蒸留器
こうして父からの許可をしっかりと得たアナスタジアは、スザクの背に乗って再度ドワーフ達の集落へと赴くことにした。
ただ造るだけならばこの集落であっても可能ではあるらしいのだが、使い勝手をフィードバックして微調整をしたり、後々のメンテナンスを行うことを考えれば、彼らにはなるべく近くに居てもらった方がいい。
というわけで彼らには出稼ぎとしての雇用という形態を取らせてもらうことにする。
距離は歩いて二十日ほどということなので、そこまで遠くはないが決して近くもない。
そこまで遠出をしてもらうのだからということで、給料の支払いは、アナスタジアが隔週で行って亜空間からの物納という形で行うことにした。
働くドワーフ達は浴びるほどの酒と酒に合うご飯があればそれでいいそうだ。
「ふっふっふ……どんな酒ができるのか、今から楽しみだ」
やってくる一団の中には、驚くことにリーダーであるバルボアの姿もあった。
どうやらこの『ニブル酒造』での酒造りは皆がこぞって希望したらしく、最終的には手押し相撲の上位七人が雇われることに決まったという。
加工の腕とかじゃなくてガチの腕っ節で大丈夫なのかな……とは思ったが、さすがに参加者はしっかりと腕のある者達だけと聞き一安心するアナスタジアであった。
ということでバルボアを始めとしたドワーフ達七人ほどを『ニブル酒造』の従業員として雇用することになった。
「リーダーがいなくて大丈夫なんですか?」
「ああ、問題ない。俺がリーダーなのは純粋に俺が造った武器が一番外貨が稼げるからに過ぎないからな。集落を運営する能力は、副リーダーのザルツの方が上だ。
当然のようにそう口にするバルボアを見て、プロフェッショナルだ……とアナスタジアはちょっと興奮してしまう。
腕の良さだけで集落のトップを努めあげる男の横顔は、体型がずんぐりむっくりで顔が髭もじゃでもなぜか格好よく見えた。
彼らの受け入れ体制を整えてからしばらくすると道中から使えるように用立てておいたた馬車に乗ったドワーフ達がやってくる。
街にやってきた日は当然のごとく酒宴を行い、そして次の日から早速蒸留器を造っていくこととなった。
「まずは、来てくれてありがとうバルボア。私と組むようになったこと、後悔はさせないわ」
「ああ、せいぜい期待させてもらおう」
急ピッチで設備の設置が進められあちこちから作業音が聞こえてくる『ニブル酒造』の一室。
機密性の高い話をする時に使う執務室に腰掛けたアナスタジアは、自身とバルボアの間にあるテーブルの上に一枚の紙を乗せた。
「一応最後の確認だけど、これを知ったらあなたはもうただの腕の良い職人ってだけじゃいられなくなるわ。それでも問題はない?」
「ああ、酒のためならなんでもするのが、わしらドワーフだ。心配せずとも、拷問を受けようが機密は喋らない」
何度か酒を酌み交わす中でわかったのだが、ドワーフは基本的に豪放磊落で細かいことは気しないが、信義に厚い男達ばかりだった。
バルボアの言葉も誇張でもなんでもなく、きっと彼は本当に拷問を受けても蒸留器のことは何一つ話さないだろう。
そんな彼らを組む相手として選ぶのは間違っていなかった……そう改めて思いながら、ぺらりと手元の紙をめくる。
そこに記されていたのは、キセルをひっくり返して地面にくっつけたような形をした不格好な円錐。
ここに描かれているものこそがアナスタジアが求めてやまない蒸留器……単式蒸留器であるポットスチルである。
「ほう、これは……」
「まず造ってもらおうと思っている蒸留器です」
焼酎はアナスタジアが住んでいた日本において、いくつかの種類に分かれていた。
あまり焼酎に馴染みのない人間であっても、焼酎には甲類と乙類の二種類があることを知っている人は多いだろう。
簡単に言えば甲類はクリアで雑味のない味、乙類は使った素材の風味を残した味をしている。
日本において3Mなどと言われてプレミア価格が付いていた高級焼酎は、全て乙類である。
そしてこの乙類の焼酎を造るために必要なのが、単式蒸留器、いわゆるポットスチルなのだ。
「なんだこれは……煙突、にしては妙な形をしている気がするが……」
「仕組みは煙突などと一緒です。まずこの下の部分にもろみを入れます。そして蒸留器の下部をこう、加熱することで水とアルコールを蒸発させるんです。そうすることでアルコール成分だけを分離させるための器具ですね」
「それだと水とアルコールが一緒に抜けるのではないか?」
「水とアルコールでは沸点が違いますので、それを利用する形ですね」
