バカ魔王
久しぶりに数日ほどゆっくりと休日を満喫したアナスタジアは、再び自分の身体に活力が漲るのを感じていた。
一流のエリートはしっかりと休息を取るというが、さもありなん。
しっかりと眠りよく食べよく飲んだおかげで、休む前と比べても明らかに頭を巡りが良くなっている。
再び猛烈に働き出したアナスタジアは、『ニブル酒造』の第二醸造所の建設と公爵領引っ越しのための準備を一気に進めていった。
諸々の引き継ぎや雑事なども済ませ、あと二週間もすれば公爵領へ帰れるというほどになっていた。
「なんだか……ちょっと感慨深いわね……」
元々は後の国王となる王太子サハラの側にいるため、そして記憶を取り戻してからはとにかく『ニブル酒造』のビールを皆に広めるための王都滞在だったが……その役割ももう終わったと言っていい。
懐かしの公爵領。
最後に戻ったのは学院に居た頃の夏休みだったので、もう八年近く帰っていないことになる。
故郷に戻ったら、アナスタジアは引きこもってお酒の製作に打ち込むつもりだ。
「ふふふ……帰るのが楽しみ。というか正直、今すぐにでも帰りたいわ」
そう……とうとう彼女は『ジーニーエール』、『スピリットラガー』に続く第三の商品の開発の目処を付けた。
彼女が誰にも見られることがないようしまってある鍵付きの日記帳の中には、その商品を作るためのあるものの設計図が記されている。
現在、第二醸造所の各種資材作成のため……という名目で、ニブルヘイム公爵領であるものを集めてさせてもらっている。
それを使ってあるものを作ってもらえば……『ニブル酒造』の名は更に広がっていくことになるだろう。
無論腕も大事だが、最終的には人となりをみなければいけないため、働くことになる従業員達も含め、アナスタジアが面接を行う予定である。
全てを人任せにせずに自身で行う理由は一つは彼女の生真面目さ故だが、もう一つは彼女と契約したクロノスにあった。
――これが大精霊の眼力ということなのか、クロノスは相対した人間が胸のうちに二心を抱えているかどうかを判別することができる。
この力は非常に有用で、第一醸造所を作る時の従業員採用の際も何人ものスパイやその予備軍を事前に弾くことができた。
クロノスと契約して良かったことランキングでは、これが堂々の一位タイかもしれない。
ちなみにもう一つの一位は、時空魔法が使えて酒造りの工程が色々とショートカットできるようになったことだ。
どっちもクロノスの戦闘能力がまったく関係ない辺りが、アナスタジアが彼と契約ができた理由なのかもしれない。
引き継ぎ書類を重ねて一つのファイルへと纏めていると、彼女の机の上に置かれていた青い魔道具が光る。
どうやらあの食いしんぼがまた来るらしい。
「あと何回食べさせられるかわからないし……今日も作ってあげましょうかね」
魔王には、そう遠くないうちに王都を去ることを告げるべきかしら。
そんな風に考えながら、アナスタジアは『馬美人』へと向かうのだった。
♢♢♢
「ふぅ……食った食った。アナスタジアが作るご飯は相変わらず美味いな」
魔王は相変わらずの健啖家だった。
新メニューの試作としてアナスタジアが作った豚の角煮も、非常に美味そうに食べてくれたので作り手としても大満足である。
「ただ、角煮の方はまだ改良の余地ありね」
『そうかなぁ? 僕はとっても好みだったけど……」
「うむ、俺もだ。豚肉があんなにやわらかくなるとは……』
作ること自体はできるのだが、火の出力を調整して長時間煮込む必要があるため、ここをなんとかしたい。
値段が馬鹿にならないのもそうだが、居酒屋の回転率を考えるとこのように作るのにコストと時間がかかりすぎる料理は採用しづらい。
(見ることなく長時間放置して作れるようにするためにはと……IHとか電気調理器みたいなものとかが作れたらいいわね)
もっとほろほろにするためには圧力調理器とかもあったら便利かな、などと妄想を膨らませていく。
公爵領に戻ったら、公爵家お抱えの魔道具職人とその辺りの話もしておきたいところであった。
「あ、そうだ。実は魔王に一つ話しておきたいことがあって……」
「む、なんだ?」
「実は私、あと二週間くらいで領地に戻るつもりなの。だからお店に来るのはそこまでって感じで……」
「……そうなのか」
魔王が少しだけ悲しそうな顔をする。
別に悪いことをしているわけではないのだが、アナスタジアもなんだか少しだけしゅんとしてしまった。
「ニブルヘイム公爵領では居酒屋は作らないのか?」
