びっくり
ビールの醸造は、この第二醸造所でも順調に進んでいった。
王都で一から酒造を立ち上げた時は大変だったが、今回はゼロから一を作るわけではなく一をもう一度作る作業。
『ジーニーエール』と『スピリットラガー』の作成に必要な発酵桶は持ってきているし、場所が変わってももろみの作り方が変わるわけではないので同じ事を別の場所でやればいいだけだ。
こちらの従業員達に作業工程を教えられるだけの人員は王都から連れてきているし、何よりここには全ての工程をアナスタジア自身よりも深く理解しているエッカがいる。
彼に任せれば、ビール造りは何も問題はなかった。
「エッカ、調子はどうかしら?」
「はい、今のところ問題はないですね。王都からの連中も良く働いてくれていますし、新人達のやる気も十分です」
この公爵領でも『ニブル酒造』の名を轟かせる……そんな気概に満ちている彼らのやる気は高いらしく、既に発酵は終わり、アルコールの入ったもろみを絞って作った第一陣のビールも完成している。
できたのは一発目だが、正直アナスタジアからすれば十分に美味しいと思うレベル。
だがエッカからすればまだ及第点らしく、これではまだ卸せませんねと笑う彼の横顔はバルボアなどと同じく、プロフェッショナルそのものだった。
「それでなんでしょうアナスタジア様、話というのは」
製造責任者であるエッカのことを、アナスタジアは執務室へと呼び出していた。
その理由はもちろん、彼に新たな任務を与えることだ。
「エッカ、あなたの部署を今日付で変更することにしたわ。これからは第二醸造所ではなく、第三醸造所……という名目で取得した、新しい敷地に造る第一蒸留所で働いてもらいたいの」
「蒸留所……ということは!?」
何かを期待するような彼の瞳に、アナスタジアは満足げに頷く。
「そう、とうとう新しいお酒の蒸留酒を造ってもらう目処が立ったのよ、エッカ。時間が経っちゃってごめんなさいね」
「いえ、思っていたよりもずっと早いですよ!」
エッカにはまだ『ニブル酒造』を作り上げる前から、アナスタジアのこの世界での展望を語り続けていた。
彼には何も隠すことはないので蒸留の仕組みや蒸留酒の種類についてなどもアナスタジアが知っていることを事細かに話していた。
製作のコストや機密保持、それにブランド力作りなどいろいろな観点からこうして蒸留所を立ち上げるのには思っていたよりも時間がかかってしまったが……これでようやくアナスタジアのお酒造りは、第二段階へと移ることができる。
「長かったわね……エッカと二人で桶をパチャパチャしてた時から、半年近く経っちゃったわ」
「いや、そんな感慨に耽るほどの期間ではないと思いますが……酒造メーカーとしてはとんでもない速さで成長してますし」
「ま、それもそうね」
バルボアからは、蒸留器がそろそろ完成するという話が上がってきている。
おそらくあと数日もすれば、この世界に新しいお酒が生まれることになるだろう。
「だからもし良ければ、一度ビール造りを離れてもらえたらと思うんだけど……問題ないかしら?」
エッカは今や飛ぶ鳥を落とす『ニブル酒造』の製造責任者。
彼がビール造りにとてつもない情熱を注いでいることは一口飲めばよくわかるし、もしやりたいのであればこのままビール造りを続けてもらっても構わないと、そう思っていたのだが……
「もちろんです! せっかく新しいお酒を造るなんて面白いことをやろうとしてるんです、自分を仲間はずれにしないでくださいよ!」
エッカの方も当初と何一つ変わらず、ビール造りにそこまでの未練はないようだった。
当初は屋敷の中で、三食麦粥を食べる地獄のような一歩目から二人三脚で始めたお酒造り。
立場も規模も変わっているが、二人ともその初志はまったく変わっていない。
「よし、そうしたらエッカにはこれから私と一緒に蒸留酒を造ってもらうわ!」
「はいっ、もちろんです!」
『試飲は僕も参加するよ!』
『うむ、もちろん我も参加するのである!』
「うわっ!? ひ、火の鳥ッ!?」
なおエッカにはスザクのことは言っていなかったので、初めて会ってものすごくびっくりしていた模様。
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