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第6話 支援には、それぞれ役割がある

第6話 支援には、それぞれ役割がある


要介護認定の訪問調査が行われたのは、十二月初めの曇った午後だった。義実家の庭では白い山茶花が咲き、落ちた花びらが雨に濡れた飛び石へ貼りついている。敏恵は調査員を迎えるために薄茶色のセーターと紺色のスカートへ着替え、茂にも一番新しい格子柄のシャツを着せていた。


居間のテーブルには、みかん、急須、個別包装の羊羹が並んでいた。普段は床に置かれている新聞や薬袋も押し入れへ片づけられ、杖だけが壁際へ立てかけられている。達也は、いつもより整いすぎた部屋を見回し、押し入れの隙間から新聞の端が出ているのを見つけた。


「母さん、調査は家の審査じゃないよ。片づけられないことがあるなら、それも普段の状態として見てもらうんだ」


「お客様が来るのに、散らかった家を見せられないでしょう」


「お客様じゃなくて、父さんにどんな支援が必要か確認する人だよ」


「私は毎日、これくらいきれいにしています」


敏恵が言い切った直後、押し入れの中で何かが崩れた。戸が少し開き、古新聞の束と紙袋が畳へ滑り出す。茂は見なかったことにするように、羊羹の包みを裏返した。


調査員は、茂が一人で立ち上がれるか、家の中を歩けるか、薬や通院日を管理できるかを確認した。茂は「何でも自分でできる」と答えたが、椅子から立つときにはテーブルへ両手をつき、最初の一歩が出るまで時間がかかった。敏恵が横から「今日はたまたま膝の調子が悪いだけ」と口を挟むたび、達也は普段の様子を説明した。


「郵便局の前で転倒しています。夜中にトイレへ行くときも、壁に手をついて歩いています」


「大げさに言うな。夜は誰だって慎重に歩く」


「薬を飲んだか分からなくなったことも、二度ありました」


「二度くらい、誰にでもあるだろう」


綾乃は窓際の椅子へ座り、必要なときだけ記録を見せた。茂が転倒した日、通院日を間違えた日、服薬を確認できなかった日が、日付とともに簡潔に記されている。嫁が義父の失敗を並べ立てる形にしないため、説明の中心は達也へ任せた。


認定結果が出るまでの間、達也と綾乃は、地域包括支援センターで紹介された訪問看護ステーションへ相談に行った。入口の鉢植えには赤いシクラメンが咲き、室内には消毒液と淹れたばかりのコーヒーの匂いが混じっている。対応した管理者の藤本は、訪問看護、訪問介護、自立支援医療の違いを、一枚の紙へ分けて書いた。


「訪問看護は、看護師が体調や服薬、療養生活を確認するサービスです。事業所によっては、理学療法士や作業療法士なども訪問します」


「作業療法士さんには、父が転ばないための運動を教えてもらえますか?」


「主治医の指示と計画に基づき、立ち上がりや歩行、着替え、トイレまでの移動など、生活に必要な動作を一緒に練習することがあります。単に筋肉を鍛えるだけでなく、ご本人が自宅で何を続けたいかを考えるんです」


達也は、藤本が書いた「生活動作」という文字を指でなぞった。茂は運動教室には行きたがらないが、郵便局や囲碁会へ自分で行くための練習なら受け入れるかもしれない。綾乃は、茂が朝一番に新聞を取りに行く習慣も伝えた。


「自立支援医療の訪問看護なら、介護保険とは別に利用できると聞きました」


「自立支援医療の精神通院医療で訪問看護を利用する方もいます。ただし、精神科へ継続して通院し、制度の対象になっている方のための仕組みです。高齢で足腰が弱ったという理由だけで使える別枠ではありません」


「父には精神科の通院歴はありません」


「それなら、現在のお話では介護保険や医療保険による訪問看護を検討することになります。どちらを利用するかは、ご本人の状態や病気、主治医の指示などによって決まります」


藤本は、訪問介護についても説明した。訪問看護と訪問介護は同じサービスではなく、それぞれ役割が異なる。必要性が認められれば両方を組み合わせられるが、介護保険を利用する場合は、介護度に応じた限度や自己負担を考えながらケアプランを作る必要があった。


「訪問看護を使ったら、訪問介護を使えなくなるわけではないんですね」


「はい。看護師が健康状態や服薬を確認し、訪問介護員が入浴や排泄などの身体介護、本人には難しい生活援助を担当することがあります。ただし、家族全員分の料理や、二世帯分の大掃除を頼める制度ではありません」