「え、『馬公爵』の二号店は公爵領に作る予定だけど……」
「わかった、そうしたら俺も一度公爵領に行こう。一度行けばワープで行き来できるようになるからな」
そっか、そういえばこの魔王はワープ使えるから距離とか関係ないんだった。
しゅんとした私の気持ちを返してほしいと思いながらも、魔王と別れずに済んで喜んでいる自分もいる。
飲み友達との別れはなんやかんやで寂しいものだ。
また公爵領で酒を飲もうと約束したところで、魔王が席から立ち上がる。
「そうだ、俺の方からも一つ言っておくことがある」
「何、どうかしたの?」
「今回は会計をしっかりと済ませようと思ってな。しっかりと換金できるものを用意させてもらった」
「それはありがたいけど……」
「ああ、ここに置いておくぞ。ではな」
「……って、また行っちゃったわ……」
ワープで消えた魔王の姿を見て、アナスタジアはふと思ったことがある。
「ねぇ、そういえばクロノスってワープ使えないの?」
もし使えたら王都と公爵領を行ったり来たりできて非常に便利なのでは……と思ったが、クロノスは申し訳なさそうに首を横に振った。
『うーん、厳しいかなぁ。僕が使えるのってショートワープが限界なんだよね。厳密に言うと長距離の転移は時空魔法じゃなくてあの魔王が使う暗黒魔法の領域なんだ』
「あっ、全然気にしなくて良いわよ! もし使えたら便利だなって思っただけだし!」
よくよく考えてみると、魔王はここに来る時も帰る時も普通にワープを使っている。
ということは魔王に頼めば、ワープで送迎とかもできるのでは……?
これから代金を、ワープ券とかにしてもらおうかしら……と考えていると、キラリと光る宝石が目に付いた。
どうやらこれが今回の代金らしい。
「たしかに宝石なら換金しやすいわ。ようやくあの魔王にも経済観念がついてくれたみたいね」
『……アナスタジア、これただの宝石じゃない。多分だけど魔宝石だよ』
「へぇ~……って、魔宝石!?」
机の上でキラリと輝いているのは、真っ赤な輝きをあちこちに乱反射させている宝石だった。品種はおそらくルビーだろう。
ラウンドカットがされてなお、こぶし大の大きさ……別に宝飾品にさほど興味がないアナスタジアでも、一体どれほどの価値になるのかおそろしくなってしまうほどのサイズ感である。
「これが魔宝石なのね……初めて見たわ」
『あはは、たしかに戦闘を生業にしてないとなかなか見ることはないかもね』
『プリンセス・アラモード』にはいくつかの戦闘用のアイテムが存在している。
その中でもわりと序盤から終盤にかけて活躍することになるのが、この魔宝石である。
魔宝石は魔力の塊のようなものであり、そのまま壊して相手にぶつけるだけでもダメージを与えることが可能。
更にストーリーが終盤になってから手に入るようになる強力な魔宝石などは大規模魔法を発動させるための触媒として使うことができるようになり、そのまま相手に投げて爆発させるだけでもその威力は雑魚的ならワンパンできてしまうほどに高い。
前世の記憶では『プリンセス・アラモード』の動画界隈で、カーシャがレベル1のまま魔宝石を連打して魔王を倒すというものが結構バズっていた記憶がある。
「魔宝石って、たしかある程度ピンキリだったわよね。クロノスはこれがどの程度の魔宝石なのかわかる?」
『プリンセス・アラモード』では蛮族のように敵に投げて爆発させるくらいしか使い道がなかったが、この世界であれば魔宝石は魔石のように使うことができるはず。
大量に魔力が込められているのなら、むしろ優秀なエネルギー源として使えるはず……そう思っていたアナスタジアの思考をフリーズさせたのは、クロノスの言葉だった。
『うん、間違いなく最高級品だね』
「ふぅん……え? 最高級品?」
『いや、最高級品というか……僕もこんなに凄い魔宝石は見たことがないよ。多分価値で言えば前の素材とは比較にもならないから、値段とかつけられないんじゃないかな』
「またタンスの肥やしが増えちゃったわ……」
自分はあの魔王から料金を取り立てることができるのは果たしていつのことになるだろうか……そんなことを考えていると、クロノスからまたしても衝撃発言が飛び出してくる。
『これ、あの魔王の魔力が込められてるよ。このまま叩き割れば、王都全体が更地になるくらいの魔力が入ってるんじゃないかな』
「めちゃくちゃ危険物じゃない! 何くれてんのよあのバカ魔王は!?」
『バカ魔王……』




