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夢占い亭 霞の館  作者: ゆう
第四夢
28/37

~届かない声~

(また…この夢だ…。)


男は夢の中、そう呟いた。

ステージの上で二つのギターが奏でるメロディー。全身に響くベース音。その全てを支えるように力強くリズミカルなドラム。

男の目の前には沢山の人が手拍子をして盛り上がっている。


(やっぱり、またこの夢だ…。)


夢の中で男は自分の目の前にあるマイクに向かって声を出そうとする。

しかし、懸命に声を出そうとするが…。


(やっぱり…声が…。)


マイクの前に立ったまま、男は呆然としたまま何も出来ずにいた。

その様子に周りの人もざわつき始め、次第に音が止む。

男は俯き、それでも苦い顔をしながらも顔を上げ、ステージから観客席を見る。だが、そこには先ほどまで埋まっていた観客が消え、人っ子ひとりいなくなっていたのだった。


ーーーーー


『届かない声』


ここは、とある古びたお店。看板には『〜夢占い亭 霞の館〜』とだけ書いてあるが、外観からして占い屋というよりは古書館のようにしか見えない。

実際、店の中に入ると、そこは本棚に埋め尽くされていて、看板の『占い』という字を見間違えたのかと疑ってしまうほど、本だらけだ。

そんな店内に似つかわしくない女性の怒声が響き渡る。


「漠さん!!子供じゃないんですから!!ちゃんと私が言った事くらいは守ってください!!」


書斎に置いてあるような机をバンッと強く叩き、ある女性が怒りを露わにしている。

見た目は黒のビジネススーツに銀縁眼鏡、唇の右下に色っぽいホクロがある女性は誰がどう見ても美人だと認めてしまうくらいに美しい。しかし、今の彼女は美しいが故に怒る表情は怖い。


