居酒屋『馬美人』 2
「名前を聞いてもわからないものがあるから……とりあえず人気があるものを頼めばいいんじゃないかしら?」
「ああ、どんな具合か頼んで利いてみてから、店員におすすめを聞いてもいいしね」
「そうね、料理を出してくれる店員さんに聞けば、間違いはないはずだもの」
二人はまずはこの『馬美人』で人気のトップ3を飾っている、カラアゲ、フライドポテト、そして馬刺しを頼むことにした。
料理が来る間に二人は三杯目のおかわりを頼む。
三杯目はバットは『スピリットラガー』、アリシアは『ジーニーエール』。
アリシアはフルーティーな軽快さが気に入ったようだが、バットはラガーの余韻の大人な苦みが好きだった。
二人が話している間にも、店員達は元気に客の応対をしていた。
時折あの輪唱が聞こえてくるが、最初の方はおっかなびっくりだったもののさすがに慣れて、今ではその中でも平気で話をすることができている。
「見てバット、よく見たら店員さんの胸のところにバッジがついてるわ」
「本当だ。何々……名前がロキシーで、好きなメニューは馬肉入りコロッケ……なるほど、あれを見ただけで名前とおすすめのメニューがわかるようになってるのか。わざわざ聞く必要もないってわけだ」
店員の名前を名札にして服につけるというのは、なかなかに画期的なアイデアだと感心してしまう。
店員がこちらを向けば名前がちらちらと目に入るため、その分顔と名前を紐付けやすくなる。
顔を覚えてもらうのが一番難しい商売において、そこから得られる恩恵は計り知れない。
常に名札をつけるというのは危機管理から危ない気もするが、自身がやっている商店の中ではこの名札制度を採用してもいいかもしれない。
「お二方とも結構なハイペースでお酒を飲まれていらっしゃるので……こちらお水をどうぞ」
「あら、嬉しい」
「もちろんお金を取ったりはしませんので、安心して下さいね」
馬肉入りコロッケがおすすめらしいロキシーが、パチンとウィンクをしながら去っていく。 二人は言われるがままに差し出された水を飲み……そして水もキンキンに冷えていることに驚愕した。
たかが水とはいえ、ここまで冷やされればそれはもはや一つの商品だ。
おそらく最近王都で開発されたという冷蔵庫を使っているのだろう。
余所なら銀貨二枚は取られても仕方がないこの水が、無料で飲めるとは……。
(これが三年待ちと言われている超のつく人気店の理由か……)
灯り一つ取ってもこだわり抜き、名札や冷えたジョッキなどの画期的ないくつものアイデアを惜しげもなく使う。
そして何より店員の気配りが行き届いており、彼女達が楽しそうに働いているおかげで、こちらまで気分が上向いてくる。
ここ最近商談が立て続けに上手くいかず落ち込んでいたアリシアは、この『馬美人』に来てからずっと楽しそうにしている。
「お待たせ致しました、こちらカラアゲとフライドポテトになります。お熱いので気をつけてお召し上がりくださいませ!」
「これは……はふっはふっ、美味い!」
「ジャガイモが外はカリッと、中はホクホクでとっても美味しいわ!」
カラアゲもフライドポテトも、そしてその後に来た馬刺しも目が飛び出るほどに美味しかった。
ここ最近は会食での揚げ物が厳しくなってきていたバットも、そのあまりの美味しさにぺろりと平らげてしまう。
おかわりと頼もうか……と考えたところで、ぶんぶんと首を大きく横に振った。
メニュー表とあの木板にはまだまだたくさんのメニューがある。
その数は優に五十を超えており、到底一度では食べ切れそうにない……。
馬刺しが美味しかったので続いてその馬肉が入っているというコロッケを食べ、一度箸休めでサラダ系でおすすめされたチョレギサラダを食べたら、その間にまた杯が進んでしまった。
「そろそろお腹がいっぱいになってきたな……」