「本人が暮らすために必要な支援が対象ということですね」


「そうです。ご家族の代わりを一人の専門職へ丸ごと押しつけるのではなく、それぞれの専門職が役割を分担します」


帰り道、商店街の総菜店でコロッケを四つ買った。紙袋から揚げ油とジャガイモの匂いが漂い、達也は熱さを逃がすように持つ手を何度も替えた。店先には葉牡丹と小さなクリスマスツリーが並び、銀色の飾りが冷たい風に揺れていた。


「母さんは、介護職員が来たら家中を掃除してもらえると思いそうだな」


「最初に説明しないといけないわね。お義父さんへの支援と、お義母さんが楽をするための家政婦は違うもの」


「でも、母さんが父さんの世話で疲れたら、母さんへの支援も必要になるだろ」


「そのときは、お義母さん本人の相談として考えるの。お義父さんのサービスへ、お義母さんの分まで紛れ込ませないことが大切よ」


年末が近づいた頃、茂に要支援の認定結果が届いた。地域包括支援センターの担当者と相談し、まずは介護予防の支援を受けることになった。主治医とも話し合い、作業療法士が在籍する訪問看護ステーションへ正式に依頼した。


最初の訪問日、作業療法士の野中は、動きやすい青い服装で義実家へ来た。茂は茶色いベストを着て新聞を広げ、「寝たきりでもないのに大げさだ」と繰り返している。野中は運動を始める前に、茂が一人で続けたいことを尋ねた。


「別に何もない。家の中くらい、自分で歩ける」


「毎朝、新聞を取りに行かれるそうですね」


「新聞くらい行く。郵便局にも自分で行くし、春になれば公民館の囲碁会にも出る」


「では、その三つを続けるための動きを一緒に確認しましょう。まず、いつものように椅子から立ってみてください」


茂は拍子抜けした顔をしたが、両手をテーブルへついて立ち上がった。野中は足の位置を少し手前へ戻し、体を前へ倒してから立つ方法を教えた。茂がやり直すと、先ほどより少ない力で腰が上がった。


「今のは、少し楽だな」


「毎日、食事のあとに三回だけ練習してみましょう。十回も二十回もする必要はありません。続けられる回数にします」


「三回なら、忘れなければできる」


「忘れないように、新聞を読む前にやることにしませんか?」


野中は廊下やトイレまでの動線も確認した。床に置かれていた新聞の束を移し、めくれた敷物は転倒の原因になるため片づける。茂は最初こそ「長年これで暮らしてきた」と抵抗したが、新聞を取りに行く道を守るためだと説明されると、自分で敷物を丸めた。


訪問のあと、敏恵は台所で煮ていた小豆を小鉢へよそった。砂糖を入れすぎたらしく、甘い匂いが居間まで広がっている。野中にも勧めたが、勤務中のため受け取れないと言われ、敏恵は不満そうに小鉢を冷蔵庫へ入れた。


「看護の人が来るなら、お風呂の掃除も頼めるのかしら」


「野中さんは作業療法士だよ。掃除をするために来たんじゃない」


「訪問介護も使えると言っていたでしょう?」


「必要になれば相談する。でも、父さんの支援として利用するものだ。母さんができる家事を全部任せる制度じゃないよ」


達也は、作業療法士から渡された運動表を冷蔵庫へ貼った。茂は赤鉛筆で一日目の欄へ丸をつけ、自分からもう一度椅子へ座った。敏恵も何か言い返しかけたが、茂が三回立ち上がるまで黙って見ていた。


帰宅後、綾乃は支援の一覧表を更新した。訪問看護、訪問介護、介護予防、主治医、地域包括支援センターを、それぞれ別の欄へ分ける。その下には、前回調べ始めた遺族年金、預金口座、保険証書の確認も残しておいた。


「支援する人が増えると、かえって面倒になると思っていた」


達也は、総菜店で買った残りのコロッケをオーブントースターで温め直した。衣が焦げ、台所に香ばしい匂いが広がる。綾乃は千切りキャベツを皿へ盛りながら、冷蔵庫の扉に貼った夫婦の予定表を見た。


「一人に全部をさせないために、役割を分けるのよ。看護師は看護、作業療法士は生活動作、介護職員は必要な介護、家族は家族にしかできないことをする」


「家族にしかできないことって、何だろうな」


「今日のお義父さんなら、囲碁会へ行けるようになったとき、一緒に喜ぶことでしょうね」


達也は焦げたコロッケを半分に割り、大きい方を綾乃の皿へ載せた。義父母を支える仕組みは、同じ屋根の下へ家族を押し込むことではなかった。それぞれの役割を分け、無理なく続けられる場所へ、必要な人の手を一つずつ借りることだった。


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