飲み友達
一刻も早く蒸留酒をという気持ちが逸り、スザクの姿を見られたら騒がれることを完全に失念してしまっていた。
ただもう一度聖女騒ぎの時に見せてしまっているし、二度も三度も変わらないだろう。
ということでアナスタジアは、せっかくだしこの機会に全てを父に打ち明けてしまうことにした。
乗って帰ってきたスザクのことや彼を呼び出した召喚術のこと、そしてクロノスと契約をして時空魔法の使い手になったこと、八属性魔法全てが使えるようになっていること、そして魔王が飲み友達になっていること……それら一つ一つに、公爵は面白いように反応していた。
お父様がこれほど動揺する姿を見せることはないのでなんだか新鮮ね、とアナスタジアの方は肩の荷が下りてすっきり。
けれどいきなりとんでもない重量級の爆弾を抱えさせられた公爵の方は、もはや疲れ切って俯いた顔に手を当て、首を左右に振るだけだった。
『どうもお父さん、お嬢さんの面倒見をしているクロノスです』
「アナスタジア……本当に、大精霊と……」
ふよふよと宙に浮いているクロノス。
光彩に移る時計の針と淡く光る身体はどこか幻想的で、その身体から噴き出す魔力はこの小さな身体のどこにそれほどのものがと思うほどに圧倒的。
「精霊と契約をしているというだけでもあり得ないことだが……まさか大精霊と……」
歴戦のニブルヘイム公爵をして思わず額に汗を掻くほどのプレッシャーから、目の前の存在がただの精霊ではないことは一目でわかる。
これほどの存在が敵ではなくアナスタジアの味方で居てくれる事実に、公爵は感謝したい気分であった。
『お嬢さんにはいつも美味しいお酒を飲ませてもらっていますよ』
「……酒の力で大精霊と契約ができるのか……」
父が小さく呟き、たしかにとアナスタジアも頷く。
精霊と契約をしたい者は多いという話はよく聞くが、彼らは皆精霊に自分の力や思いを診せて認めてもらう形で契約を行う。
造っているお酒が美味しそうだからという理由だけで契約ができてしまったのは、世界広しといえどアナスタジアだけだろう。
もしそうでないのであれば、今頃世界は酒造業界によって牛耳られているはずだ。
「そして霊獣スザクか……聞いたこともないが、フェニックスなどとは格が違うのはわかる」
公爵は視線をズラし、部屋の中に入ってきている霊獣スザクのことをジッと見つめていた。
メラメラと炎が燃えているにもかかわらず、室内の体温はまったく上がっていない。
そして目の前の魔物にはたしかな知性があることは、その理知的な瞳を見れば明らかだった。
『うむ、よろしく頼む。主に屋敷の警備などをする予定である』
「これほどの召喚獣を……屋敷の警備に……?」
お前は何をやっているんだという顔で見られて、アナスタジアは恥ずかしそうに後頭部を掻いた。
まさか魔王の置き核弾頭をなんとかするために、特に目的もなく呼び出したと言えるはずもない。
ただ親子の阿吽の呼吸でどうやらアナスタジアが大層な目的なくスザクを召喚したことはわかったらしく、公爵ははぁと大きなため息を一つ吐き出す。
常に落ち着いている彼にしては珍しく立ち上がり遠い目をしながら窓の外を見つめると……
「そして気付いたら、魔王と飲み友達になっていたと……」
この一瞬で五歳は老け込んだような気がする父の言葉に、アナスタジアは申し訳なさを感じつつ頷いた。
実際あのまま魔王を野放しにしていた方が大変なことになりかねなかったので、自分の判断は間違ってはいなかったと思う。
「なんやかんやいいやつよ、お父様も一度一緒に飲んでみらどうかしら?」
「……ダメだ、アナスタジアといると自分の常識がガラガラと崩れ去っていくのを感じるよ」
『わかります、お父様も大変ですね』
クロノスが父に同情している様子を見ていると、なんだかアナスタジアとしては釈然としないものがある。
あなたもその一因なんだけどと目線を向けると、クロノスは素知らぬ顔をしながら両腕を頭の後ろに組んで空に浮かんでいた。