「だってー、楽しいんだもーん、仕方ないじゃーん。」


彼女の怒りの矛先であろう、漠、と呼ばれた男は両耳を指で塞いで頬を膨らませて、あまり反省していない様子で反論する。

髪は寝癖のようにボサボサ、シャツはシワだらけ、ロングコートも埃のようなダマが付いていてジーンズはサイズを間違えたようなダブダブの、だらしない格好をしている。


そんな男の様子に女性の顔は、より一層険しくなり怒鳴り声は大きくなった。


「楽しいんだもーん、じゃありません!!横で寝ている私の身にもなってください!!!」


「お邪魔しまーす。…あれ?また有村さん怒ってるんですか?」


怒っている女性…有村は背後から声を掛けられる。振り返ると、そこにはスラッとした長身の少女がラフなパーカー姿で立っていた。


「あ、千奈美さん…すみません、お恥ずかしいところを…。」


「あー、ちーちゃん、やほー。」


有村は慌てて頭を下げる。漠も有村越しに、女性に手を振る。

千奈美、と呼ばれた女性は艶のある長い黒髪を揺らして二人に頭を下げて挨拶をした。


「あれ?千奈美さん、まだお昼ですよ?学校はどうされたんですか?」


「あー、サボりー?ダメだよー?学生の本分は学業だよー?」


有村の疑問に、漠がニヤニヤしながら頬杖をついてそう指摘する。

千奈美の見た目は長身の為か、実年齢より高く見られがちではあるが、中学二年生、十四歳なのだ。

そんな身分ではある千奈美なのだが、二人に慌てて手を振って否定した。



「あの、今日は学校の創立記念日で学校が休みなんです。だから遊びに来ました。」


「なーんだ、サボりじゃないのかー。」


「失礼ですよ、漠さんじゃないんですから!」


千奈美の答えに漠はつまらなさそうにそう言うと、有村は漠の頭を小突いた。

あいて、と言って頬杖のバランスを崩した漠は、そのまま机に顔をぶつける。

それを見て、千奈美は笑うと、ぶつけた漠本人も、にへらー、と緩い笑顔を浮かべて笑った。


これがいつもの『〜夢占い亭 霞の館〜』の日常風景で、この日常が千奈美にとって、かけがえのない空間なのだった。



ーーーー


「ところで、二人は何の言い合いをしてたんですか?」


ひとしきり落ち着いたところで千奈美は二人の(と、言うよりは有村の一方的な)喧嘩の内容を尋ねる。


「…安眠妨害です。」


「……はい?」


有村の回答に千奈美は意味が分からず首を傾げる。


「私が夜、寝ている間、漠さんはずっとゲームをしているんです…。パソコンのキーを叩く音とゲームの音がずっとしていたら…誰だって寝れないでしょ?」


そう言って有村はため息をつくと、キッと漠を睨む。だが、そんな有村の目線を反らして漠は頭の後ろに手を組んで口笛を吹いて誤魔化している。


「えと、じゃあ漠さんも寝ればいいのに。」


千奈美は率直に思った事を口にする。漠も同じように寝てしまえば何も問題はないはずだ。

しかし、漠はゆるゆると頭を横に振ると千奈美を見た。


「僕はねー、寝ないんだよー。」


「…え?」


漠の思わぬ発言に千奈美は一瞬、理解出来なかった。


「ね…寝ないんですか?」


「うん。」


「い、一睡も?」


「うん、一睡も。」


「…えぇ?!ね、眠くならないんですか?!」


驚く千奈美の姿に、漠はケラケラと笑う。どうやら漠は千奈美の驚く顔が心底面白いらしい。


「ちーちゃんって、何でも凄く驚くよねー。」


「ふ、普通、驚きますよ!!え、何で寝ないんですか?」


「んーと、僕は睡眠の代わりに、『睡魔』を食べるんだ。」


そう言って漠が説明をする。

漠の見た目は、どう見ても人間の姿をしているが、実は仮想の生き物とされている伝説の生き物、『獏』なのである。

そして、人間の誰もが見る悪夢、その根元である『睡魔』と呼ばれるものを食べて人を幸せな夢を見させる、現代のイメージとは異なった生き物なのだ。


「ま、まさか…睡魔を食べる意味がそんな理由だったなんて…知りませんでした。」


「普通の人なら誰も知りませんよね。」


有村は二人が話している間に紅茶を淹れて千奈美の前に置く。今日はどうやらロイヤルミルクティーのようだ。ほのかに鼻腔をくすぐる甘い香りにうっとりする千奈美を見て有村は先ほどまでの怒った顔を引っ込ませて微笑んだ。

そんな千奈美を『普通の人』と言った有村だが、その有村もただの人間ではない。


有村は神に反した堕天使、『アリエル』と人間の間で産まれた先祖を持ち、彼女の体内には天使の血が僅かに流れている。彼女の本名は『アリエル・冴子』という名前なのだが、本人曰く、恥ずかしいから有村と呼んでほしいらしい。

そして漠が夢の中で闘う際、彼女は『夢装神』と呼ばれる武器に成り代わり、漠の手伝いをする事で先祖の罪を償っている身なのだ。


ここで、千奈美はある事に気付いて有村を見る。


「えっと、有村さん?ひ、一つ聞いていいですか?」


「はい、何でしょうか?」


少し躊躇いがちな様子の千奈美に対して有村は不思議そうに傾げる。

意を決したのか、千奈美は真剣な眼差しをして有村を見ると、重い口を開いた。


「あの!ば、漠さんと…い、いい、一緒に住んでるんですか?!」


「え?あ、はい。」


緊張しながら尋ねる千奈美だったが、あっさり肯定した有村の顔を見て先ほどより驚いた顔をして口をパクパクさせる。


「え、と、それが何か?」


何故、千奈美が驚いたのか分からない有村は戸惑いながら尋ねると、千奈美は大きな声で叫んだ。


「お、大人だぁぁぁぁぁ!!」


「…はい?」


「ちーちゃんって、ホント面白いよねー。」


訳が分からない有村はキョトンとし、漠は千奈美のリアクションに手を叩いて笑っている。


そんなお昼の十二時前、店の扉の前に、見知らぬ誰かが立っていたのを、この時は誰も気づいてはいなかったのだった。

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