カーシャの慟哭
婚約破棄をされたアナスタジアが『ニブル酒造』を順調に経営し、居酒屋を軌道に乗せているのとは対照的に、彼女……『プリンセス・アラモード』の主人公であるカーシャは、なんでこんなに上手くいかないんだと顔を俯かせていた。
その身に纏っているのは、深い夜空を思わせる濃い青のドレス。
御髪は丁寧に整えられて盛られており、楚々とした見た目の印象を逸脱しない範囲で整えられていた。
誰に対しても朗らかな笑みを浮かべにこやかに対応し、職場でもサハラ達からも愛されキャラであるはずの彼女は……まるで人が変わったかのように、一人頭をかきむしりながら、歯噛みしていた。
「ああ、もう……本当に使えないやつらばっかりだわ!」
彼女がドレスを着込んでおめかしをしているのは、これから王太子の婚約者として王宮へと向かうためだ。
サハラは自分の婚約者だからとカーシャのことを週に一度は家に呼ぼうとする。
だが正直なところ、それはカーシャからすればひどく迷惑な話であった。
婚約者といっても、それはサハラが自身で声高に主張しているだけで、父であるシルド三世は未だ認めてくれてはいない。
そのため王宮での居心地は決して良くない。
「ほら、あれが噂の……」
「身分の違いもわからずに……」
宮中の女官達はこちらに聞こえぬように囁いているつもりなのだろうが……
「聞こえてるっつうの!!」
『プリンセス・アラモード』の主人公としてあらゆる感覚や才能に秀でているカーシャには、陰口も全て聞こえてしまっている。
そして肩身が狭い思いをしながら王宮で啜る紅茶のなんとマズいことか!
飲んでいるものは最高級品のはずなのだが、センブリ茶でも飲んでいるように苦く、同じく出された最高級品の焼き菓子もカーシャにはただの小麦の塊にしか思えなかった。
「まさかサハラを攻略してもこんな落とし穴があったなんてね……」
たしかにサハラルートだと、王がサハラとカーシャの結婚を認めるためにはカーシャがある程度の実績を重ねて聖女として認められる必要があった。
だが逆ハーレムルートではそういうのを全部ほっぽって、サハラと結ばれることができたのだ。
だというのになぜ、この世界ではこんなに上手くいかないのだろう。
「時間経過……? いや、そうじゃないわよね。だとしたらやっぱりグッドエンドと同様に聖女になることが目指す? でも聖女として祭り上げられるなんて嫌だし……」
聖女とは、この世界の旗印となるような存在だ。
そして聖女とはこの世界の英雄であるため、一度なってしまえば彼女は終生国のために生きていくことになるだろう。
あれはゲームだったからそういった面倒なイベントは全てカットされていたが、これは紛れもない現実。
一度聖女になってしまえばおそらくとてつもなく面倒な出来事に度々巻き込まれ、カーシャが送りたいような悠々自適な逆ハーレムライフはまったく送れなくなることだろう。
故に彼女は聖女になるつもりなど毛頭無く、そのために必要な在学中のイベントも全て意図的にスルーしている。
彼女はそもそも戦いたくなんてないし、可能であればイケメンに傅かれて何不自由ない生活をしながらだらだらと生きていたいのだ。
だからこそ時間はかかるが全てを手に入れられる、逆ハーレムルートを選んだというのに……。
「となったらやっぱり、語られてないだけで魔王を倒したのかしら? やっぱりそれくらいしか考えられないわよね……」
カーシャは第二の人生では、自分がしたいことだけをすると決めていた。
なのでわりと血なまぐさいところもあるこの『プリンセス・アラモード』の世界で、彼女は戦いとは無縁の生活を送るつもりだったのだ。
戦う必要がないのだから、同じ事を延々と繰り返さなければいけない魔法の実技を真面目にやってこなかった。
聖女として崇められたりしても面倒だから、光魔法の練習をサボった。
誰か一人を選んで他のヒーローが別の女とくっつくのが嫌だったから、全部自分が手に入れられる逆ハールートを選んだ。
ちやほやされたくて、現代知識を活かせるような職場に勤め、新進気鋭の魔道具職人として有名になった。
