一難去って
「エッカ、彼らに手を出しちゃだめよ。悪い子達じゃないから」
「アナスタジア様、彼らが何かわかるんですか?」
こくりと頷きながら、アナスタジアはエッカに彼らの正体を告げる。
「彼らは……精霊よ」
「精霊……俺、初めて見ましたよ」
精霊とは『プリンセス・アラモード』において絶大な力を持つ、コンシューマー版から新たに追加された要素である。
『プリアラ』は乙女ゲーでありながらRPGとシミュレーションゲームの要素を兼ね備えていた。
そのため各キャラクターにはレベルの概念があり、戦闘要素も多い。
乙女ゲーなので粗も多いが、ヒーローのうちの何人かを選んだ場合は、一緒にラスボスとなる魔王を倒してゲームクリアとなる。
攻略を行うためにはしっかりとキャラを育てる必要があるが、そういうことはいいので普通に恋愛RPGだけを楽しみたい。
そんな顧客のニーズに応えるために用意されたのが、コンシューマー版で新たに追加された難易度EASYと、そこに出現する精霊であった。
精霊は気まぐれで移り気だが、契約を交わすことができると契約者に対して絶大な力を与えてくれる。
精霊と契約すればそれだけでストーリーがポンポンと進められるようになる、ある種のお助けキャラのような存在だった。
(実体化してこちらが視認できてるってことは……彼らは中位精霊よね? いきなり現れるはずがないんだけど……)
精霊にはランクがあり、低位・中位・高位の三つに分かれている。
高位の中でも強力な精霊は別に大精霊と呼ばれており、彼らは魔王と伍すると言われるほどに強力な力を持っている。
ちなみに大精霊と人間との契約は不可能と言われていたが、『プリアラ』ではカーシャは普通に契約ができる。
彼女はまごう事なきチート主人公なのだ。
「どうするんですか?」
「どうするって言われてもねぇ……」
魔法学院を次席で成績で卒業したアナスタジアは、ある程度魔法戦闘もできる。
だが実戦経験はほぼゼロなので、中位精霊と戦闘になればまず敵うはずがない。
ちなみにアナスタジアが次席なのは、主席の座をサハラを立てて彼に譲ったからだ。
思い返してみると『プリアラ』なら首席はカーシャだったはずなのだが、カーシャの成績はトップ10前後に収まっていたことが多かったように思う。
そのあたりは微妙にゲームとの差異があるのだろうか。
「とりあえず、したいようにさせてあげましょうか!」
そもそも戦うつもりなどまるでないアナスタジアは、樽を開くと小ぶりなコップにビールを注ぎ、興味深げに自分のことを見ている精霊達へと差し出す。
彼らがビールに興味津々なのは、その素振りを見れば明らかだった。
「どうぞ、飲んでみる?」
『飲む!』
『汚くない! 汚くない!』
おそらく他のエールのように濁ってない、ということが言いたいのだろう。
初回限定版に封入されていた設定資料集の欄を思い出しながら、アナスタジアは目の前の精霊達をジッと見つめた。
(精霊は綺麗な物や珍しい物が好きで、好奇心旺盛……だったわよね)
精霊は決して悪い存在ではないので、基本的に友好的に接していれば何も問題はない。
改めてそれがわかったことで、ホッと安堵の息を吐く。
彼女の隣にいるエッカはというと、精霊がビールを飲んでいる様子を見て目が点になっていた。
コップは彼らの身体と比較するとかなり大きめだが、精霊達はそれを気にした様子もなく巨大なコップを逆さにしてエールをぐびぐびと飲んでいる。
精霊って普通にお酒飲めるのね……とアナスタジアが生物学的な神秘に駆られているうちに、彼らはあっという間にエールを飲み干してしまう。
『おいしい!』
『人にしては上出来!』
「あ、ありがとう……でいいのかしら?」
『多分褒められてるのよね……?』と精霊特有の表現に戸惑っていると、彼らはぐいっとコップを前に出した。
『おかわり!』
『もう一杯!』
「はいはい大丈夫よ、おかわりはいくらでもあるからね」
「ア、アナスタジア様が普通に精霊と会話をしている……俺は夢でも見てるのか……?」
どうやらこの世界では精霊とはおとぎ話に出てくるような伝説の存在らしく、さっきからエッカの様子がおかしい。
精霊達はかなりビールを気に入ってくれたらしくその小さな身体のどこに入るんだろうというくらい何度もおかわりをしはじめる。
そしてとうとうコップでは物足りなくなったらしく、最終的にはアナスタジアが自分達用に用意していたジョッキを使い、グビグビと一気飲みをし始めた。
樽の三分の一ほどのビールを飲み終えると、大量にビールを飲んで即席ビールっ腹になった精霊達が満足げにお腹をさすってる。
『美味しかった~』
『たしかな満足』
さっきまでよりも動きがゆるやかになっている精霊達達は、どうやら酔っ払っているようで顔が少し赤くなっていた。
『じゃあね~』
『また来るよ』
どうやら好きなだけ飲んで満足したらしく、精霊達が手を振ったかと思うと一瞬で姿が消える。
「き、消えたッ!?」
「今のは……魔法、なのかしら? 高度すぎてよくわからなかったわ……」
そして後には、アナスタジア達とずいぶんと目減りしたビールだけが残った。
また来ると言っていたが、このペースで飲まれ続けると生産が追いつかないかもしれない。
次に来た時は、一人二杯までと制限を付けることにしようと決めるアナスタジアであった。
「それにしても、一体なんだったのかしらね……」
「わかりません……でも、精霊にも認められた美酒ってことですよね!」
「……そうね、せっかくこんなにたくさん飲まれたんだもの。精霊印のビール、なんて風に売り出してもいいかもしれないわ」
せっかくこんなに飲まれたのだからそれすらも利用してやろう。
アナスタジアの商魂はたくましかった。
「結構飲まれちゃったから、また頑張って造らないとね。精霊のせいで中断されちゃったけど……とりあえず残った分は私達で飲むとして、二樽は売りに出してみましょうか」
「そうですね」
嵐のような精霊達がいなくなり、落ち着くアナスタジア達。
なんだか疲れたのでゆっくりお酒でも飲んで今日は終わりにしようと考えていると、ノックと共に公爵家の使用人がこちらにやってくる。
「大変ですアナスタジア様、公爵様の先触れが!」
どうやらもう婚約破棄の話を聞きつけて父がやってきたらしい。
あと二日後には王都に到着するとのことだった。
「……もうお父様ったら本当にせっかちなんだから」
「公爵閣下、ですか……怒ってらっしゃるんですかね?」
既に自分の身の上話を聞いているエッカが、心配そうな顔をしてこちらを見る。
だがアナスタジアとしては何一つ不安はなかった。
「お父様に公式に酒造業を認めてもらえるチャンスが来たわね! これで一気に話が早く進むわ!」
「ポ、ポジティブですね……俺も見習わなくっちゃ」
さて、今後の身の振り方について考えなくっちゃ。
アナスタジアはどうすれば父を説得できるかを考えつつ、精霊との間接キスは嫌だということで、水魔法で洗ったジョッキへビールを注ぐのであった……。




