想定外の客
もちろんビール単体でも流行らせるだけの自信はあったが、お酒においてやはりフードペアリングというのは非常に重要だ。
アナスタジアが売りに出すメインの顧客層である貴族達はパーティーなどに頻繁にお呼ばれするため、お酒は食事と一緒に人と歓談しながら楽しむものという考えが根強い。
故にビールをそれ単体で楽しむのではなく、それに合う食事と一緒に提供することで楽しみ方を教えることができれば、彼らも安心してビールを買うことができるはず。
そんな目論見からアナスタジアはパーティーを開く前にひたすら様々な居酒屋メニューを作っては食べ飲みし、クロノスやエッカ達と一緒にどのメニューを出すかを吟味した。
そこで出たメニューの数は非常に多く、コースメニューが決まった時にアナスタジアはふと思ったのだ。
せっかく頑張って頭から絞り出して作ったこの再現メニューを、このまま自分達の中だけで終わらせてもいいものなのだろうか……と。
ビールに合う料理をということで作った料理の数々を、このまま使わないのはあまりにももったいない。
そう考えたアナスタジアは思いつきで居酒屋の構想を立ち上げ、父と王都の飲食店組合からの了承を取り付けた。
そうして出来上がったのが、今現在アナスタジアがやってきている居酒屋『馬公爵』である。
「揚げ物の匂いがする……」
『お腹と背中がくっついちゃいそうだよ』
アナスタジアは鼻をひくひくさせながら店に入る。
人目に付くと色々と問題になるので、もちろんクロノスには既に時計型髪飾りの中に入ってもらっている。
「いいわね……」
懐かしさを覚える内装に思わず微笑む。
内装にもかなりこだわっており、前世の居酒屋そっくりにしてあった。
少し暗めの店内に、席から覗く厨房の上辺りに並んでいるメニューの数々。
給仕やコックが皆金髪碧眼だし店内のクリンリネスもめちゃくちゃしっかりとしているが、そこはまごう事なき居酒屋であった。
『繁盛してるねぇ』
「商売繁盛、結構なことじゃない」
店内は満席。
そして席に座っている人達は、皆ピシッとしたスーツや華美なドレスを着ている紳士淑女の方ばかりであった。
この『馬公爵』は品切れ続出で購入が難しい『ジーニーエール』と『スピリットラガー』が飲める店。
現在貴族向けに展開しているビールの格を落とさぬよう、商品の価格帯もかなり高めに設定し、貴族向けの飲食店としてブランディングをしている。
出されるメニューがどれもこの世界にはないものであることもあり、居酒屋は想像以上のヒットをしていた。
というかビールより流行ってしまい、『スピリットラガー』……おお、あの『馬公爵』で飲めるお酒ですなという逆転現象が起こってしまうほど。
これはさすがにアナスタジアも予想外の展開であった。
「すみません、うちは完全予約制でして……って、アナスタジア様!?」
「こんにちはミュー、裏で夕食を済ませてもいいかしら?」
「もちろんですよ、アナスタジア様には散々稼がせてもらってますからね!」
お店に入ったアナスタジアを出迎えたのは、オレンジ色の髪を後ろで一括りにした少女。
太陽から降り注ぐぽかぽかとした陽光を思わせる快活な彼女はこの『馬公爵』の店長のミュー。
両親と一緒に三人でこの『馬公爵』を切り盛りしてもらっている。
元は公爵家のコックだったカンマーさんとメイドであるシャノンさん、そして二人の娘でメイド見習いとして働いていたミュー。
三人で一緒に店をやってほしいと言った当初は戸惑っていたが、そのにこやかな表情を見る限りでは待遇も満足いっているようだ。
(歩合制にしたのも良かったのかも)
この世界の労働者の給料というのは、とにかく安い。
労働者が働いて得た労働生産性を、ほとんど全て商会主や資本家といった上の人間が持っていってしまう構造になっているのだ。
どれだけ頑張って働いても給料は上がらない。
前世でそんな苦いブラック企業に勤めていた経験のあるアナスタジアは、自分がオーナーを務めている店に関しては給料を歩合制にしている。
税引き後の純利益から割合で渡す形にしているため、現在アナスタジアだけではなくエッカもミューもほくほくなはずだ。
「それにしても、来る度に満席よね。たしか……予約が半年先まで埋まってるんだっけ?」
「九ヶ月先までに変わりましたね、しばらくは集客に困ることはなさそうです!」
最近では『馬公爵』が当初想定した以上人気を博したことで、それならせめて取り扱っているお酒が飲みたいと『ニブル酒造』とのシナジーも生まれ始めている。
おかげでエールとラガーの売り上げも増えているので、もちろんオーナーのアナスタジアもほくほくだ。
ちなみに『馬公爵』は貴族向けの店であるため、店内にいるのはほぼ全員が貴族。
ただ最近は自分達も居酒屋メニューが食べたいという声があまりにも多く、貴族以外でも入れる二号店の『馬美人』も開店している。
値段設定はそれでもかなり高めなのだが……貴族以外でもあの味を楽しめるということでそちらはこちら以上に混んでおり、以前聞いた時は予約は三年先まで埋まっているという恐ろしい話を聞いてしまった。
すると軽く会釈をしながら店を出ようとするアナスタジアが取っ手を掴むより先に、ドアがひとりでに開いた。
「すみません、お店は予約で満席でして……」
「む……そうなのか」
軽く頭を下げながらオーナーとして対応しようとしたアナスタジアは、目の前にいる人物を見て……
「ぶーーーーーーっっ!?」
思いきり噴き出した。
擬態して普通の人間の見た目をしているものの、間違いない。
そこにいたのは……『プリンセス…アラモード』のラスボスである魔王であった。
(な、なんで……魔王が居酒屋に来るのよ!?)




