闖入者
ひとまずエール造りができることがわかった段階で、アナスタジアはエールの増産に移ることにした。
ラガー造りに移りたいのはやまやまだが、せっかくの酒税の免除を活かすためには、酒を使ってしっかりお金儲けもしておく必要がある。
「よし、そうしたらまずはエールをある程度生産していきましょうか!」
「了解っす。昨日作り方は見てましたんで、俺ができるところはやっていきますね」
なぜか昨日お酒を飲んでから、エッカは今まで気のない返事をしていたのが嘘のようにやる気を出していた。
目がキラキラしながらこちらの指示を待つ彼は、人になついた野犬のようで少し微笑ましい。
やっぱり美味しいお酒を実際に飲めば変わるわよね、とアナスタジアは笑う。
「発酵桶を増やしてくれて助かるわ」
「はい、頑張りました!」
エッカの手には、新たに買ってきたらしい発酵桶が握られている。
どうやら昨日頑張って酒蔵を巡って買ってきたらしく、桶の具合は以前より大分良いものが買えたようだ。
「そしたら私が魔法でできるところはなんとかしていくから、力仕事はお願いしても大丈夫?」
「もちろんです!」
昨日のうちに事前に用意していた材料は使い切ってしまっているので、新たに一からビール造りを進めていく。
「まずは光魔法で浸麦させた大麦を発芽させて……」
製麦された大麦は浸水させて数日ほど待ち発芽を促す必要があるが、光魔法を使えばその時間を大幅に圧縮できる。
細胞分裂の知識や以前理科の授業で見ていた早送りの種子の発芽をイメージしながら使えば、発芽には一分もかからなかった。
「火魔法で乾燥。からの……風魔法で粉砕っと」
発芽をし続けるとそのまま麦が育ってしまうので、乾燥させて発芽を止める。
そして発芽した大麦麦芽を風魔法で砕いて細かな粒へと変えていく。
「アナスタジア様の魔法を見たら、世の中の魔法使い達は腰抜かすんじゃないですかね」
三属性魔法を平気な顔をして無詠唱で使うアナスタジアを見て、エッカは呆れていた。
「そう? そんなことないと思うけど」
アナスタジアは魔法を使って麦の粉砕を行っていく。
そして一度大きく粉砕したら、それを三つの桶にわける。
ざっくり粉砕したり細かく微塵に砕くことはできるのだが、その間の中くらいの大きさにすることは魔法では難しい。
「それじゃあお願いしても良いかしら」
「了解っす。この粒くらいの大きさですね」
昨日の分から残しておいた中くらいの大きさの粒になるように、エッカがすりこぎを使って大麦麦芽を細かく砕いていく。
ここはどうしても力仕事になってしまうので、エッカの力を借りるしかない。
魔法を自在に使えるとはいえ、アナスタジア自体は鍛えていない普通の女性だ。
「ふぅ、こんなもんですね」
「ありがとう、やっぱり男の人が一人いると助かるわね」
「任せて下さい、この程度なら全然余裕ですよ……ていうかむしろこれが普通ですし」
聞いてみると、エッカが働いていた酒蔵では麦を砕く作業自体は全て人力で行っていたらしい。
これはどの酒蔵でも一般的に行われていることだ。
機械化される前の酒造は、わりと力作業の連続である。
麦を砕く作業もそうだが、均一な発芽を行うためには地面に蒔いた麦を定期的にひっくり返したりする必要もあるし、大量の麦汁を運搬しなければならず、樽詰めしたビールはゴロゴロと転がして貯蔵庫まで運ばなければならない。
ほぼ全ての工程を魔法でやっているアナスタジアが、この世界では異常なだけなのである。
「エールだと価格をそこまで上げられないから人力でなんとかする必要があるけど……ラガー造りに成功したら、魔法使いを雇ったり魔道具を使ったりすることも視野に入れた方がいいかもしれないわね」
アナスタジアがラガー造りを目指している一番の理由は、もちろん美味しいからだが、それ以外にもラガーには大きな利点が存在する。
それが技術的な問題さえ解決してしまえば、大量生産が可能であるという点だ。
全ての麦をアナスタジアが発芽して砕くわけにもいかないので、代用可能なものはお酒造りが軌道に乗った段階でガンガン代用していくつもりだ。
規模を大きくしていって量が作れるようになれば、この王国のビール造りを牛耳っている三大酒造に食い込むことも不可能ではないだろう。
まだ見ぬ未来にふふふ……と笑うアナスタジアは、エッカが気落ちしていることに気付く。
すりこぎを手にした彼が、何に萎えたのかまったくわからなかったアナスタジアは……。
「……そうなった場合、俺はお役御免ですか?」
「えっ、そんなわけないわよ!」
少ししょんぼりした様子のエッカに慌てて説明をする。
捨てられた子犬のようになっている彼は、ひょっとすると自分が思っていたより感情表現豊かなのかもしれない。
「せっかく何も実績の無い私のところへ来てきてくれたんだもの。エッカにはきちんといい目を見させてあげるわ」
「アナスタジア様……」
「あなたにはゆくゆくは私が立ち上げる酒造会社の全体統括をやってもらうつもりだからね。そもそもビール造りだけで終わらせるつもりもないしね」
「えっ?」
初耳という顔できょとんとするエッカ。
それを見て、そういえば説明してなかったっけ、とアナスタジアは自分の野望を語ることにした。
「ビールで天下を取って終わりじゃないわよ」
「次はワインってことですか? そしたら俺はまったくの門外漢ですが……」
「うーん、ワインはもう少し先にするつもり。私、このビールのノウハウを使ってまだこの世界にないお酒を造るつもりなのよね」
ニブルヘイム公爵家の特産品は大麦と軍馬。
どちらかと言えば寒冷で、ワインの原料となる葡萄の産地になるほど温かい気候帯ではないため、まずは大麦を使って造れるお酒を集中的に造っていくつもりだ。
最終的には麦焼酎とウイスキーを造り、この世界にまだない蒸留酒の概念を広めていくつもりである。
(やっぱり酎ハイやハイボールも飲みたいものね!)
野望に燃えるアナスタジアの熱意に、エッカが戸惑っていた。
どうやら彼はビール造りを終えたらそれで終わりだと思っていたらしく、まさかそこから先があるとは夢にも思っていなかったらしい。
だがアナスタジアが本気であることがわかったからだろう、彼はぐっと拳を握りながら。
「なんだかすごい大きな話になってきましたが……俺、頑張りますよ」
「私は美味しいお酒を造るためなら一切妥協はしないわ。ついてきなさい、エッカ」
「はいっ!」
こうして二人は再びエール造りを再開させる。
アナスタジアもエッカもやる気になったおかげで、その日のうちに樽二つ分のエールが完成した。
「よし、無事第二陣ができたわね」
「これで三つ目の樽ですね。ある程度作り方もわかってきましたし、そうしたらそろそろ売り込みに行きますか?」
「たしかに、一度酒店に持って行って反応を試しても……」
『美味しそう、美味しそう!』
『ちょーだい、ちょーだい!』
「「――っ!?」」
二人の前に、突如として謎の生き物が現れる。
身体から光を発していて、大きさは人差し指くらい。
半透明をした人型の何かが、樽の周りをぐるぐると回りはじめる。
「な、なんだっ!? ――アナスタジア様、お下がり下さい!」
突如として現れた存在に驚くエッカは、急ぎアナスタジアのことを下がらせようとするが、『プリンセス・アラモード』をやりこんだアナスタジアはその存在がなんなのかを理解していた。
(な、なんで……精霊がここにいるのっ!?)




