魔王と大精霊
『アナスタジア』
するとクロノスが、真面目な顔をしながら彼女の下へとやってきた。
顔は真剣なのに口の周りにソースがベタベタについているので、完全に台無しである。
『あいつ……ヤバいよ。僕でも一人で勝てるか怪しいかも』
どうやらクロノスは一目見ただけで魔王のやばさがわかったようだ。
この世界の圧倒的な強者同士、色々と思うところがあるらしい。
「たしかに強いとは思うんだけど……多分、大丈夫じゃないかしら?」
『……アナスタジアは本当に大物だね』
ただ見ている感じ、魔王は料理とお酒を楽しみに来ているようにしか見えない。
精霊の時もそうだったが、こういう時は下手に悩んでもあまり意味は無い。
出たとこ勝負でやれば案外なんとかなることを、アナスタジアは過去の経験から学んでいた。
半分自棄になっているだけではと言われたら、否定はできない。
「はい、こっちはもう一つの『ジーニーエール』ね。相席しても大丈夫かしら?」
「ああ、構わないぞ。酒は一人で飲むより二人で飲んだ方が美味い」
『二人より三人の方が美味しいよ』
「おお、そうであったな。大精霊殿も一緒に飲もう」
元々お腹が減っていたこともあり、アナスタジアはたこ焼きをつまみながら魔王と一緒に酒盛りを始めることにした。
キッチンも近くにあるので、足りなくなったら自分で作ればいいだろう。
「乾杯しましょう、乾杯!」
「なるほど、それが人間の文化なのだな」
「人間とか言うのやめてください! あなたが人間じゃないことバレたら困るんですから!(切迫した小声)」
「おっとこれは失礼。人里に降りたのも久しぶりだったのでな」
「ほらまた人里とか言う!(切迫しすぎてもはや大声)」
「失敬失敬」
魔王の態度に呆れたアナスタジアは、声聞こえてないわよね……と店の入り口の方を見て確認する。
ミューが元気に接客をしている様子を見て大丈夫そうねと、改めてラガーをぐいっと飲んだ。
「くうぅ~~っ!!」
労働の後に飲むビールはめちゃくちゃに美味い。
思わず声が出てしまったアナスタジアを見ていたクロノスと魔王が、その飲みっぷりに触発されてビールを飲み始めた。
「そしたら料理作ってくるから、それまっでにこれでもつまんでおいて」
スピードメニューである塩を振った枝豆とキムチを渡し、キッチンで料理を作り始める。
火の魔道具のフライヤーを使ってさっと揚げてしまえば、カラアゲとフライドポテトを作るのはできあがりだ。
既に下味を付けたカラアゲが大量に用意されていたため、作るのは実に簡単だった。
(どうせ魔王が本気を出したら勝てないだろうし、せめてオーナーとして恥ずかしくない態度で料理を作ろうかしら)
間違った方向に覚悟を決めていたアナスタジアが料理を持ってやってくると、魔王は既に二杯目のビールを飲み終えていた。
カラアゲとフライドポテトを作って渡したら、もう一度冷蔵庫へ。
馬刺しを各部位ごとに持って行き、スライスしてから盛り付ける。
最初は赤身肉だけだったが、馬肉をより多くの人に広めるために今では色々な部位の提供を行っている。
『馬公爵』は日々進化し続けているのだ。
「揚げ物が……こんなに美味いとは……」
帰ってきたらカラアゲとフライドポテトを食べた魔王は、感動していた。
もうこんなの人類の勝利じゃないと、アナスタジアは馬刺しと三杯目のビールをテーブルの上に置く。
「馬の刺身、果たしてどんなものかと身構えていたが……美味いな。俺はこの、脂身が良い塩梅のが好きだ」
「フタエゴ……赤身と脂身が半々で、バランスが取れてて美味しいわよね。私はヘルシーな赤身肉が好きだけど」
『僕はタテガミかなぁ。脂がこう……お酒に合うんだよね』
「大精霊殿もわかっておられるな」
『いやぁ、君もなかなかだと思うよ』
どうやら自分が頑張って料理を作っていた間に、クロノスと魔王は大分打ち解けたらしい。
最初の頃に警戒していたのはどこへやら、楽しそうにわいわいとビールを飲んでいる。
アナスタジアもおかわりを重ねると、酔いが回ってふわふわと心地よい気分になってきた。
一緒にお酒を飲んでいるうちに、目の前の人物が魔王であることを半ば忘れそうになるほどに打ち解けてくる。
やはり飲みニケーション文化は偉大である。
「そもそも、どうしてこの店に来たんですか?」
「ふむ、俺は酒好きでな。新たな酒が開発されたという話を聞きつけやってきてみると、なんとその酒に合う料理を提供している店まであるというではないか。これは逃すわけにはいかぬとやってきたのだ」
どうやらクロノスと同じく、魔王もかなりの酒好きらしい。
アナスタジアの提唱しているこの世界の強い人は皆酒好き説が、より現実味を帯びてきた瞬間であった。
彼女はちょっと真面目な顔をしながら尋ねる。
「侵略とか、しますか?」
「……お前、俺のことをなんだと思っているんだ?」
「魔王……ですかね?」
「……正体を知られた上でこんなにふてぶてしい態度を取られたのは、生まれて初めてだぞ」
『普通じゃないとは思ってたけど……まさか、魔王だったとはね』
クロノスが驚いている。
『ていうかなんで君は彼の正体知ってたの?』という視線を向けられるが、アナスタジアは素知らぬふりをしておくことにした。
「まあバレているのなら、話は早いな」
そう言ってから、魔王はぐいっとジョッキを呷り、テーブルにゴトリと置いた。
口の端に泡が残っている様子すら絵になるのだから、美男子というのはズルいものだ。
「俺は別に、人間に危害を加えるつもりはないのだ。無論やられたらやり返すが、それは人の国も同じだろう?」
「……それは、そうですね」
どうやら魔王というのは、自分が思っていたよりも戦闘民族ではないらしい。
『プリアラ』世界ではルートによって魔王と戦争したりしなかったりするのだが、そえはひょっとすると魔王自体がさほど戦争が好きではないからなのかもしれない。
『うー、美味そうに食べてる二人を見てたら僕もお腹が減ってきたよ』
クロノスの言葉にクスッと笑いながら、アナスタジアは少しショウガをつけた馬刺しを口に含む。
アナスタジアは明日のためににんにくを我慢できる、忍耐のできる女性であった。
三人で料理をつまみながら談笑し、魔王もアナスタジアもしっかりと酔ったタイミングで別れることにした。
「……また来てもいいか?」
「えっ?」
「この店のメニューを全制覇したいのだが」
「……ふふっ、いいですよ。事前に連絡をくれれば」
色気より食い気な魔王に笑いながら、アナスタジアはそのまま表に出て魔王と別れた。
その時の彼女は自分が公爵令嬢であること、そしてここが自分がやっている貴族向けのお店であることを、完全に失念していたのだ。
「アナスタジア様が仲良くされている方……あのお方はどなたなの?」
「あれほどの格好良さ……どこかの国の貴族様かしら?」
二人が楽しそうに話していた様子をちょうど店を出てきた貴族令嬢達に見られてしまい、アナスタジアには新たな相手ができたという話は王国中に巡ることになるのだが……それはまた別のお話。




