問題発生
王都を抜ければすぐにニブルヘイム公爵領……と、旅はそんな単純なものではない。
当然ながらその道中にはいくつかの貴族領を通過するし、そこではしっかりと公爵令嬢としての役目を果たす必要があった。
つまりは彼らの歓待を受けるための、社交の場への出席である。
そういった場での立ち回りは正直好きではないが、得意ではある。
好きか得意かの四象限分類なら、好きではないが得意の第三象限に入るだろう。
ただ社交界に出て時間を費やすのは時間がもったいないと感じたので、アナスタジアは旅路をただの移動ではなく、交易路の拡大と考えて交渉に挑むという目標を立てて動くことにした。
現在まで公爵領は、武力に秀でたニブルヘイムと政治力に秀でたバロニア王家の結びつきを強め権勢を振るえるよう、国王シルド三世が治めている領土である天領との交易量を意図的に増やしてきた。
だが婚約が破棄された現在、それを律儀に守る必要はない。
天領から物資は多少割高だろうが買い入れていたが、もはやそのように忖度する必要はないのである。
故にアナスタジアは王都から公爵領に至るまでの道中で通る各貴族家の領地と、小麦やオリーブ、葡萄などの必要物資の交易を彼らと行うための筋道をつけておくことにした。
必要なものはより近場で取引した方がいい。
天領よりも距離が近ければ、その分輸送コストを押さえることができるため、商品価格としては多少割高でも最終的な価格は安くなる。
この世界における主な移動手段は馬車になるが、馬はその飼料の量がとても多い。
馬車は前世で言うのならものすごいガソリンの燃費が悪い外車のようなものなので、馬が使う距離が短いだけでもかかるコストがずいぶんと違うのだ。
もちろん事前に父からある程度の裁可は得ているため、アナスタジアは歓迎のパーティーに参加しながら夫人経由で貴族家の当主と直にやりとりを交わさせてもらった。
その時には当然ながら彼女の強みである『ジーニーエール』と『スピリットラガー』が大活躍したことは言うまでもない。
そして無論、アナスタジアはただニブルヘイム公爵領のために動いているわけではない。
「はぁ、小麦とコーン……それにライ麦にサツマイモですか」
「ええ、色々なお酒が造れないか試行錯誤中でして……」
次なるお酒の作成のために必要な素材の交易も、しっかりと確保しておく。
最終的に得られる損益を考えて差し引きでプラスになる程度に、公爵家から穀物や芋類の購入をしてもらう形にした。
これで商品開発に時間がかかっても『ニブル酒造』がすぐに傾くことはないだろう。
甘えられるところは父に甘えられるあたり、アナスタジアはちゃっかりとしていて抜け目のない女性であった。
「もちろん新たな酒の開発に成功した暁には、優先的な購買権をつけますよ」
「なんと、そういうことでしたらぜひ我が領と契約を!」
『ニブル酒造』の名は既に地方にも轟いており、新商品をちらつかせれば契約をすることは簡単だった。
アナスタジアとしては結構ふっかけたつもりだったのだが、問題なく契約が結べてしまった。
つまりはそれだけ、『ニブル酒造』への期待感が高いということなのだろう。
自身のことを婚約破棄された公爵令嬢ではなく『ニブル酒造』と『馬公爵』の二つを切り盛りする辣腕の女性とみてくれることは、素直に嬉しかった。
バツイチで有名みたいな感じでいやだったので、一刻も早く汚名を返上したいと思っていたのだから。
そんな風に社交を絡め、ややゆっくりとした足取りで北上していくこと半月ほど。
ニブルヘイム公爵領と隣接しているヴェンギル伯爵家にて、問題は起こった。
「魔物による通行止め……ですか?」
「ええ、誠に申し訳ないのですが……」
ヴェンギル伯爵は初老にさしかかろうかという年齢をした、小柄な男性だった。
公爵家の令嬢ではあるが爵位のない自分に対しても決して居丈高に接しようとしない、しっかりとした印象の男性である。
そんな彼が説明するところによると、どうも伯爵領の北部、ちょうど公爵領へ向かう道中の辺りに魔物が出現してしまっているのだという。
「現在冒険者達と共同で、騎士団が作戦を遂行しております。山狩りを行う必要もありますので、半月ほどお時間をいただければ安全に公爵領へお送りすることができるかと……」
「半月、ですか……」
『長いねぇ』
『うむ、長過ぎであるな』
脳内で話しかけてくるクロノス達の声に、内心で頷いてしまうアナスタジア。
正直なところ、半月もの間馬車旅をしていてかなり疲れが溜まっている。
彼女としても一刻もはやく故郷で楽になりたいという気持ちは、非常に強かった。
「出てくる魔物の種類は判明しているのでしょうか?」
「サイクロプスの群れですな。おそらく上位種に率いられているものと思います」
サイクロプスというのは、見上げるほどの巨体を持つ単眼の魔物だ。
単体でBランクの強さがあり、その群れを率いる上位種ともなればAランクには届くだろう。
サイクロプス自体は知能がかなり低い可能性なので、魔王の配下というわけでもないだろう。
(うーん……面倒だし、ちゃっちゃか倒して先に進むのがいいんじゃないかしら?)
『僕は賛成だよ』
『我もだ、脳足りん共に足止めを食らうのは霊獣としては我慢できぬ』
クロノス達の力を見せてしまうことにはなるが、王都から出る際に精霊達が飛び回っていたので、自分と精霊の関わりがあることは既にバレてしまった。
であればもはや自嘲する必要もないだろう。
連日連夜の社交と移動で少しハイになっているアナスタジアは、持っていた扇子で口元を隠しながら告げた。
「わかりました。そういうことでしたら……私がその群れを、蹴散らして参りますわ」
「は……え……?」
何を言われたか理解ができないという様子で、ヴェンギル伯爵は首を傾げていた。
もう一度同じ説明をすると、口をあんぐりと開いて言葉を失ってしまう。
「心配する必要はございませんわ。私はこれでも……ニブルヘイム家の娘でしてよ?」
高笑いするアナスタジアを見た伯爵は隣接するニブルヘイムの兵士達の精強っぷりを思いだし確かにと思うも、いやいやアナスタジアが武闘派なんて話は聞いたことがないと慌てて止めに入る。
が、もはやハイになっているアナスタジアの耳には忠告の言葉など耳には入らないのであった……。
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