「フッテン?」
沸点、つまりは液体が沸騰する温度。
小学生の理科で習うが、水の沸点は100℃。
そして焼酎の主成分であるエタノールの沸点は約78℃。
蒸留器とはこの沸点の差を利用することで、アルコールだけを気化させて取り出すことを目的とした器具である。
「ふむ、なるほど。アルコールを熱して蒸発させるのか……」
「はい、この蒸留器の先に続いている冷却器を使って、上がったアルコールを冷却。再度液化させることで、アルコールだけを狙って抽出することができるんです」
「……聞いてみると実に単純だな。なぜ思いつけなかったのか不思議なくらいだ。畜生、これを思いついてさえいればもっと強い酒が飲めたのか……っ!!」
大金持ちになるとかではなく、強い酒が飲めたとアイデアが出なかったことを悔しがっているバルボアを見て、アナスタジアが笑う。
実際のところ自分もアイデアを閃いたわけではなく前世の知識を使っているだけなので、反応に困ってしまうところであった。
「この蒸留器とやらの先に続いている管はなんなのだ?」
「これはラインアームと言いまして、冷却管と繋ぐための管ですね。この形によって、造られるお酒の味が変わるんですよ」
「ほう……味が?」
「ええ、ちなみにこの蒸留器もその形状によって味が変わります。今はこの円錐型で指定を出していますが、ゆくゆくは様々な形で出していろいろな味を楽しみたいですね」
「そいつは素晴らしいな!」
蒸留酒は小さな違いを楽しむお酒だ。
そして味の違いが出る要員は、もろみに使う素材だけではない。
ポットスチルの形や冷却器と繋ぐラインアーム、これらの形が一つ違うだけで味が大きく変わるのだ。
今回アナスタジアが指定したポットスチルの形状は、下のあたりで小さなくびれを一つ作った、バルジ型と呼ばれるものである。
ラインアームは角度が高ければ高いほどアルコールの蒸気が上がりにくくなるため、上に上がりきれなかった液体が下へと戻っていく。
そのため角度が高いと酒質がクリアで雑味が消え、角度がゆるやかであれば素材の味を残しやすい。
もちろんアナスタジアが頼んだのは勾配が緩やかな方である。
彼女はクリアな味わいよりも、特有のクセを持っているお酒が大好きなのだ。
無論、好きな焼酎は芋である。
(期待を持たせたくないからまだ言ってないけど、これを一個作ればいろんな蒸留酒が作れるはず)
今回作成を頼んだ蒸留器は、比較的簡単に造れる焼酎造りを作ったそのまま他の蒸留酒……中でも特にアナスタジアが好きで、かつニブルヘイム公爵領の特産品となる可能性が高そうなウイスキー造りに転用できる形をチョイスしている。
ニブルヘイム公爵領は全体的に寒冷であり、主に取れる農作物は大麦。
気候帯がスコットランドに似ていることから考えるに、ウイスキーの長期熟成に向いているはずなのだ。
焼酎やウオッカなどと違い、ウイスキーは熟成によって美味さや深み・コクを上げていくことができる。
お酒自体の価値を上げることができればその原料の評価も否応なく上がり、自分達の領地をを大麦しか出せない田舎などと馬鹿にされることは二度となくなるはずだ。
「というわけでこれが蒸留器です。製作はできそうでしょうか?」
「ふむ、たしかにある程度気合いを入れる必要はあるだろうが、できんことはないだろう」
「はい、可能な限りこの形状で造っていただきたいです」
「素材は……銅か。合金を使えば腐蝕を押さえつつ、長持ちさせることもできるはずと思うが?」
「これも味のためですね。蒸留器の耐用年数より味の方が大事ですから」
「また味、か……こだわりが強いな。いや、実に素晴らしい」
前世において、基本的にポットスチルに使われる金属の素材は銅だった。
ステンレスが使われることもあったが、それだと蒸留によって生じてしまうネガティブな味……オフフレーバーが発生してしまう可能性があるためだ。
そして銅から発される銅イオンには、このオフフレーバーを除くことができる効果がある。
「酒の味が決まる道具を作るのは生まれて初めてだ……こりゃあ、腕が鳴るな」
「よろしくお願いしますね、バルボアさん」
「ああ、任せておけ」
こうしてドワーフ達による蒸留器造りが開始される。
その間にアナスタジアはこの第二醸造所でも『ジーニーエール』と『スピリットラガー』を作るべく、奮闘し始めるのであった――。
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