聖女
冒険者とは、簡単に言えば荒事を伴う何でも屋のことを指している。
手に入れづらい薬草の採取から、街の近くに出没して依頼人達を困らせている魔物達の討伐に至るまで。
金がもらえるのであればどんな犯罪すれすれの行為も行う……というようなアウトロー達ではない。
彼らはあくまでも依頼を受けそれを達成するためのプロフェッショナルだ。
業界を知らぬ新人達であればまた別だが、ある程度高位の冒険者達になれば貴族との折衝なども行うようになり、粗野ではあっても礼節を弁えていなければやっていくことはできない。
「来たぞッ! サイクロプス共だッ!」
見上げるほどの体長を持つBランク魔物のサイクロプス。
強靱な肉体と高いタフネスを持ち、頭を潰されるその瞬間になるまで暴れ回るという凶悪な魔物達だ。
だが冒険者はランクによって分けられ、そのランクは倒せる魔物のランクに比例する。
彼らに対峙するのは、その魔物を屠れるだけの実力を持った冒険者達である。
Bランク冒険者パーティー、『火龍の爪』のリーダーを務めるシグルドは地鳴りのような音を鳴らしながら駆け下りてくるサイクロプスの群れを見て、ぺろりと舌を出す。
「行くぞッ! 確実に一体ずつ狩っていく!」
「「「了解!」」」
楯士であるオルドが一撃を受け止め、そこに魔法使いのダフネが火魔法を放ちサイクロプスの眼球を焼き、シグルドがとどめを刺す。
似たような光景が、あちこちで繰り返されていた。
今回の任務は単独ではなく、複数の冒険者や伯爵家の騎士団までもが参加して行われる大規模なもの。
だが……。
(数が……多すぎるッ!)
当初斥候達によって入っていた報告と比べても、目の前に居るサイクロプス達は明らかに数が多い。
今はまだ冒険者と騎士達が合同で当たっているからなんとかできているからいいが……このままでは、どこかが抜かれれば一気に崩れかねない。
そして自分達がやられればその先にある伯爵領で暮らす者達が、危険に晒されてしまう。
なんとしてでも踏みとどまらねば……そう気張っていたシグルドが再びサイクロプスを屠ったところで、そいつは現れた。
「GURAA……」
周囲に居るサイクロプス達と比べても一回りは大きい、真っ赤な体躯をした個体。
「レッドサイクロプス……」
Aランクモンスター、レッドサイクロプス。
単体で街一つを破壊することができるような、極めて強力な個体だ。
今この場にいる冒険者達は最高でもBランク。
そしてシグルドがざっと見た感じ騎士団の者達に、彼以上の猛者はいなかった。
「まずい、このままじゃ……」
シグルドの懸念は現実となり、のっしのっしと歩いてくるレッドサイクロプスが腕を振るえば全身甲冑を身に纏った騎士達が勢いよく吹き飛んでいき、冒険者達もなすすべなくやられていく。
それを見たサイクロプス達はますます色めきだち、雄叫びをあげながら人間達を蹂躙すべく動き出した。
――万事休す。
このまま為す術なくやられていくしかないのか……と絶望に包まれた、その瞬間だった。
「やっちゃっていいわよ、クロノス」
『本気を出すのは久しぶりだね。うん、それじゃあ遠慮なく……ミニッツオケイジョン』
辺り一面が、虹色の光に包まれる。
自分達の勝利を疑うことなく高笑いしていたサイクロプス達の群れが、一人前に出て人間達を蹴散らしていたレッドサイクロプスが、一瞬にしてその動きを止めた。
否、止まっているのではない。
止まっていると錯覚するほどに、その動きが目に見えて遅くなっているのだ。
『空間断裂』
そしてサイクロプス達の肉体の半ばほどが、一瞬にして消え失せた。
虹色の光が消えたかと思うと、どさりとサイクロプス達の上半身が地面に落ちていく。
倒れた魔物達の中には、あの恐ろしいレッドサイクロプスの姿があった。
「一体……何が起きてるんだ?」
「俺達は……夢でも見てるのか?」
先ほどまで相対していた魔物達が一瞬にしてやられたことに、呆然とするシグルドと『火龍の爪』の面々。
「……皆、上を見てッ!」
「上……っ!?」
魔法使いのダフネの言葉に思わず顔を上げたシグルドは……そこに見えたものに、絶句した。
そこには……火の鳥の上に乗りながら、悠然と立っている一人の女性の姿があった。
キリリとした意志の強そうな瞳に、毅然と胸を張るその身体からあふれ出す魔力。
そして彼女はなぜかドレスを着ており、こちらに向けて下りてきている。
突如として現れた援軍。
……いや、彼女は本当に援軍なのだろうか?
