健気なカーシャ
バロニア王国王太子サハラ・フォン・バロニア。
彼が今ある一人の女性に夢中になっていることは、王都に暮らす者であれば知らぬ者がいないほどに有名になっている。
その女の名はカーシャ。
ある者は彼女をただの下賤な生まれの悪女だと言い、また面識のあるとある貴族は、彼女のことを女神と評した。
見る者によってその価値を大きく変じさせる彼女は、現在王都にある小さな屋敷に住んでいる。
サハラが自身のポケットマネーで彼女に買い与えた、王都の一等地で職場にもほど近いところにある屋敷だ。
そんなこじんまりとした屋敷の中に、二つの影がある。
そのうちの一人は、今正に王城を抜け出してやってきたばかりのサハラ。
そしてもう一人の女性こそ、ここ最近巷を賑わせているカーシャである。
そこにいるのは、黒髪黒目というこの国では珍しい容姿をした女性だった。
楚々とした態度と、純朴で人を疑うことを知らなそうなくりくりとした瞳。
眉は芯の強さを表すようにキリリとしており、華美ではないが小綺麗な服を身につけている彼女こそ、『プリンセス・アラモード』の主人公であるカーシャその人であった。
「陛下はまだ結婚を許してくれないの?」
「そうなのだ、父上はいくらなんでも頭が固すぎる……」
カーシャの言葉に、サハラはやってられんと首を左右に振った。
自身の婚約者との婚約破棄を行ってからというもの、サハラは何度も父に直談判を行っている。
けれど自分が思っていたようにことが進まなかったからか、父は頑なに彼女との婚姻を許してはくれなかった。
サハラからすれば父は、二人の恋を阻もうとする邪魔者そのものだった。
恋は障害が多いほどに燃え上がるもの。
この国の王というのは障害としてはあまりにも大きいが、カーシャに恋しているサハラに諦めるつもりは毛頭なかった。
「大丈夫、いつか陛下もわかってくださるはずよ。だって私達は固い絆で結ばれているんですもの」
「……ああ、そうだな、その通りだ! まったく、そろそろ王位を俺に譲って隠居してくれればいいものを……」
(はぁ……こいつ、ホント使えないわね。まさかサハラが現実世界だとこんなにポンコツだったなんて……)
カーシャはキラキラとした目でサハラの手を取りながら、内心で大きなため息を吐く。
傍から見れば純真無垢にしか見えない彼女は、その実胸の内では使えない王太子のことを見下している。
――カーシャもまた、『プリンセス・アラモード』の知識を持つ転生者である。
彼女はアナスタジアほどにやりこんでいたわけではなく、アニメを見てからゲームを軽くやっただけのいわゆるライトユーザーだったが、それでもこの世界のことであればある程度は記憶に残っている。
「そういえば聞いたよカーシャ、また新しい魔道具を作り出したとか」
カーシャは現在、王都にある魔法省の魔道具部門で、魔道具の研究・開発を行っている。
平民としてはありえぬほどの昇進スピードで、現在は新作の魔道具の作成すら任されるようになっていた。
「うん、エアコンって言ってね。風魔法と火魔法と氷魔法を組み合わせることで、室内の温度を快適に調節できる魔道具なの。これがあればサハラも熱い王城の中で嫌な思いをしなくても大丈夫かなと思って」
「カーシャ……」
俺が守ってやる、そう言わんばかりに抱きしめようとするサハラの腕を軽く引き、小動物のように恐れた顔をする。
基本的に俺様系ではあるが好きな子相手には強気に出られない純情なサハラは、それだけでハッとした顔をして、カーシャから離れた。
彼女が優れている点はその発想力。
あれば便利だが誰も気づけなかったものに気づくことができるその着眼力……ということになっている。
(まったく前世知識様々よねぇ)
だが実際のところは、カーシャが生まれながらに持っていた魔法の才能と前世知識を掛け合わせているだけだった。
電化製品や便利用品などを魔道具で再現すればみるみる評価が上がっていくので、彼女からすればこの世界はあまりにもヌルゲーだったのだ。
おかげで平民としては十分な給料をもらい、こうして王太子には家まで買い与えてもらうことができている。
しかしながらカーシャは、現状にまったく満足していなかった。
(せっかくこの世界にカーシャとして転生できたんだもん。ヒーロー皆を私のものにできる逆ハーレムルート以外ありえないわ!)
カーシャが目指しているのは、誰か一人を選ぶのではなく皆に一人として選ばれる逆ハーレムルート。
彼女は全てのヒーローを手に入れるべく、今も各キャラの籠絡を行っている最中であった。
五人いるヒーローのうちの三人は既に攻略済みであり、残りの二人もかなり好感度を高いところまで持っていけている。
このままいけば問題なく、逆ハーレムルートでイケメン達に傅かれながら幸せな人生を歩ることができるはず。
(まったく『プリアラ』の世界は最高だわ! カーシャに生まれて良かった!)
けれど彼女はなまじ前世知識があるからこそ、努力を怠っていた。
魔法の修練のためにはつまらない基礎修行が必要であり、元よりコツコツ何かをするのが得意ではない彼女は、そうそうにそれを切り上げて魔道具による応用の方に目を向けてしまったのだ。
彼女は五つの属性を使うことができるものの、それぞれの練度はそこまで高いわけではない。
学院時代も学校の試験の成績も前世知識で筆記は満点だったが、実技はアナスタジアやサハラには劣り、総合成績は学年で平均で六位前後に落ち着いていた。
カーシャは既に上級魔法であるオールヒールを使うことができるが、それはあくまでも使えるだけ。
重傷者を何度も助け、自身でどうすればより良い魔法を使えるかと改良を続けていかなければ、魔法の練度というものは上がらない。
そしてその根気の無い性根よりも問題なのは、『プリンセス・アラモード』においてカーシャが皆を魅了するのは、その天性の明るさやひたむきさだったという点である。
彼女にそのような特性はない。彼女はただ、ゲームの知識を使いカーシャらしい言動を心がけているだけだ。
こうして実際にサハラを惚れさせることはできているが、今でさえ彼女は目の前の王太子のていたらくに呆れ、心の中にあるサハラのティア表をひそかに下げている。
天真爛漫なフリをしているだけの彼女の化けの皮は、既に剥がれかけていた。
それがこの世界にどのような影響を与えるのか……それはまだ誰にもわからない。




