「ジャズなら詳しいんだけどねー…。」
「そもそも音楽を聞かん。すまんな、千奈美、園田。」
それぞれの答えに千奈美はガックリと項垂れると、園田は乾いた笑みで千奈美に声を掛けた。
「い、いや、千奈美ちゃんがそこまでヘコまなくても大丈夫だから。それに、そこまで俺の事を知ってくれていて嬉しかったし…。」
そう言って園田は千奈美を慰めると、それに…と言って言葉を続けた。
「今、俺は活動休止中なんだ…。もうすぐ発表されるけど…。」
「…え?」
園田の思わぬ言葉に千奈美は顔を上げると、寂しそうな顔をして頷いた。
「な…何で…ですか?」
人気絶頂期であるこの時に活動を休止するという事が理解出来ない千奈美は園田に尋ねると、少し躊躇いながら小さな声で園田は答えた。
「…歌えないんだ…。どうしても…。」
「歌えない…?」
聞き返す千奈美に園田はまた頷き、そして、俯いたまま、もう一度、千奈美に答えた。
「そう…俺は今…歌えないんだ…。」
ーーーー




