あるもの
バルボアからそろそろできるぞという連絡が来てから三日後。
アナスタジアとエッカは完成報告を聞くやいなやすぐにカモフラージュした第三醸造所、もとい第一蒸留所へとやってきていた。
「というわけで、これが完成した蒸留器だ」
「うわ、大きいですね……」
エッカの視線の先にあるのは、自分達の身体より一回りも大きな不格好なひょうたんのような銅の器具。
紛れもないポットスチルがそこにあった。
「ドワーフの工作力ってすごいのね……」
「ふふん、まあそれほどでもあるな!」
バルボアが自慢げに腕を組みながら鼻を鳴らしている。
だが彼がそれだけ自信ありげな態度を取るのも当然のことかもしれない。
今アナスタジアの目の前にある蒸留器は、前世で蒸留所見学に行った際に見た蒸留器とほとんど遜色のないクオリティをしている。
この『プリンセス・アラモード』の世界でこれを成すのがどれだけ難しいことなのかは、いろいろと調べたからこそよくわかる。
アナスタジアは夢見心地な様子で、ポットスチルにそっと触れる。
ギリギリまで調整をしていたからか、手のひらからわずかに温かみが感じられた。
近付いてみると、見上げる高さのあるポットスチルにはいくつもの銅板が重ねられているのがわかった。
継ぎ接ぎだらけにも見えるその蒸留器が、アナスタジアにはまるで生き物のように見える。
「可能な限り指定に沿う形で作ったが、個人的に改良が施せると思ったところは独断で変えさせてもらった。俺は金属加工の専門家ではあるが、作り出した器具が生み出す味に関してはアナスタジアの方が詳しいだろう。気になったところがあればすぐに言ってくれ、時間をもらえば大抵のところは調整できる」
バルボアが指先で軽く叩きながら、ポットスチルの説明をし始めた。
見たことがあるアナスタジアは楽しそうに、そして初めて実物を見るエッカは真剣な表情で彼の話に耳を傾ける。
「銅製でという指定だったが、酒や水を蒸発させる関係上内側からはかなりの圧力がかかることが予想される。紙風船に息を吹きかけすぎれば破裂するのと同じ原理だな。純粋な銅だけで造ると強度に不安が残ると思い、魔化銅を使う形で全体の強度を上げさせてもらった。その分材料費はかさんだが、金に糸目はつけないでということだったからな。だがその分質の高いものができた。何度も部品交換を行う手間もかなり省けるはずだし、最終的な維持費や耐用年数を考えればこちらの方が安上がりになるはずだ」
いくら加工技術に優れたドワーフ達であっても、総銅製のポットスチルを造るのには若干の不安があったらしい。
魔化銅というのは、ミスリルなどと同じ魔力含有金属のことらしい。
名前そのまま、長いこと魔力を浴びることで魔力を帯びるようになった銅なのだとか。
ミスリルなどと比べるとまだ安価だが、それでも魔力含有金属ではあるため銅とは比べものにならないほどに高いらしい。
だが下手に銅製にこだわって爆発事故を起こしたりするよりはマシだろう。
オフフレーバーに関しても銅製であるのならまあ問題はないだろう。
その辺りのことは実際に造ってみてから考えればいい。
「まずはここ、前面の開口部とのぞき穴だ。透明度の高いガラスを使ったから、内側の様子は見れるようになっている」
彼が取り付けられたハンドルを握り回転させ引けば、上開きになっているドアがゆっくりと開いた。
中には外側と同様新品のつるつるピカピカの銅の輝きが宿っていた。
ここに発酵してアルコール分の入った液体を入れて加熱することで、蒸留が始まるのだ。
中には漉す前のもろみを入れても良いし、極論造ったビールを入れて加熱しても蒸留酒を造ることはできる。
仕組みと原理がシンプルである分、その辺りは応用が利くようになっているのだ。
「エッカ、あそこのラインを見て。彫り込まれているあそこの線を越えないように加熱を調節してほしいの」
加熱の際に気をつけなければいけないのは、水とエタノールの沸点の違いだけではない。
内側のもろみが加熱されぶくぶくと泡立ち過ぎると、ポットスチルの上部まで上がっていってしまう。
そうなるともろみと上に昇ったエタノールが混ざってしまい、蒸留できるアルコールの質が大きく落ちてしまうのだ。
故に蒸留器を動かす際には、内側のもろみが一定のラインを超えないか常に監視しておく必要がある。
どの程度でどれだけ味が落ちるかはわからないので、見えやすくなるように蛍光塗料で三つの線を引き、どのラインが適切なのかは蒸留をして試していくつもりであった。
「そして次がラインアームだな。これはなるべく長い方がということなので細く長く造らせてもらった。銅を分厚くするすると重量に不安が残ったので、こちらは総魔化銅製だ」
「大丈夫、問題ないわ」
若干不安そうな顔をしながら自分の方を見るバルボアに、アナスタジアはこくりと頷く。
今回はあらかじめ、蒸留器作成にはコストをケチらないので最高の物をと言ってある。
蒸留酒ができるのなら初期費用などいくらでも回収できる。
この世界に初めてできるものなのだから、値付けは自分達の思うがままだからである。
彼女の視線にホッとした様子のバルボアは、そのまま歩いて行き、ポットスチルからラインアーム、そしてその先に伸びている冷却管へと向かっていく。
「こちらの冷却管は、言われた通りにぐるぐると螺旋を描く形で造らせてもらった」
伸びていった冷却管は、発酵桶を思わせる大きめの木桶の中へと入っている。
上から覗いてみるとカタツムリの背中のような螺旋系となっているのがわかる。
これはワームタブという形の冷却管だ。
ばねのような形になっているのは管をこのようにぐるぐると巻くことで、桶の中に入っている水と冷却管触れ合う面積を増やし、その分だけ冷却効率を上げるための形状がこれなのだ。
「冷却は水でということだったが、より効率よく冷やせた方がいいかと思い氷の魔道具を使う形を取らせてもらうことにした。こちらも問題ないか?」
「ええ、大丈夫。完全に盲点だったわね……」
前世では冷却装置を使い一気に冷やすのが主流だったが、技術的な問題があるだろうという形でわりと昔ながらワームタブ式を採用することを決めたのだが……この世界には前世にはない魔法技術がある。
加熱にも魔道具を使うつもりなのだから、冷却にそれを使おうとしないのは完全に前世の知識に縛られすぎていた証拠だろう。
アナスタジアとて決して完璧というわけではない。
「問題がなさそうならこれで完成になるが……」
「ええ、そうしたら早速造っていきましょうか!」
わくわくとした様子でこちらの様子を窺う二人に頷き、アナスタジアは亜空間からあるものを取り出すのであった――。
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