ビールのための社交パーティー
「よし、これでひとまず完成ね!」
『うーん、絶景かな絶景かな』
額に汗を掻きながら上を見上げるアナスタジアと、空に浮かびながら両腕を頭の後ろで組んでプカプカ浮かんでいるクロノス。
二人の視線の先には、ずらりと並んでいるビールの樽があった。
右側に並んでいるのがラガー、そして左側に並んでいるのがエール。
既に売り物レベルになるまで熟成の進んでいる逸品達だ。
「これだけ数が用意できれば、十分ね」
現在彼女達がいるのは、父であるニブルヘイム公爵が用立ててくれたビールの貯蔵庫である。
彼女達がビール造りを行っている酒蔵にほど近いところにあった旧倉庫を改良し、ラック式と呼ばれる置き方で形で貯蔵・熟成させている。
そもそもがツンとしているアルコールという刺激物の角を取ったりモルトの甘みを引き出して美味しいものへ変えるためには、どうしても時間が必要になる。
そして時間をかけてお酒をまろやかにしていくためには、完成したお酒を保管する貯蔵庫が必要不可欠だからだ。
『これだけあるんなら、ガンガン売りに出せばいいんじゃないの? ほら、僕たちが力を合わせれば売れたそばからじゃんじゃん造れるわけだしさ』
「それだとラガーの稀少性が薄れちゃうでしょ? 美味しさを広めるのも大事だけど、どこから広めるかっていうのも同じくらい大事なのよ。まあでも……目処がついたから、そろそろ売り始めるつもりではあるけどね」
クロノスと契約をしたことで時空魔法が使えるようになったアナスタジアは、今まで光魔法を使うことで時短を行っていた工程を、更に時空魔法で時短させることに成功していた。
『プリンセス・アラモード』では基本的にこちらの素早さが上がったり相手の素早さが下がったりするだけだったが、使えるようになってわかったがあれは直接時間に干渉しているからこそできる芸当だったらしい。
アナスタジアは時空魔法が使えるようになったことで対象の加速・減速をある程度自由に行うことができるようになった。
今までは発酵、熟成は光魔法で酵母を活性化させることができるとはいえ、ある程度時間がかかっていた。
だがそこに時空魔法を重ねることで、もはや今のアナスタジアには糖化も発酵も自由自在。
魔力量もとんでもなく増えているので一日気合いを入れていればとんでもない量のビールを造ることができるようになり、エッカやクロノスと飲み比べをしたり父に送ったりしてもなお、見上げるほど大量のビールを生み出すことに成功していた。
その過程で色々なホップを試し、いくつか味のレパートリーもできた。
アルコール度数の高さなども調整して、そろそろ製品にしてもいいと思えるレベルで仕上がってきている。
今のクオリティであれば酒屋に卸しても飛ぶように売れるだろうが、やはり当初の目論見通りまずは高級路線で売っていきたい。
そのための準備も整っており、既に同年代の女性達を集めたパーティーの開催は明日に迫っている。
今日彼女が貯蔵庫にやってきたのは、その最終確認。
明日出すビールを選定するためである。
『ふーん……そんなことまで考えなくちゃいけないなんて、人間って大変だね』
アナスタジアのビール戦略を聞いたクロノスが呆れたように呟く。
彼からすればこんな美味しいものを売るのにこれだけ頭を悩ませる必要があるかはなはだ疑問なのだろう。
だが、アナスタジアは前世の記憶があるからこそ、良い物が必ずしも売れるわけではないということを知っている。
彼女が気に入っていたコスメや毎回昼食に買っていたコンビニパンは、質は良かったのになぜかすぐに販売が終了してしまうものが多かった。
商品において大事なのは、売り方と展開の仕方。
これもまた、前世知識の一端と言えるかもしれない。
「精霊が気楽すぎるだけな気がするわ」
『ふふふ、そうさ。好きなように生きるのが精霊の生き方だからね!』
「はいはい、ただ好きなようにつまみ飲みするのはやめてね。事前に言ってくれれば普通にあげるから」
『わ……わかったよ』
既に前科が何犯かあるクロノスが、隠していた赤点のテストが見つかった子供のように気まずそうな顔をする。
「他の子達にも言っておいてね」
『うん、それは大丈夫さ』
どうやら精霊というのは自分が想像していたよりだいぶ縦社会らしく、アナスタジアがクロノスと契約して以降、精霊達は勝手に来てビールを飲んでいくようなことはなくなった。
というかクロノスの鶴の一声である程度自由に動いてもらえるようになったため、魔法を使ったちょっとした作業を一緒にお手伝いしてもらい、対価としてビールを渡すような関係になっている。
ちなみにクロノスの話では、現在『ニブル酒造』の手伝いをする役目は精霊達の中で争奪戦になっているらしい。
父然りクロノス然り、ある程度強い人達は皆お酒が好きなのかもしれないと思うアナスタジアであった。
「よし、それじゃあ樽を運び込んだら、最後の確認として夕ご飯を作っていくわよ」
「またあれが食べられるんだね。楽しみだなぁ」
にこにこと笑うクロノスと一緒に厨房へと向かう。
彼らが使っている工房には厨房も併設されており、アナスタジアはそこで日夜ビールに合うおつまみの研究に勤しんでいた。
それがお酒を飲むための口実になっているのは、もちろん言うまでもないことである。