カーシャは今まで好きなように生きてきた。
頑張るのは面倒なので、サボりながら美味しいところだけいただく。
それは何もかも上手くいっていたのだ……つい最近までは。
一体ケチがついたのはどこからだったのか。
間違いなくサハラの婚約破棄からだろう。
だがカーシャは、ただ散々噛ませ犬として噛み付いて消えていく悪役令嬢アナスタジア・フォン・ニブルヘイムのことなど、既に頭の片隅にも置いていなかった。
負け犬のことなど眼中にない。
どうやら酒を造っているらしいが、婚約破棄されてやけになった女が何かやっているらしいと彼女は冷ややかに見つめていた。
(あの婚約破棄時点で自分がなんらかのフラグを満たしていなかった……やっぱりそう考えるのが妥当よね。セーブとロードができない現実世界だけど……うん、まだやり直しは利くはず)
今回の一件をあくまでもゲーム的に処理するつもりのカーシャは、頭の中で現状を打破して挽回するための攻略チャートを描いていく。
今のカーシャに必要なのは、サハラの父であるシルド三世が認めるほどの名声。
それを得るためには……不本意ながら聖女になるしかない。
「しょうがないけど、魔王倒しに行くしかないかもね。こうなったら、嫌だとか言ってられないし」
『プリンセス・アラモード』の世界では度々起こる戦闘イベントを、カーシャは面倒だからと言う理由で意図的に避けていた。
戦うのが嫌だというのももちろん大きな理由の一つだが、正直ゲーム知識がある自分には必要もないからと高をくくっている部分も大きかった。
なにせ『プリンセス・アラモード』において、自身の能力以外による部分があまりにも大きすぎる。
魔宝石ぶん投げで雑魚敵は一掃できるし、そもそも大精霊と契約さえできてしまえば自分のステータスに関係なく魔王も倒せてしまう。
「『プリアラ』世界で努力を続けるなんて、馬鹿らしいわ」
カーシャ前世でははコンシューマー版を数周しただけだが、それでも『プリアラ』が容易にクリアできるヌルゲーであることを知っている。
この世界に精霊が存在することは確認しているため、難易度がEASYであることも把握済みだ。
精霊が強すぎるため、まともに鍛える必要なんてない。
そうやって全てをサボってきたせいで、カーシャは本来であれば王様から勝ち得ていた評価を得られていないことに、彼女はまだ気付いていない。
たとえ聖女になっていなくとも、ひたむきに頑張って様々な問題を体当たりで解決していれば、在学時代にシルド三世と謁見する機会はいくらでもあった。
この結果を生み出したのは紛れもなく、カーシャの怠惰が原因だ。
(そうなると……うん、そろそろ精霊と契約しにいった方がいいかもしれないわね)
精霊と契約を行っておけば、あとは魔王討伐だろうが国内の内線だろうが、どのルートになってもどうとでもなる。
精霊達は人間同士の愛情を好ましく思っているという設定を知っているカーシャは、ヒーロー達を引き連れて一体の大精霊……断裂属性を持つ大精霊、ディバイドの下へと向かおうという決意を固めるのだった。
――たしかにストーリー上では、カーシャはヒーローと結ばれてから大精霊と出会い、彼らがその愛を認めて契約を行うことができるようになる。
だがこの世界そのものをぬるいゲームの世界だと思い続けているカーシャは、ゲームでは記されていない様々な隠れ要素があることを知らない。
カーシャはまだ知らないのだ。
クロノスが二心を持つ従業員希望者を弾いたように、精霊がその人間の心根を見ることができるということを……。
「そうしたらサハラ達と一緒に行きましょうか……ふふっ、ここ最近の王都は息が詰まるし、良い息抜きになりそうね」
カーシャは王宮でサハラにその話をしようと、足取り軽くチャーターしてもらった馬車へと乗り込む。
大精霊と邂逅することでどのような結果をもたらすのか……彼女はまったく、想像してもいなかった。
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