だがあの立ち振る舞いや魔力量から考えるに、あのサイクロプス達をたったの一撃で一網打尽にしたのは間違いなく彼女だろう。
(あの燃えている鳥はフェニックス……いや、それにしては大きすぎるな)
Bランクモンスターであるフェニックスよりも巨大な謎の火の鳥に乗って自分達を助けに来たお嬢様。
わけがわからない。
更にわけがわからないのは、彼女の周囲をくるくると光る人型の生き物が飛び回っていることだ。
「精霊使い……」
精霊、それは冒険者であれば誰もが一度は契約を夢見る存在だ。
だが精霊に出会うことは並大抵のことでは不可能であり、そして契約をすることは更に難しい。
現役の冒険者で精霊と契約を行うことができた人間はいない。
そんな精霊と契約を結び従えた精霊使いが、火の鳥に乗ってこちらに下りてくる。
「負傷者を集めて下さい!」
「おい、急いでやるぞ!」
「お、おうっ!」
彼女の言葉に、気付けばシグルドは従っていた。
他の騎士団の者達も、負傷者を彼女の元へと連れていく。
彼女ならなんとかしてくれる。
なんの根拠もないが、ここにいる者達の心は皆一つになっていた。
あっという間に、怪我人が重傷度合いがひどい順に並べられていく。
彼女は火の鳥から下りると、明らかに虫の息の騎士の一人へと歩いていった。
鎧はひしゃげており、顔は土気色に変色している。
シグルドの見立てでは、そう遠くないうちに死んでしまうだろう。
「……」
だが彼女が手をかざし、騎士の身体が治癒の光に包まれると同時、その傷は一瞬で癒えた。
肋骨などは明らかに数本折れ、内側の臓器を傷つけていたはずだ。
それを、たった一度の光魔法で?
自分が夢を見ているのかと思い頬をつねる。見れば『火龍の爪』のメンバー達も皆頬をつねっていた。
だが、きちんと痛い。これは紛れもない現実なのだ。
「えいっ!」
詠唱を行うこともなく、魔法名を発することもなく、無詠唱によって放たれた光の帯が怪我人達をまとめて包み込み、一息に回復させていく。
息が乱れていた者は安らかな寝息を立て、痛みに涙を流していたものは患部から痛みが消え笑みを浮かべる。
「皆様、大丈夫ですか?」
彼女が柏手を打つと治癒の光は更に広がり、ここにいる全員を包み込んでいく。
シグルドの身体も光に包まれ、サイクロプスとの攻防によってついた擦り傷が癒えていく。
「おお、神よ!」
「聖女様……聖女様だ!」
「え……ええっ!?」
何が起こったのかを完全に理解している者は少ないだろう。
だがここにいる誰もが、自分達の危機は去り、彼女によって助けられたということはわかっていた。
皆が彼女の下へ殺到しようとすると、なぜか彼女は驚いた様子で視線を左右に見渡していた。
「聖女様……」
ぽつりとシグルドが呟き、慌てた様子で火の鳥へ乗り込もうとする一人の女性のことをジッと見つめていた。
あの火の鳥は間違いなく、フェニックスのような魔物ではない。
その瞳には知性の色があり、そしてその身体からあふれ出す炎はあまりにも清らかで神聖なものだった。
そのような生き物を従え、精霊と契約する癒やし手に、伝説の一説を想起しないものはいないだろう。
この世界には時折、聖女と呼ばれる存在が現れる。
人類が危機に陥った時に現れるという聖女は人を癒やす力と、魔物を誅する力の二つを持ち、世界の危機を救うという。
そしてそんな伝説と今シグルド達が見た光景は、あまりにも似通いすぎていた。
ここ最近、王国では魔物達の被害が増えているという。
国民達が抱く不安は日増しに強くなっており、シグルドもまた忸怩たる思いを抱えていた。
だが気付けば彼の胸のうちにあった不安はなくなっていた。
彼女が……聖女様がこの世界にいれば、世界の危機などなんともない。
そう思わせる何かが、彼女にはあったのだ。
「「「聖女様、万歳!」」」
気付けばシグルドは、周りの者達と一緒に声を上げていた。
聖女が火の鳥に乗って飛び上がり、悠然と雲の中へと消えていく。
こうしてヴェンギル伯爵領を襲った魔物騒ぎは無事終結し……この世界に聖女が降り立ったという噂が、王国北部ではまことしやかに広がるのであった……。
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