「聖女の伝説の話は、既に私の耳にも入っている。まさかそれが私の娘だとは、さすがに想像していなかったがな……」
「なんかすみません……」
もはやアナスタジアにできることは頭を下げることだけであった。
ひとしきり謝ってから、真面目な話に移る。
「というわけで私としては聖女として祭り上げられるのはまっぴらごめんなのですが……このまま何もしなくても、問題はないでしょうか?」
「民衆は常に聖女の出現を待ち望んでいる。しばらくの間は、周囲がうるさいのは我慢する必要があるだろうな……」
公爵としても、今回の一件で何もしないわけにはいかない。
このままではアナスタジアが聖女として国に召し抱えられかねないからだ。
もしそうなった時、クロノスと契約を行い、スザクを召喚し、魔王とも知り合いである彼女の価値は計り知れない。
使い潰される程度ならまだマシで、下手をすれば散々利用されたあげく逆賊として処刑される可能性すら考えられる。
聖女という存在が決して皆から憧れられるというだけの素晴らしいものではないことを、公爵はよく理解していた。
次期国王となる人間に裏切られたアナスタジアに、これ以上国に奉仕をしろなどと言えるわけがない。
故に彼は自身の権力を使い、彼女のことを守るつもりであった。
「となれば身代わりでも用意するか、あるいは話が沈静化するまで待つかだが……」
「あ、それでしたら私、一人聖女候補の人間に心当たりがありますわ」
聖女になることだけはまっぴらごめんなアナスタジアは、容赦なく彼女をスケープゴートにすることにした。
(自分もひどい仕打ちをされたのだから、これくらいのことは許してくれるわよね?)
学院の頃に何度か会話をした程度ではあるカーシャの顔をおぼろげに思い出しながら、アナスタジアはふふふと笑う。
どうせ大抵のルートでは聖女になるんだし、遅かれ早かれよね。
それなら私に火の粉が降り注ぐより早く、なんとかしてもらいましょう。
「……何だと?」
公爵としてもまさかそんなことを言われるとは思っていなかったので、驚きを隠せなかった。
聖女とは言わずもがな、王国にとって非常に重要な存在だ。
なぜアナスタジアがそれを知っているのははなはだ疑問だが、これほどいろいろと出てきた後であればその程度のことはもはや気にならない。
よもや聖女候補とも飲み友達なのでは……と思っていた公爵は、アナスタジアの口から出た名前を聞いて愕然とする。
「カーシャですわ」
「……なるほどな」
なぜ王太子が、わざわざアナスタジアとの結婚を破談にしたのか。
彼もまたカーシャのことを聖女候補だと見抜いており、それを青田買いしていたのだとすれば……彼の馬鹿げた行動にも一応の理屈はつけられる。
無論もっとマシなやり方はいくらでもあったはずなので、父である公爵からすれば斟酌する理由にはまったくならないが。
「であれば話は簡単だ。聖女の名前はカーシャということにして、お前がやったという魔物の討伐も全部カーシャがやったことにすればいい」
「……そんな無茶が通るのかしら?」
「あの王太子は何が何でもカーシャと結婚しようと躍起になっているらしい。実際にやっていなかろうが、多分すぐにでも飛びつくだろう」
自分もアナスタジアも聖女の座に興味などない。
であればそれが必要な人間の下へ渡してやるのが一番平和に収まるだろう。
ということでこないだのサイクロプス騒ぎを解決したのはカーシャであり、聖女の名前もカーシャということにしておこうという指針が決まる。
後はカーシャに実際に聖女になってもらえば安泰だ。
聖女が火の鳥に乗っていたという噂は……カーシャに実際にフェニックスでも召喚してもらえばいいだろう。
逆ハールートに入っているカーシャは既に、召喚術士のヒーローであるライナスとも恋仲になっているはずだ。
こうして見事なスケープゴートを手に入れたアナスタジアは、改めて後顧の憂いなく酒造りに専念できることを喜ぶのであった……。




