商人の目
「はぁ、ニブルヘイムのパーティーか……憂鬱やなぁ」
自室でそんな不敬とも取られかねない台詞を呟くのは、顔にそばかすを散らした赤毛の女性だった。
ランドー子爵家の長女、セラム・フォン・ランドー。
西部特有の訛りのある王国語を話す彼女の視線の先には、一枚の招待状がある。
その裏にある剥がされた封蝋に刻印されている紋章は馬と弓。
この国で最も精強な騎馬舞台を持つニブルヘイム公爵家の家紋を見て、セラムは再びはぁとため息を吐いた。
パーティーに呼ばれてしまった以上、いかないという選択肢はない。
格上の貴族が開催するパーティーというのは、基本的には断れないものだからだ。
子爵家が公爵家に逆らうことなど、まずできるはずもない。
だが本来であれば、格上の貴族からお呼ばれするというのは光栄なこと。
ではなぜセラムが意気消沈しているかというと……パーティーを開くのが、あのニブルヘイム公爵家だからだ。
誰も直接的な言葉にすることはないが、貴族令嬢の中には開催されるパーティーに明確に格付けが存在している。
その中でニブルヘイム家のパーティーは、上級貴族の中において最下層に近い位置づけとされていた。
なんなら爵位としては低い侯爵家や伯爵家でも、ニブルヘイムよりはマシというところがいつもあるほどだ。
(うちは行くの初めてやけど……全然ええ話聞かんもんなぁ)
そもそもニブルヘイム家は軍馬と、それにまたがり大草原地帯を駆ける騎兵の精強さによって公爵に至っている。
かつては手痛い略奪被害を受けていた騎馬民族を単独で完全に押さえ込んでくれているのはたしかにものすごくありがたい話ではあるのだが……そんなものは女性達の間では、あまり関係もない話。
軍馬とその飼料である大麦くらいしか有名なものはなく、また公爵領が王都から距離が離れている関係上、基本的に流行にも疎いらしい。
そのためニブルヘイム家のパーティーはなんというか……絶妙に芋臭いという扱いを受けているのだ。
「はぁ……憂鬱や」
だが公爵家である以上は行かざるを得ない。
他のパーティーと同じように、適度に楽しいフリだけでもしておこう……使用人達にドレスの袖を通してもらってから、セラムは運搬される家畜のような気分で公爵邸へと馬車で向かう。
(しかもお酒っちゅうのがなぁ……まあたしかに買いたたかれがちな大麦を加工して、高値で捌こうっちゅう考え自体はわかるんやけど)
今回のパーティーの名目は、アナスタジアが新たに酒造業を始めるお祝いとされている。
彼女とサハラ王太子殿下との婚約破棄騒動は、そこまで王都の社交に精を出しているわけでもないセラムの耳にも入ってくるほどには誰の耳にも広まっている。
(サハラ王太子殿下相手に取り付けた酒税の免除……今後の領地の発展を考えての条件なのかもしれんけど……正直もうちょい別のもんの方がええ気がするけどなぁ。それこそ、軍馬とかならがっつり節税できたやろに)
免税は、商いをする者であれば誰もがが喉から手が出るほどにほしがる特権だ。
だが大貴族家がもらうものとして、酒税というのは一体どういうものなのか。
酒蔵営業のための営業税の免除まで取ったのはさすがだと思うが、そもそもが間接税である酒税を免除してもらったところで、自分達が売る酒が多少安くなるだけ。
そこに質が伴わなければ、商品として見向きもされないだろう。
婚約破棄騒動をただのゴシップではなく商売の種として見ることができるセラムは、その思考法からもわかるようにどちらかといえば貴族というより商人的な考え方をする女性であった。
そもそもランドー家は、元はただの市民であった初代ハチロク・フォン・ランドーが商売にて財を成し、落ち目の貴族家を取り込む形で誕生した貴族家である。
その在り方を継いでいるランドー家は貴族家でありながら、あらゆる商材を商う豪商としての性質を持ち合わせていた。
セラム自身既に家業の一部を引き継いでいる立場であり、複数の支店を任されるだけの商才も持ち合わせている才女である。
様々な商材を扱ってきた彼女だからこそ、酒で今から一発当てるというのがどれだけ難しいことなのかをはっきりわかる。
酒を造ると一口に言っても、ただ造るだけで売れるほど酒造業とは甘いものではない。
酒店で並べてもらうことはさほど難しくはないが、そこから定期的な購買につなげるというのはなかなかに難しいのだ。
商品を皆に認知してもらい買ってもらうためには宣伝費がかかるし、既に関係性のある酒造と取引をしている料理店から新規顧客を引っ張ってくるのは難しい。
そしてバロニア王国には既に百年以上に渡って酒造業を商み、王国の酒造を一手に引き受ける三大酒造家がある。
彼らを出し抜き利益を上げるというのは、なかなかどうして難しい。
酒造業はセラム自身も以前やろうとして、その参入障壁の高さから断念したことがあるため、彼女からすると少し苦い思い出である。
(今回のパーティーも宣伝の一環なんやろうけど……そんな上手いこといくんかねぇ。ま、公爵令嬢アナスタジア様のお手並み拝見といきましょか)




