んなアホな
馬車に揺られてからしばらくすると、ニブルヘイム公爵邸へと到着する。
質実剛健で無骨な感じのする、大貴族の邸宅としては非常にシンプルな屋敷の門をくぐると、メイドの者達にすぐにテーブルへと案内された。
本人ではなく使用人が来るのは、家格の差故のこと。
公爵令嬢であるアナスタジアが子爵令嬢を直接出迎えたりしては、軽く見られてしまう。
社交界にも、いろいろと面倒なものなのだ。
パーティーというからには立食形式なのかと思っていたが、どうやら今回は着席式の少し格式張ったものになるらしい。
公爵令嬢としての面子もあるだろうからたくさんの人を呼んでいるのかとも思ったが、来ているのは自分も含めて十人にも満たないほどの少人数であった。
「あら、セラムさん。ご機嫌麗しゅう」
「いやぁソフィア様もお元気そうで何よりですわ。今日はどうぞよろしくお願いします~」
挨拶を返すが、皆西部訛りに顔を顰めることもない。
そのような粗忽者はこの会には呼ばれていなかった。
ざっと挨拶回りをしたところ、やってきているのは皆ランドー家と同じかそれ以上の家格の女性達ばかり。
だがその面子は、豪華の一言に尽きる。
王都で暮らすのであれば彼女との社交は避けられぬと言われるほどのクラリッサ公爵夫人に、現在若者達からその美貌と圧倒的なカリスマであがめられているメリッサ子爵令嬢。
誰も彼もが、王都の社交界でその名を聞かぬ日がないほどの有名人ばかりだ。
(いや、めちゃくちゃ気合い入っとるやん! むしろうちが浮いとるんやけど!)
公爵家というネームバリューで呼び寄せたのだろうが、これだけの参加者がやってくるパーティーというのは滅多にない。
呼んでいる人物達の中で、むしろ自分が一枚落ちているような感覚すら覚えてしまう。
「クラリッサ夫人も来られていたんですね」
「ええ、今王都の社交界はアナスタジアさんの噂で持ちきりだもの。詳しい話を本人から聞けるのなら、そのチャンスを逃すつもりはないわ」
当然ながらこの場では、商人上がりの貴族というのもセラムだけだった。
だがどうやらアナスタジアの手腕を見せてもらおうと考えているのは彼女達も同じらしく……爵位も立場も違う彼女達は、皆アナスタジアを見極めてやろうという意志で一つになっていた。
セラムはテーブルの前に置かれている逆さになっているグラスを見ながらほくそ笑む。
(当たり前やけど、きちんと試飲はできそやなぁ。はてさて、どんなお酒が出てくるやら……)
皆で軽く談話をしていると、アナスタジアがやってくる。
主催者として他の者達よりも派手な、スパンコールの縫い付けられた淡い緑のドレスに身を包んでいる。
「まずは皆様、今夜の晩餐会に来てくださりありがとうございます。今回は少し趣向を凝らしまして、立食式ではなくコース料理とさせていただくつもりです。一応調べてはいるので大丈夫だとは思うのですが、何か苦手なものがある方はいらっしゃいますか?」
(へぇ、全員の好みも事前にチェックしとるんか)
アナスタジアの細やかな気配りに、セラムは思わず内心で感心する。
公爵令嬢というともすれば傲慢になりがちな立場で自分達のような下級貴族の好き嫌いまで把握するというのは、なかなかどうしてできることではない。
「それでは早速、一品目を運んできてもらいましょうか」
皆の前に配膳されたのは、剥かれた豆であった。
『ただの……豆?』と皆が不思議そうな顔をしている。
中にはさすが田舎者が出すコース料理だわと、明らかに馬鹿にしている様子を隠そうとしていない者もいた。
「これは一体、なんなんでしょうか……?」
皆を代弁する形で、中でも爵位の低いセラムが質問する。
アナスタジアは彼女の方を見てにこりと笑いながら、自分は何もおかしなことをしていないとばかりに自信ありげにこう答えた。