「そうね……すみませんナムルさん、何かおすすめのデザートとかってありますか?」
「デザートですか……それなら私のおすすめはアイスクリームですね」
初めて会話をする店員さんも快く接客をしてくれる。
従業員の教育がしっかりと行き届いて、バット達はこの店に思ってから不満に思ったことが一つもなかった。
「アイスクリーム……?」
「はい、氷菓と言いまして、簡単に言うと冷たいデザートになります」
「冷たいデザートか……ねぇあなた、それにしましょうよ」
冷たいジョッキ、冷たい水、更には冷たいサラダ。
このお店で出てくる冷たいものにはマズイものが一つもなかった。
であればデザートとて、その例外ではないだろう。
「ああ、ではそのアイスクリームとやらを二つくれないか」
「味がバニラ・抹茶・アールグレイとありますがどうしましょうか」
「抹茶か……それなら私はアールグレイにしようかな」
「私はバニラと抹茶が食べてみたいわ……ねぇあなた、頑張って二人で三つ食べない?」
「そうだな、次にいつ来れるかもわからないし……それなら一つずつくれ」
アリシアがおねだりをすることなど、ずいぶん久しぶりのことだった気がする。
以前と比べて現実を見るようになり仕事のパートナーとしても頼りになる妻の久々のわがままだ、聞いてあげなければ男が廃るというもの。
正直もうお腹はパンパンだったが、バットは男の意地で三種類を一つずつ食べることにした。
「お待たせ致しました、こちらアイスクリームになります。右からバニラ・アールグレイ・抹茶になります」
「おぉ、これが……」
丸い球形をしたアイスが、皿の上に三つちょこんとのせられている。
バニラというのは焼き菓子に使うものだが、どちらかといえば香味付けのものというイメージが強い。
それ単体が主役になるアイスクリームとは一体どんなものなのか……彼は添えられていたスプーンでそっと掬い、口に含んだ。
「あ、甘ッ!?」
強烈な甘さと、同時にやってくる冷たさ。
キンキンに冷えたビールに負けるとも劣らぬ冷たさが、舌を刺激する。
ただフルーツを凍らせただけではこうはならない。
やわらかい甘さは間違いなく砂糖で……それ以外の糖蜜のようなややクセのある甘みも感じられる。
それにコクのようなものもあるが、別に美食家というわけではないバットには何が使われているかまではわからなかった。
おそらく単体であれば甘すぎるであろう砂糖をバニラの香味を始めとする様々な構成要素がが良い具合にマスキングしており……甘すぎずくどすぎず、するすると食べることができる。
溶けぬうちに食べようと次はアールグレイのアイスクリームを食べれば、これまた美味い。
アールグレイの渋みが中に入っている牛乳で緩和されており、砂糖たっぷりの紅茶を凍らせて濃縮したような旨味が一気に押し寄せてくる。
「ねぇあなた、こっちの抹茶も美味しいわよ」
「どれ、食べてみるか」
緑茶は正直余り得意ではないのだが、このアイスクリームであれば問題なく食べられるだろう。
その予想は見事的中し、あれほど苦みが強いはずの抹茶が甘く美味しいスイーツに仕上がっている。苦みがいいアクセントになっていて、むしろこの中では一番好きかもしれない。
「ありがとうございました、またのご来店をお待ちしております!」
「ふぅ~……飲んで食べて、大満足だったな」
「こんなにお腹がパンパンになるまで食べたの、いつぶりかしら」
出されたお会計はたしかに事前に聞いていた通りのかなりの額ではあったが、出されたものを考えればむしろ安いとすら思えてしまう。
今日食べた物は、どれも美味しい物ばかりだった。
そしてバット達は未だ、あのお店にある商品の二割も食べられていない……。
「ねぇ、あなた」
「……ああ」
二人の気持ちは通じ合っていた。
次の日、三年待ちの『馬美人』の予約欄に新たな二人の名が加わったのは、言うまでもないことである……。




