召喚魔法
彼からすれば感謝のつもりなのかもしれないし魔宝石に自分の魔力を入れただけなのかもしれないが、彼はそもそも『プリンセス・アラモード』における最強の魔物だった。
角煮をつまみにビールを飲んでいた姿を見ていたせいでついつい忘れていたが、彼は魔王なのだ。
「え、本当にどうしようかしら。亜空間にしまっても中で爆発されたら全部おじゃんになっちゃうし……クロノス、時の牢獄を使ってこれの時間止められたりしない?」
『こんなくだらないことで必殺技の使用を求められるのは、僕も生まれて初めてだよ』
割れただけで王都が更地とか、あまりにも危険物過ぎる。
ある程度強い衝撃を加えたら割れる大規模破壊兵器とか、持つのも保存するのも怖すぎる。 前にくれた換金できない魔物の素材より、よほど扱いに困ってしまう。
「これって何かに使えないの? それこそ魔道具に使って魔力を完全に抜いたりとか……」
『うーん、魔道具に使ったら間違いなく暴走するだろうね。魔力を吸い出すにしても量が多すぎるから……割って壊すと魔力と衝撃がどう拡散するかわからないから、大規模魔法の行使で使いきっちゃうのが一番いいと思うな。核撃魔法とか、召喚魔法とかで』
核撃魔法とは、『プリアラ』最終盤で使用が可能になる各属性の最強魔法のことを指す。
自分は使えないが、クロノスは多分時空属性の格撃魔法が使えるはずだ。
最悪彼に誰も居ない敷地で、核撃魔法をぶっ放してもらうことは可能とわかり、少しだけホッとするアナスタジアだったが、彼女はクロノスが口にしたもう一つの魔法の方に意識が向いた。
「召喚魔法か……」
召喚魔法というのは、召喚術士と呼ばれる特殊な魔法使いだけが使うことのできる系統外魔法である。
召喚陣を描きそこに魔力を流すことで召喚獣を召喚し、戦わせることができるという魔法だ。
ヒーローの中に召喚術士がいる関係上か、召喚術士はまあまあのぶっ壊れ職業だった。
その強みは魔物が落とす魔石や魔法石の魔力を使うことで自身の魔力の代用ができるところにある。
故にストーリーが進む毎にラインナップが増えていく召喚陣を覚えれば、彼はもうこいつ一人で魔王倒せるんじゃないかなという八面六臂の活躍ができるようになる。
たしかに魔法で魔力を使い切るならどこかに更地を作るより何かを召喚した方がいい気もする。
大きいもふもふとか召喚できたら、愛犬として家に置くのもありかもしれない。
「でも私、召喚陣描けないわよ? それに召喚獣の魔力の補充とかもできないし」
『大丈夫、召喚陣なら僕が描けるし、精霊の僕を経由させればアナスタジアの魔力を召喚獣に渡すこともできるよ』
「へぇ、精霊ってそんなことまでできるのね」
『普通の精霊にはできないかな。まあ僕くらいの大精霊ともなれば、それくらいのことはできるのさ』
『前に流れの術士から手慰みで教わったんだよねぇ』と言いながら、クロノスは鼻歌交じりに居酒屋の裏手にある庭で召喚陣を描き始めた。
さっきまで魔王と一緒にかなり飲んでいたので、時折魔法陣をミスっては書き直したりしていて、非常に不安になってくる。
たしか召喚術士になって熟練度が上がっていかないと召喚陣が読めないから、ただ描けるだけだと意味はないって話だったわよね……とアナスタジアは『プリンセス・アラモード』の設定を思い出していた。
『あ、ちなみに僕が描けるのは一個だけだからあんまり過度な期待はしないでね』
「爆発の危険はないかしら?」
『召喚陣の場合、ミスしても魔力が魔法陣と魔物の間に繋がれるパスにあふれるだけだからね。いくら魔王クラスの魔力量としても、せいぜいがとんでもない光量で目が潰れるくらいだと思うよ』
「それなら……まあ」
大量破壊をまき散らすよりよっぽどマシだろう。
酔いが回りまあいいかの精神が普段より強くなっているアナスタジアは、チェイサーの水を飲んで酔いを覚ましながらクロノスの様子をジッと眺めていた。
さらさらと描いている彼の動きは、酔っているもののほとんど淀みない。
なぜクロノスは召喚陣を使って召喚魔法が使えるんだろうか……とそこまで考えて、アナスタジアはそもそも彼のことをあまり知らないことに気がついた。
せっかくを契約をしているんだし、公爵領に戻ったらもっと彼から話を聞いてもいいかもしれない。
前世を含めて、忙しいことを理由にして何かをやらなくて、後悔しなかったことは一度もなかったから。
「それってクロノスの召喚獣になるの?」
『契約内容上、アナスタジアの召喚獣って扱いになるよ。僕の言うことも聞きはするけどね』
召喚獣には術者や魔石の魔力を使って新たに生み出されるタイプと、魔力に応じる形で現世の魔物を引っ張ってくるタイプの二種類がある。
今回の場合はどうやら後者になるらしい。
ちなみに魔力でその肉体を構成させる必要がない分、後者の方が強い召喚獣が出やすくなる。
クロノスがその小さい身体を躍動させて召喚陣を描き終えたときには、始めてから三十分ほどの時間が経過していた。
自身に時空魔法をかけて高速で描いていたにもかかわらずそれだけの時間をかけたこともあり、『馬美人』の裏庭にはびっしりと埋まるようなかなり大きくて精緻な召喚陣が記されている。
(これ……大丈夫かしら?)
思っていたより大分デカそうな魔法陣に内心冷や汗が流れるが、いい汗掻いたぁと美味しそうにビールを飲んでいるクロノスに今更やっぱなしなどとは言えない。
アナスタジアはビールを飲んでいるクロノスに触発されもう一杯エールを飲むと、
「なんとかなれーっ!」
ええいままよと、勢いをつけて陣の中央に先ほどもらった魔法石を入れた。
すると魔法陣が徐々に輝きを増し始める。
『あ、ちなみに言っておくと、この魔法陣は入れられた魔力に応じた召喚獣を呼び出す形式なんだ。魔王の魔力が籠もってるから、すごいのが出てくると思うよ』
「え、ちょっと、そういうのは早く言ってよっ!」
だが今更言われてももう遅い。
覆水が盆に返らないように魔法陣に込められた魔力も戻ることはなく、魔法陣が宿す輝きが一層強くなっていき、目が開けていられなくなるほどの光量になった。
すわ失敗か、と思ったタイミングで魔法陣から魔力が溢れ出し始め、プシュッと小気味よい音が鳴ったかと思うと、蒸気のような靄が辺りを包み込んだ。
光は収まり目を開くと、そこには……。