「枝豆と言いまして、簡単に言うと熟す前の大豆です。手で取るわけにもいきませんので、このように料理人に剥かせた状態で上から塩を振ってあります」
大豆自体は王国でも食べられてはいるが……熟す前の青い大豆というのは、セラムは食べたことがなかった。
だが公爵家で出てきた料理(果たしてこれを料理といっていいのかは疑問だが……)を食べないなどという選択肢はない。
見た目があまりにも青々としているので少し勇気がいったが、セラムはえいっと気合いを入れて枝豆を口の中へと入れた。
「……えっ、美味ッ!?」
思わず口から出てしまった素直な感想に、皆が顔を見合わせながら、おそるおそるといった感じで枝豆を口に運ぶ。
「嘘、美味しい……」
「私大豆は苦手なんですけど、これなら野菜と思って食べられそうですわ」
乾燥した大豆は食べると口の中がパサパサするためスープなどに合わせて食べることが多い。
だがこの枝豆はまだ熟し切る前であるが故にみずみずしい食感があり、それが心地よい歯切れをもたらしてくれる。
熟し切る前故の青臭さもあるが、それは多めに振ってある塩がマスキングしてくれるおかげでほとんど気にならない。
気がつけば皆が、談話することもなく無心になって枝豆を食べていた。
だが塩気が強いからか、食べていると喉が渇く。
おそらくセラムと同じことを想ったのだろう、皆が空のグラスの方を向く。
するとわかっていましたと言わんばかりに扉が開き、使用人がグラスへ飲み物を注いでいく。
「まあ皆様もご承知のこととは思いますが、実は私先日不幸な事故に遭いまして……その結果、お酒造りを始めることになりましたの」
アナスタジアの言葉に、小さな笑い声が聞こえてくる。
事故というのは、なかなか皮肉が聞いている。
なるほどたしかに言われてみれば、あんな風に突然婚約破棄を叩きつけられるのは事故以外の何物でもない。
「今から皆様に提供するのは私が作った、ラガーと呼ばれるビールです。手前味噌で恐縮ですが、きょうび売られているビールに負けぬクオリティのものができたと思っておりますわ」
そうして皆の前に差し出されたのは、美しい黄金色をした液体だった。
(これが……ビール!? んなアホな!?)
恐ろしいほどの透明度に、セラムは声を押さえるだけで精一杯だった。
ビールは濁った色味や残りカスが見えて食欲を損なうことがないよう、木製のグラスなどで飲むのが一般的とされている。
そもそも純粋なビールがこれほどに綺麗な色をしているのを見るのは初めてだった。
そして握っているグラス越しでもわかるほどの冷たさ。
「それでは皆様のますますのご活躍を願って……乾杯!」
乾杯の音頭が終わると同時に、皆が待ちきれぬとばかりにビールを傾ける。
無論セラムも、その中の一人であった。
「……なんやこれ、美味すぎる!」
見た目に驚いた次は、その味わいに驚かされる。
クリアで雑味のない味わい。
苦みと酸味のバランスと余韻に残る香ばしさ……一度こんなものを飲んでしまっては、もう普通のビールで満足できなくなってしまうかもしれない。
「すごい……手が、手が止まらないわ!」
「ダイエットのためにお酒は我慢してたんだけど……今日くらいは、いいわよね」
不思議なことでお酒を飲むと、その分だけお腹が空いてくる。
ビールを飲み、枝豆を食べる。
そしてその塩気で喉が渇き、またビールを飲む。
枝豆とビールの合わせ技で、皆の皿とグラスからあっという間に何もなくなってしまう。
「お楽しみいただけたようで何よりですわ。それでは次に出す料理はこちら」
続いて出された料理は揚げ物だった。
茶色くてゴツゴツとした塊と、細切りにされた何か。
先ほどと同様やはりあまり見栄えのする食べ物ではない。
だがアナスタジアが出すものを田舎者の料理と馬鹿にするものは、この場に一人としていなかった。




